◆
日本最大級のLGBTQイベント『東京レインボープライド(TRP)2023』(4月22、23日・代々木公園)で、企業が当事者のブース出展を支援する動きが出てきた。
背景の1つが、当事者から「費用が高額で出展するのが難しい」との声が上がること。「プライドパレード」は、性的マイノリティが人権を守るため声を上げる運動に由来するが、近年のTRPには「商業化が進み、当事者よりも企業の発信の場が大きく、本来の意義に反するのでは」との批判もある。
三重県伊賀市のゲイカップル・嶋田全宏さんと加納克典さん(@bokuranoijyu)は、一度出展を諦めたが、地元企業に費用を負担してもらい、2年連続で参加することになった。2人は「プライドイベントでの発信が、資金力のある企業に優先されるのは、誰のためのイベントなのかと思ってしまいます」と話す。
一方、愛知県を拠点とする『名古屋レインボープライド(NRP)』実行委からは、TRPに多くの企業が参加することで、少しずつ地元企業が参画しやすい流れができているという声も上がる。
TRPには、当事者の人権や発信を支える本来のプライドイベントの意義を大切にしながら、企業を巻き込み社会を動かしていく、新たな形が求められている。
◆プライドパレードの原点は人権。「当事者の発信を支える場であって」
嶋田さんと加納さんは今年のTRPで、6色のレインボーカラーの伊賀組紐のシューレースやブレスレット、伊賀焼の湯呑みなどを出品する。伊賀組紐を虹色にした「虹紐」は、今回ブース出展を支援する糸伍株式会社と協力し、発信しているものだ。
2人は移住生活についての発信や学校での講演、各地のプライドイベント参加などの活動をする。こだわっているのは、アライの人と一緒に発信すること。「自分たちの姿を通し、LGBTQ+当事者も孤独を感じず、まわりと一緒に、自分らしく生きられることを見える化したい」という思いがあるからだ。移住する前はカミングアウトをせず、ひっそりと生きていくつもりだったが、今は周囲に支えられ、幸せに暮らしていることが背景にあるという。
そんな2人にとって、日本最大級のLGBTQイベント・TRPは憧れの舞台だった。自分たちが今までやってきたことをここで発信できたら、どれだけ大きな意義があるだろうと思ったからだ。コロナ禍の2020年に出展を申し込み、3年ぶりにオフライン開催となった昨年に、念願かなって初めて出展した。想像していたよりもはるかに多くの人と交流したり、活動を知ってもらえたりし、これからも参加したいと思った。
だが今年の出展は一度諦めた。「30万円」の出展料が大きなハードルだったからだ。他に参加しているプライドイベント(10万円以下)よりも高額で、そこに宿泊費や交通費もかさむ。貯金も頑張ったが、「個人で活動する人が毎年出せる限界を超えていると感じました」。
そんな話を聞き、糸伍株式会社の松田智行代表は「信念をもって活動する当事者の思いが届いてほしい」と、出展料の支援を決めた。
松田さんは前回2022年のTRPに参加し、「企業がずらりと並び、当事者が隅に追いやられているような会場の雰囲気から、上場している大企業の好感度を上げる場になっている気がしました」と振り返る。
同社にとって、30万円は小さな金額ではない。それでも支援を決めた理由について、「自分たちのような中小企業でも、本気を出せばなんとかサポートできます。私たちの取り組みを見て、大きな企業が自分たちのPRをするところから一歩踏み込み、当事者の発信をサポートする流れが広がってほしい」と話す。
そもそも「プライドパレード」は、1969年にニューヨークのゲイバーで、警察の弾圧に対して起こった「ストーンウォール暴動」に由来する。今は世界中で、プライドパレードが「性的マイノリティの権利回復運動」として行われている。
2022年のTRPではゲイ男性が実行委などに対し、「LGBTQに対する取り組みが十分とは言えない企業が、お金を出すだけで大きなスポンサーになれてしまうことは、実行委が差別を容認している面もあるのでは」などと抗議した。
