机上の空論だけではSDGsは実現されない。そんな課題意識から、ナレッジ、ノウハウ、経験を学び、“ソーシャルグッドの社会実装”に挑戦していくための場として、2022年秋、「ザ・ソーシャルグッドアカデミア」(Makaira Art&Design主催)が開校しました。
第6回は、「ソーシャルグッド社会のためのクリエイティブ&コミュニケーション」がテーマ。ラッシュジャパン合同会社ブランドコミュニケーションマネージャー・丸田千果さん、株式会社arca CEO・辻愛沙子さんをお迎えし、トークセッションを行いました。(ファシリテーション:ザ・ソーシャルグッドアカデミア 代表・大畑慎治)
社会をより良くしたい、というブランドの思いをクリエイティブとコミュニケーションに落とし込むために必要なこととは? そして、顧客の共感の輪を広げていくためにはどうしたらいいのでしょうか?
環境や社会に寄り添った業務実績、クリエイティブとコミュニケーションで注目を集める2社から、ブランドと企業の思いを伝えるポイントを学びました。
ファンの熱が伝播するLUSHのコミュニケーション戦略
社会課題に取り組む企業のクリエイティブサポートや自社企画を数多く手がける辻さんが、「大ファンです!」と語るのがLUSH。
「もしも、既存ブランドの創業者になれるとしたら?」と質問をされたら、迷わずにLUSHと答えるほどブランドを愛用しているそうです。アクティビストの顔も持つ辻さんは、LUSHを「思想とクリエイティビティが共存している唯一無二のブランド」と評します。
「社会へのスタンスや思想を、しっかりと掲げている企業はあまり多くありません。“思想をビジネスに落とし込めているか?”を考えるには自己批判も必要であり、相当な覚悟を要するからです。LUSHは、覚悟を持って思想を掲示するのと並行して、オリジナリティのあるポップなトンマナの確立にも成功しています」
「トレーサビリティやクルエルティフリー(※)など社会課題へのスタンスを明確にしているブランドに限って見てみると、アースカラーで優しい綺麗めなトーンが多用される印象があり、どうしても画一的になりがち。
そのようななかで、LUSHのお店はカラフルでポップなデザインに溢れている。その空間にいるだけでテンションが上がるんです! 覚悟を持った思想と遊び心ある世界観の掛け合わせがLUSHのオリジナリティの真髄だと思います。思想に惹かれてLUSHを選ぶ人も、デザインが好きだからとLUSHを選ぶ人も、どちらもいるのはすごいことですよね」
※クルエルティフリー…残虐性(cruelty)のない(free)もの。動物実験などを一切行わないこと。
辻さんの熱弁に、丸田さんは嬉しそうに笑顔を見せ「LUSHは、辻さんのようなお客様が、自然と語り、広めてくださることで成長してきました」と話します。
「私たちが言いたいことを一方通行で伝えていては、コミュニケーションとして成功したとは思えません。辻さんのように“1時間、LUSHについて語りたい!”とお客様に熱く言っていただけるように、私たちも熱量を持って仕事に取り組んでいます」
LUSHは「A LUSH LIFE(ラッシュの信念)」として会社が大事にする8つの項目を掲げています。「これは、私たちの信念であり、お客様との約束事であり、なにかあったときに立ち戻るべき場所」と丸田さんは説明します。
辻さんは特に4つ目の信念「作り手(従業員)が幸せであり、その家族がLUSHで働くことに誇りを感じること」に惹かれると言います。
「LUSHのパッケージの裏面には、作り手さんの似顔絵と名前の表記がありますよね。“作り手の顔が見える商品設計にしましょう!”と企画書に書くことは簡単です。でも、実際にそれを全店舗に通ずるオペレーションとして設計し実現するのは並大抵の努力ではできないことだと思うんです。
LUSHのすごいところは、実際に世界中の店舗でこの信念=クリエイティブを実現していること。ブランドが社会に向き合う上で、理想を掲げるだけでなく実際に行動に起こすことの大変さと意義を身を以て体現しているのが本当にかっこいいなと。作り手の顔が見える商品作りにここまで本気で取り組んでいるブランドは、そうそうないのではないでしょうか」
社員一人ひとりの倫理観を企業の文化に
