2023年1月、テネシー州メンフィスで黒人男性タイリー・ニコルズ氏が警察官5人に警棒で殴られるなどの暴行を受け、亡くなった。
全米各地で抗議デモが発生し、警官による過剰な暴行に非難が殺到したことを受け、バイデン大統領も2月7日の一般教書演説で警察改革推進を強調した。
何より社会を驚かせたのは、2020年に起きた白人警察官による黒人男性への暴力事件とは異なり、黒人の警察官による黒人男性への暴力事件であったことだろう。
BLM(Black Lives Matter=ブラック・ライブズ・マター運動)に代表される黒人への暴力や構造的な人種差別ではあるものの、黒人対白人といった、ある意味わかりやすい対立構造ではなかったことから、社会の怒りの矛先がいくつもあるようで、私はこの苛立ちがどこへ向かっているのか自分でも掴めず、複雑な心境に陥った。
事件を知って、まず思い浮かんだのは黒人の友人から聞いている警察官への恐怖心だった。以前に私がユダヤ人として差別を受けた経験を語った際にも書いたが、概して、黒人は警察官を恐れている。
なぜなら、アメリカの警察官は幅広い裁量権を持っており、さらに、黒人というだけで「罪を犯すのではないか」という疑いの目を向けられることがあるからだ。この恐怖心は、客観的な数字でも示されており、ピューリサーチセンターによる調査では、約8割の黒人が人種による差別を経験したことがあり、約6割の黒人が警察による残虐行為を非常に大きな問題であると回答している。
また、別の調査によると、米国での警官による射殺事件は増加の傾向にあると示されている。
2022年には1097人の民間人が射殺され、そのうち225人が黒人だった。警官による黒人への銃撃事件の発生率は他のどの人種よりも高く、人口100万人あたり5.9件(白人は2.3件)の銃撃事件が発生している(2015〜2023年1月)。
社会的立場、構造が生んだ差別意識
このように彼らは日常的にいわれなき暴力に脅かされている。同時に、19世紀の黒人差別の体制「ジム・クロウ法(※)」は私たちの意識に根深く残っていて、いまだに黒人の社会的立場は低いままであると痛感させられる。
これらの調査は、黒人に対する差別を浮き彫りにするものの、今回の事件は黒人警察官による黒人男性への事件であることから、人種差別に加えて別の要因があるのではないかと考え、その要因を調べてみた。
行きついた先が「人種や性別に関係なく、警官は特に黒人について暗黙の偏見を持っている」というメリーランド大学の研究者の発言であった。
この言葉を借りるなら、今回の暴行事件に加担した黒人警官は、自分が黒人であるという事実よりも警察という「特権意識」が勝っていたのかもしれない。つまり、その人の置かれた社会的立場が差別意識を生んでいるとも捉えられないだろうか。
この社会的立場性はある意味で、マジョリティとマイノリティの関係にも置き換えられそうだ。
私たちはそれぞれ成長過程で文化的、社会的な概念を学び、メディア等の情報から物事を判断する基準を養っている。しかし、民主主義国家では、多数の声を反映する意思決定がなされているのだから、マイノリティの存在は意識されつつも、おのずとマジョリティの意思決定が反映された社会となってしまう。こうした積み重ねがステレオタイプタイプを生み、マジョリティを優先する社会を作り上げていくのだろう。
日々の営みが「マジョリティ=特権の構図」を生み出すことなく、差別につながっていかないように、現代の社会的な構造を見つめ直し、自らの思考の偏りに敏感でありたい。
最後に、私たちの潜在的な意識を客観視させる国際研究機関のツールを参考までに紹介する。他者に知られることがないので自分の本音を知ることができるので、試してみてほしい。
誰しも思考の偏りはあるものだが、それを理解して、正しい選択をすることが大人としての責任であると、私はわが子に伝えたい。時間はかかるかもしれないが、差別意識を次の世代に渡してはならない。
※ジム・クロウ法…19世紀半ばのアメリカ南部における、黒人差別に基づく分離政策や黒人取締法などの規則や条例のこと。