2015年に採択された持続可能な開発目標SDGs。2030年の未来を見据えて設計された目標に対し、現在の日本は、環境整備が整い、サステナブルアクションのPDCAを回していく“SDGs2.0時代”にあります。
このフェーズで重要なのは、先駆者から学ぶ視点と、具体的アクションへと落とし込む実践の場。この2つを実現する場として、Makaira Art&Design主催の「ザ・ソーシャルグッドアカデミア」が開校しました。
第8回のテーマは「PEST(※)を変えて事業や産業を創出していく時代」。
これまでにない新しいサービス、市場が生み出される時、既存の「ルール」とギャップが生じることがあります。政策や法律にもアプローチしながら事業を創出していく考え方が、パブリックアフェアーズです。
これまで、新しいビジネス領域を中心に、政府・自治体・NPO等との関係構築・連携支援を行ってきたマカイラ株式会社ディレクター安井裕之さんに、ビジネスとルールメイキングの観点からお話を聞きました。(ファシリテーション:ザ・ソーシャルグッドアカデミア 代表・大畑慎治)
※PEST分析…Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の4つの要素で分析したマーケティングのフレームワーク。
新しい市場には新しいルールが必要になる
近年、多くの新技術が生まれています。
しかし、自動運転、ドローンや空飛ぶ車、シェアリングエコノミー、AIにブロックチェーン、Web3……といった技術の成熟に対して、世論や法制度が追いついていないのが現実です。これが、最先端の領域を事業に据えるスタートアップの壁に。「だからこそ、近年パブリックアフェアーズという分野が注目されてきている」と安井さん。
パブリックアフェアーズとは、企業・団体などが、その戦略目的を達成するために、ルール形成・緩和や、社会からの好感・支持獲得を目指し、公共・非営利セクターや社会・世論に対して行う働きかけのことです。パブリックリレーションズ(PR)は顧客や従業員を含む社内外のあらゆるステークホルダーとの関係構築を指しますが、パブリックアフェアーズは政府・業界団体・NGO・メディアなど、公共的なステークホルダーとの関係値を指します。
従来型の企業のロビイングは、利益誘導的かつクローズドな働きかけという側面がありましたが、パブリックアフェアーズは、社会的な利益を見据えたビジネスのためのオープンなルール形成プロセスであると安井さんは説明します。
これまでのマーケティングで主流だったのは「PEST分析」というフレームワーク。既存の環境、商習慣、ルールなどを前提としたPEST分析は、既存の枠組みに依存してしまうため、真新しい事業開発ではうまくワークしない場合もあります。
社会にとって意義のある事業モデルを実現するために、パブリックアフェアーズで外部環境(PEST)を変え(=非市場戦路)、さらにアートやデザインの力で社会への共感、浸透、実装を加速させていく流れが必要なのです。
「自分たちが創っていきたい未来や社会に向けて、PEST“自体”も変えながら事業のあるべき姿を創出していくことが重要です」
パブリックアフェアーズの多層なアプローチ法
安井さんはこれまでの経験から、パブリックアフェアーズのアプローチは大きく3つに分けられると言います。
ひとつ目が「アジェンダセッティング」、ふたつ目が「コンセンサス形成」、そして最後が「ルール形成」です。
「アジェンダセッティング」では、政策アジェンダに載せることが目的です。社会課題を起点とし、幅広いステークホルダーの共感を得ることによって、政策アジェンダ化させる取り組みで、メディアを通じた発信や署名活動など、世論を直接的に動かす活動も含まれます。
より多くの人の共感・関心を引きつけるためのアプローチを展開することによって、「これは解決をしなければいけない社会課題だ」という認識をもってもらい、世の中の熱を高める活動です。
「コンセンサス形成」で目的となるのは、ルール設計についての合意形成。産業全体を発展させるため、さまざまなプレイヤーと議論するための共通の土俵を整えるフェーズです。
例えば、「AIの倫理的な側面についてどう考えるのか」「自動運転で事故が起きたときに、責任分担はどうするのか」など、世の中でまだ議論が深まっていない事柄について理解を深め、共通認識を醸成していきます。有識者会議、議員勉強会や政府審議会への働きかけが行われることもあります。
「ルール形成」では、コンセンサス形成で対話が行われた事項に対して、実際にルールが決まっていきます。ルールは、スタンダードとレギュレーションのふたつに分けられます。
スタンダードが、公的な標準規格、業界標準・ガイドラインなど。レギュレーションは、法律、政省令、通達、ガイドライン、条例などが含まれます。
まだ社会課題として認識されていない最先端の領域について、社会に対して問題提起し、議論を深め、ルールを策定することが、パブリックアフェアーズには求められるのです。
ここで大畑さんから質問が投げかけられました。
「自分たちのビジネスや商品、サービスがより広まって、世の中に貢献していくために、世論を作っていくという部分は、誰がメインでやるのがいいのでしょう。単一の企業がやるのか、業界団体がやるのか。一般的には今どういう形で、そういう世論の形成はされるんですか」
安井さんが挙げたのは「仲間作りの重要性」。
「すでに社会的に問題意識があれば、世論の巻き込みなども含めて、政治・行政側とタッグを組んで進めていくことは成し得ます。ただ、1社だけで政治や行政を動かしていくことは、なかなか難しいと思います」
例の一つが、2023年7月から道路交通法の改正が適用されると話題になった、電動キックボード。その代表的なサービスであるLUUPが、初期に5つの自治体と実証実験に関する連携協定を結んだ事例が紹介されました。
「1社だけで動けば、場合によっては“利益誘導的”と思われてしまう場合もあります。また、新しい産業を作っていく過程で、仲間がいないとなかなか政治・行政に動いてもらえません。社会に新しい問題提起をし、ルールメイキングを進めていく上で、仲間を得ることは必要不可欠なファクターと言えるでしょう」
具体的な“一歩の踏み出し方
それでは企業側は、このようなパブリックアフェアーズをどのように始めると良いのでしょうか。
「環境分析や政治行政サイドの関係者が誰なのか、誰に対して働きかけたらいいのかなど、最初の調査分析の段階からなかなか具体的なステップが分からないことも多いかと思います」と安井さん。
まずやるべき第一歩では、これまでのパブリックアフェアーズに関する事例を自社に置き換えてみること。事例を参考にしながら、自社ならどのようなことができそうか、どのようなことが課題になっているのかなどを考えてみることが出発点となるそうです。
「パブリックアフェアーズについて動き出す場合、そして他社に相談をする場合は、法律的な分析は事前にしておいていただけると、制度的な問題の所在が把握できやすいですね。なんとなくで始めるにはもったいないので、しっかりリサーチされることをおすすめします」と安井さんは続けます。
今回、安井さんが紹介した社会実装の方法は、社会の変革を起こそうとするスタートアップをはじめとした企業には今後欠かせない視点となっていくでしょう。パブリックアフェアーズ、そしてPESTを変革していくアプローチの、第一歩を踏み出すきっかけになるはずです。
(執筆:若旅多喜恵、編集:黒木あや)