また、丸田さんは、LUSHのチーフ・デジタル・オフィサーであるジャック・コンスタンティンさんの言葉を紹介。
『ラッシュは多くの意見を持つブランドです。数多くの信念を掲げる会社なのですから、それぞれのスタッフには自分たちの意見を持ち、それを主張して欲しいと考えています』
「自分が個人として大事にしている倫理観を大事にしながら仕事をしてほしい、ということです。社員が社会問題に対して声を上げれば、それがキャンペーンへと発展していく。そういうたくさんの声を集めて、お客様とのコミュニケーションに繋げるのも、私の仕事です」
社内から多様な意見が生まれる組織がLUSHならば、1つの意見を大きな波へと変えようと挑む企業もあります。そんな企業をサポートするのがarcaです。クリエイティブやコミュニケーションデザインを支援するのはもちろんのこと、インナーコミュニケーション支援にも力を入れています。
「熱い思いを持った社員がひとりいても、社内文化が醸成されていないとなかなか意見が通らないというケースは往々にしてあります。そのため、社内ガイドラインの作成、勉強会の実施、社内報の発行などもarcaはサポートしているんです」
これらのインナーコミュニケーションと合わせて、人事評価の軸に社会的視点を盛り込む必要性を提案することも。
「短期的には目先の売り上げにつながりづらく思えても、社会課題へのアクションや生活者の痛みに寄り添った企画は、中長期的に見れば売り上げだけでなく市場での評価やロイヤルカスタマーの醸成など、プラスに働いていくことが多い。数値目標などの可視化しやすい評価軸だけでなく、社会的アクションに関する評価軸を設ければ、社内の声も育ちやすい。そう考え、人事評価のご提案をすることもあります」
昨今、SDGsやESGの潮流に乗って、多様性を掲げる企業コミュニケーションが増えています。しかし、コミュニケーションは相手への語りかけだけではなく、自己理解がなによりも重要。
自分たちの中にない価値観やメッセージをいくら発しても、それは絵に描いた餅であり、いわゆる“SDGsウォッシュ”になりかねません。社会との豊かなコミュニケーションを育むためには、まず社内にどのような声が生まれ、集まっているのかに目を向けることが重要なのです。
企業には“弱さ”を開示する正直さが必要
ソーシャルアクションを実行すると共に、顧客の心に響くクリエイティブとコミュニケーションのあり方を追求しているLUSHとarca。2社はそれぞれ、何を大事にし、ビジネスと向き合っているのでしょうか。
辻さんが真っ先に挙げたのは、正直でいることでした。
「次に大事なのは、アクション。まさにLUSHが体現されていることです。“自分たちにはどんなアクションができるのか”を問い直し、小さくてもいいので行動したその先で“発信”する。
ここで重要なのは、「正解」の話をしようと思わないことです。完璧な人はいませんし、誰だって間違えうる。そのことを念頭において、日常生活のなかで自分が興味を抱いた社会のできごとについて社内でも話題にしてみる、そんな社内文化こそが、大きな変化につながるのではないでしょうか」
丸田さんも同様にアクションを大切にし、その行動が波紋のように広がる様子を思い描いて仕事に取り組んでいるよう。
「私はLUSHでこれまで、動物実験反対や結婚の平等を実現させる、というプロジェクトに携わってきたものの、まだどれも実現に至っていません。だから長期の視点を持つのは本当に大事だと思います。クリエイティブとコミュニケーションだけでは、世の中は変わりません。
でも、クリエイティブやコミュニケーションがあることで、人の心や行動が動くと、心から信じています。“人はなかなか簡単には変わらない”ことを受け入れながらも、いつか誰かに響くようにアクションをやめないことがなにより大切です」
最後は、従業員の声を大切にしているLUSHらしいメッセージで締めくくられました。
「いつか響くときまでに、私たち自身が心身の健康を損ねてしまっては意味がありませんよね。なので、継続できる方法で仲間をつくっていきましょう。“この人と、この会社と、このチームとだったらやりたいな”と思われるような存在でいることが大事なのです」
(執筆:野里のどか、編集:黒木あや)