「ごはんのおかず」の気持ちがわかってしまった。お好み焼き、そのエポックメイキングな存在

ライターの西森路代さんと白央篤司さんによる「食」をめぐるリレーコラム。最近、お好み焼き作りに凝っているという白央さん。いまなお鮮明に覚えているその出合いが、現在の郷土料理やローカルフード愛につながっている…?
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唐突だが、最近凝っているのがお好み焼き作りだ。かねてより作り方をしっかり覚えたいと思っていたのである。  

私にとってお好み焼きは、エポックメイキングな存在なのだ。なにしろ記憶のかなり最初のほうに刻まれた料理で、あれは多分3歳ごろのこと。父の仕事の都合で兵庫県の尼崎(あまがさき)市に居たときの話である。

幼稚園で同じ組の子の家に遊びに行ったら、そこのお母さんがホットプレートでお好み焼きを作ってくれたのだった。記憶もおぼろげなのだが、「え、何? 何がはじまるの?」とキョトンとしていたら、なんだかドロドロしたものが鉄板に流される。それがひっくり返るのにまず驚いた。そうこうするうち「ウヨウヨとうごめくおかか」にも驚愕。当時の私はかなりの偏食で、未知のものは決して口にしなかったらしいが、きっといい匂いに負けたのだろう。初体験のソース味に「お、おいしい……!」と思ったのを鮮明に覚えている。今やその家の子の顔も名前も覚えていないというのに。

「あんた、帰ってきてからお好み焼きっておいしいんだよ、作ってぇ……ってせがんでねえ。私は新潟でなじみがないから、作り方知らなくて」

母の回想である。父は青森の出、一家そろって本格的なお好み焼きにはなじみがなかった。「所変われば“食”変わる」ということを最初に教えてくれたのはお好み焼きだったように思う。そしてこのときの楽しいサプライズ感がいまだ胸の内にあるからこそ、私は現在もローカルフードや郷土料理に強く心惹かれてしまうのかもしれない。

ホットプレートがやってきた。けれど…

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間もなくして我が家にもホットプレートがやってきて、週末にはよくお好み焼きが作られるようになった。作り方やコツは近所のお母さんたちに習ってくれたらしい。だが数年してまた転勤になり、関西を離れてからは次第にやらなくなってしまった。

「なんだかねえ、向こうにいたときはちょくちょく作る気になったんだけど。離れるとふしぎとそういう気が起こらなくなるのね」

なんとなく、分かる。関西にいるとあちこちでソース系の匂いを嗅ぐこともあるし、スーパーに行けば関連商品も目にする。「あ、食べたいな」と刺激を受ける機会が多々あるわけだ。

私ら一家が次に移り住んだのは東北の宮城県で、お好み焼き的なものと出合う回数は激減してしまった。代わりに笹かまぼこを食べる機会がグンと増えていくのだけれど。

ふわりと軽いお好み焼き

それはともかく、お好み焼き作りである。作るからにはまずレシピの核となる部分を知らなくてはならない。お好み焼きのコアとなるものってなんだろう?

たまたま神戸育ちの料理研究家さんが自作のお好み焼きをSNSに上げていらして、それがとてもおいしそうだったので企画を立て、取材出来ることになった。今井真実さんという人気の料理家さんである(実際のレシピは「今井真実 お好み焼き」で検索すると出てきます)。

今井さんのお好み焼きを食べて感じたのは、何よりキャベツのおいしさだった。ほんのりとした出汁のおいしさ、山芋によるふわりとした食感が同時に感じられて、それが最初にして最大の印象。ソースはあくまで味を添えるもの、なのだなと。

「私のお好み焼きは『軽い』んです」という言葉が忘れられない。多量のキャベツをしっかり細かく刻んで、必要最小限の小麦粉でまとめてから焼くことで生まれる軽さ。そう、私が幼い日に食べたあのお好み焼きも、ふわり軽かった。もちろんソースの味は濃いのだけれど、真核にあるのは野菜がメインとなる胃にやさしい感じのおいしさだったと思う。いい意味での軽食感。ある種の野菜おかず的なライト感。「ソースしみしみにしてごはんのおかずにする」なんて人もいるが、その気持ちがようやく分かった。

関西を離れてから、残念なことに生地のボテッとした、軽さとは無縁の粉っぽいお好み焼きに出合う確率が高かったのだ。生地と具とソースに一体感が無くて、妙に重い。そのアンバランスをソースやマヨネーズ、紅しょうがの強さでごまかされているような気がして、あまり魅力的に思えなかった。そんな時間を随分長いこと重ねてしまった。

何はともあれ話は冒頭に戻って、お好み焼き作りの毎日なわけである。だんだんと目分量でベースの生地を作れるようになってきて、とても嬉しい。キャベツのおいしさが核となるのは分かったけれど、今後はちょこちょこ余り野菜もあれこれ加えてみたいと思っている。

お好み焼きは、余りもの整理にもいい料理だろうと常々思っていたのだ。また、野菜をしっかり細かく刻むのをデフォルトにすれば、飲み込みがむずかしいご高齢の方や、小さい子にもいいのではないだろうか。ソースやマヨネーズにこだわらず、味つけを工夫したらダイエットにもいいかもしれない。 

 今回、リレーコラムにも関わらずお好み焼きについて長々と書かせていただいた。前回、西森路代さんが紹介されていた映画『別れる決心』を見逃してしまい、締め切りに間に合わなかったのである。私の周囲でもファンの多い作品で、「数回観直したくなる」という感想が共通していて印象的。

西森さんはたしか愛媛県のご出身だったはず。お好み焼きはあちらでよく食べられただろうか。あるいは作るのにハマっている、またはかつてハマっていた料理など、ありますでしょうか。  

(文:白央篤司 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)