スマホを通して、手のひらで他人とつながれる時代。万が一、我が子が性被害、あるいは性加害の当事者になってしまったら?そんな心配から性教育に関心を寄せる保護者は少なくないはずだ。
しかし――「思春期に入ったら『性に関する話』はまず保護者には聞いてこない。聞いてこないなら、保護者からも伝えようとしないのがむしろ健全です」。こう話すのは、長年性教育に関わってきた村瀬幸浩さん。
2020年に発売され、累計24万部のヒットとなった『おうち性教育はじめます』(KADOKAWA)の著者だ。その第2弾である『おうち性教育はじめます 思春期と家族編』は、10~18歳の子どもを持つ保護者を対象とした性教育コミックエッセイ。同じく著者であるマンガ家・イラストレーターのフクチマミさんをはじめ、思春期の子を持つ保護者たちの疑問をもとに作られた。
親子関係の難しくなる思春期、保護者はどんな“おうち性教育”をすべきなのか。著者である村瀬さん、フクチさんと考える。
性教育とは自分と他者を大切にする方法を考えるための学問
――『おうち性教育はじめます』は、保護者が自宅でできる性教育について書かれたシリーズです。まず、なぜ家庭での性教育が必要なのかを教えてください。
村瀬:子どもは家庭生活や家族での会話から多くのことを学び取っていくからです。性とは、本能の問題ではなく、知識や学習によって形づくられる文化。教育をすることで、子どもに正しい性の感覚や行動を身につけさせることができるんですよ。
2つ目の理由は、世界と比較して日本の学校における性教育が遅れていること。日本の学校は性教育の授業時間が少なく、内容も「思春期の体の変化」「妊娠・生命の誕生」「性感染症」が主。月経や射精、受精や妊娠など教える一方で、セックスについては取り扱わない、避妊について教わるのは高校でというのが一般的です。
フクチ:でも実際は、思春期の子どもの多くは性交に対する興味関心を持っていますよね。それなのに取り扱うようになっていないのは保護者として不安です。審議中ではあるものの、いまだ性交同意年齢が13歳という実情もあります(※)。
村瀬:今の子どもたちの性の教科書が、アダルトサイトやアダルト動画になっているという問題もあります。AVは本来大人向けのもので、支配的、暴力的な表現が多く、判断力が途上の子どもは暴力や支配を愛情だと勘違いする可能性もあり、その子の人間観やセックスの考え方が歪んでしまう恐れがあるんです。
※2月に骨子案がまとめられ、3月に閣議決定された性犯罪の刑法改正案では、現在13歳の性交同意年齢を年齢差の条件付きで16歳に引き上げることが盛り込まれている。
――具体的に、家庭では何を教えればいいのですか?性の話題はなかなか口に出しづらいものです。
村瀬:日本では「性教育=生殖」というイメージが強いですが、性教育は「いのち・からだ・健康の学問」。生殖は、性教育の一部分でしかないんですよ。世界標準の性教育は、生殖だけでなく人間関係やジェンダー理解、人権、暴力と安全保持なども含めた、自分と他者を大切にする方法を考えるための学問です。
そのなかで生殖に関する話は、少なくとも中1までには終わらせておきたいですね。思春期に入った子どもは「生殖や性に関する話」は、保護者にはまず聞いてこない。聞いてこないなら、保護者からも伝えようとしないのがむしろ健全です。
――学校でも教えない生殖については、家庭でも伝えることができない…?