TRPは今年、Tetra Tokyo合同会社の協力を受け、4団体・企業が無料で出展できる取り組みを開始した。
嶋田さんと加納さんは、自分たちと同じようにTRPでブースを出したいけれども諦めた当事者の話を聞いてきた。「多くの企業にLGBTQ+に関心を持っていただきたいので、参加する企業が増えるのは、個人的に大歓迎なのですが、TRPには当事者が人権を守るために声を上げ、社会を変えていくという前提も大切にしてほしいです」と話す。
「一部の団体や企業だけが社会を変えていくのではなく、全ての人が主役として、みんなで責任を持って社会を動かしたい。きっと糸伍さんの他にも、LGBTQ+当事者をサポートしたい企業があると思うんです。だから来年以降はTRP側が企業に呼びかけて、個人とマッチングしてほしい。そういう心構えが、本来の『人権を守る』イベントになると思うんです」
◆企業を巻き込むことで、社会全体へ与える影響も大きい
『名古屋レインボープライド(NRP)』(6月3日、名古屋市・オアシス21)は、ブース出展の仕組みが「プライドイベント」の意義を大切にしていると反響を集めている。
NRPは昨年から企業とNPOなどをマッチングし、企業に出展費を多く出してもらい、当事者が発信しやすい環境作りをしている。
今年のブースは、企業が10万円、当事者団体などは1万5000円だ。また協賛する企業担当者によって、プライドパレードの歴史や意義に対する知識や理解にばらつきがあるため、実行委が1社1社に説明しているという。
こうした運営にこだわるのは、他のプライドイベントで、企業ブースの担当者が「そこのお兄さん」などと見た目で性別を断定するような呼び方をしたり、イベント自体が企業中心になりつつあるのではといった懸念の声が上がったりしているのを見たことがきっかけだという。
しかし、NRPとしては、LGBTQを取り巻く社会をよくするためには、企業も重要な役割を担っていると考えている。そのため、「企業中心」の批判には誤解もあるのではないかと指摘する。企業によっては、啓発や寄付などLGBTQコミュニティにさまざまな還元をし、担当者の中には何年もかけて社内のLGBTQに関する取り組みを粘り強く進めている人も多くおり、それを目にみえる形にしたいと思ったのが、マッチングという仕組みだ。
ただNRP実行委は、「こうした取り組みは、小規模なNRPだからできることかもしれません。TRPとは規模や状況が異なる面も多いと思います」と話す。例えばNRPの今年の協賛企業・団体の数は「39」。TRPと異なり、1社にかけられる時間やリソースが多い。またブースに必要なものも、NRPは基本的に出展者らに任せている。
NRP実行委は、注目が集まりやすいTRPへ寄せられる指摘や批判も参考にしながら、運営のあり方を見直しているという。その上で、「NRPは、TRPの恩恵を受けている部分も多いと感じますし、TRPだけではなく各地のプライドがそれぞれに何かしらかの影響を与えあっていると思っています」と強調。
TRPに多くの企業が参加することで、名古屋では地元企業が参画しやすい流れが少しずつできているといい、「TRPの企業へのアプローチが薄かったら、名古屋では、協賛企業を集めることは厳しかったのではないかと思います」と話す。
「少なくとも私たちが、TRPと同じ規模で今と同じことをやるのは現実的に難しいかもしれません。東京は出展料が高くてしんどい、名古屋は安いと褒めてもらえるのは嬉しいのですが、大規模なイベントを運営するためには費用面も含め難しい要素がたくさんあります。企業を巻き込んで変えていくことは、その企業で働いている人にとっても社会全体へ与える影響も大きいと思うんです」
TRPなどにより、LGBTQフレンドリーな取り組みを促進する企業も増えてきた。LGBTQの人権回復を目的とする「プライドイベント」を掲げるならば、性的マイノリティの生きづらさを少しでも解消する実効性のある行動も、協賛企業に求め続けるべきだろう。