フクチ:ショックですよね! 村瀬先生からその言葉を聞いたとき、私も大きな衝撃を受けました。とはいえ、本書の企画段階で、私自身、思春期を迎えた子どもに対して何かを教える難しさに、ちょうど直面してもいて。小さい頃は浸透していた保護者の言葉が、思春期の子どもにはまるで撥水加工がしてあるかのようにしみこまないんですよ。
どうすればいいのかと悩んだ末、「教育」の「教える」よりも「育む」に重点を置くという結論に至りました。子どもが家庭で正しい性の感覚を学び取れる環境を作ることが、思春期のおうち性教育なんだ、と。
保護者が知っておくべき「3つの性」
――どうすれば子どもが正しい性の知識を育める環境を整えられるのでしょうか。
村瀬:1つは、家庭内で体の調子や心配事などを話しやすい関係づくりをすること。2つ目は、保護者自身が知識をアップデートして、性のことを真面目に取り扱う家庭の風景を作っていくことです。
今の保護者世代は、正しい性教育を受けてきていません。命の尊さを知りながら、セックスに対してうしろめたさがあったり、生理や射精といった現象を汚いと思ってしまったりする人が多いのも、そのせいです。
保護者が性に嫌悪感を抱いていたら、日常のふとした発言や振る舞いに、それが現れるでしょう。子どもはそれを学び、自分の性、そして他者の性を汚いものや嫌なものと思い込んでしまうかもしれません。
――性を嫌悪する感覚は、私の中にもあります。そんな保護者たちは、性について、まずどんな知識を身につけるべきなのでしょうか。
フクチ:思春期の子どもには、月経や精通など身体的な変化が見られるので、保護者はその都度、真面目に捉えて語る姿勢を見せることが大切。例えば経血のついたタオルを「血のついたタオル」と言うか「汚れたタオル」と言うかだけでも大きな違いですよね。後者は経血が汚い物という感覚に繋がります。
前もってティーン向けの本を読んだり、分からないことをパートナーに聞いたりして知識を付けておくと安心ですが、完璧でなくとも、子どもと一緒に調べて学んでいくくらいでもOKだと思います。
村瀬:また性別にかかわらず、大人として「セックスとは何か、どういう意味を持っているのか」を意識し直してほしいですね。セックスとは多くの場合、2人のあいだで主に性器などを使って快感を分かち合う親密な行為のことを指します。その目的は、大きく「生殖の性」「快楽・共生の性」「支配の性」に分けられます。
1つめの「生殖の性」は子孫を残すための性行為のことで、小学生まではこれについて自然科学をベースにしっかり伝えることが課題です。月経や精通が始まり、特に中学生以降になると、ほかの2種類の性が関係してきます。
――確かに、中学生以降は他者との関係について考えを深める時期ですね。では、「快楽・共生の性」「支配の性」とは?
村瀬:「快楽・共生の性」は、相手とのコミュニケーションをもとにした同意を前提に喜びを分かち合う性行為のこと。体の気持ちよさだけでなく安心感、一体感といった心の気持ちよさを得られるのが特徴です。「快楽」という言葉に抵抗のある人もいると思いますが、快く楽しいことを味わうことは生きる上での喜び。軽視したり、不潔視したりせず真面目に語れるようになりたいですね。
そして、「支配の性」とは、相手を対等の存在と考えず、地位や立場、腕力、お金などを使い、ときに愛という名目で自分の言いなりにさせようとする性行為のこと。たとえ愛し合っているつもりでも、関係が対等でなくなれば、たちまち「支配」に変わってしまいます。
AVはこの支配の性と暴力表現を組み合わせたものが多く、それらを視聴するようになったら「支配の性は差別と犯罪である」と知らせたいですね。
自分のことは自分で決めていい
――支配の性は正しくないのだと、どんなきっかけで伝えればいいのでしょうか。
フクチ:生活に取り入れやすくておすすめなのは、相手を人として扱わないような表現について、一言親の考えを言い添えることです。例えば、アニメやドラマで、女の子の裸や下着が見えてしまったハプニングを「ラッキーなこと」として描く表現が出てきた場合とか。一緒にテレビを見ながら「もしこれが現実なら、望んでいないのに体を触られたり見られたりした女性は傷つくよね」と話をする。子どもに直接話さなくても、子どもも一緒にいる時に夫婦でそういった会話をすることで自然と伝えることができると思います。
村瀬:もちろん表現のあり方には、自由があっていい。しかし、それは大人の世界のこと。子どものすぐそばに誰かを性的な「モノ」として扱う表現があるというのは、危険です。判断力の未熟な子どもたちがそれを“当たり前のこと”として取り込んでしまうかもしれません。ですから、先ほどのようなシーンを見るたびに、「これはあくまで作り物であって、現実なら犯罪になる行為だよ」と伝えたいですね。
――他者を対等な人間扱いしない感覚がすり込まれることを避けるということですね。
フクチ:性教育とは、人権教育なんですよね。自分と他者を尊重する言動ができなければ、性交や妊娠、避妊の仕組みを知っていたとしてうまく生かすことはできないでしょう。思春期以降は、幼児期のように人間関係に対して保護者が口出しすることはできなくなっていくのですから。
村瀬:だからこそ、保護者は子どもを一人の人間として自立性を尊重していかないといけないですね。たとえ自分の子どもでも、相手が嫌だと言うことは無理強いしない。そうしていいかどうか、同意をとる。
思春期以後は、性のトラブルに巻き込まれる可能性が出てきますからね。保護者が子どもに「自分のことは自分で決めていい」という態度を示し続けることで、子どもは自分を守り、他者と対等な人間関係を築けるようになるでしょう。
思春期をどう生きたかは、子ども一人ひとりの人格の核になります。保護者の皆さんには、自分がこれから子どもとの関係がどうあるべきかをしっかり考え、向き合ってほしいなと願っています。