上田清司・参議院議員の男性秘書によって、取材活動中に埼玉県内で性暴力を受けたとして、元記者の女性が3月8日、国に損害賠償を求める訴訟を起こした。
男性は上田議員の公設秘書だったが、この性暴力での書類送検後に自殺したという。裁判では、公設秘書による職務権限の濫用と、上田議員の指揮監督権限の不行使によって起きた性暴力だとして、国の賠償責任を問う。
提訴後に行った会見で原告側弁護団は「国会議員も公設秘書も憲法21条の取材・報道の自由を保障する立場にある」と指摘。その上で、国会議員に対しては「公設秘書を指揮監督する義務に反して報道の自由や女性の人権を侵害するのは言語道断」と話した。
情報提供を申し出、多量に飲酒させてわいせつな行為に及ぶ
原告側の弁護団や訴状によると、元記者の原告女性が性暴力被害にあったのは2020年3月。新型コロナウイルスの感染拡大が懸念され始めた時期だ。
3月24日、当時報道機関で政治担当の記者として埼玉県で勤務していた原告は、上田議員の後援会事務局長からの誘いで、地域でのコロナ対策について地方議員と情報交換をする場に参加した。
上田議員の公設秘書、後援会事務局長など6人が参加し、原告以外は全て男性。食事・飲酒しながら行われ、情報を得ようとしていた原告は何度も飲酒を勧められ、コース料理が終わる前ごろには眠くなって半分意識を失うような状態になったという。
終了後、公設秘書は後援会事務局長から「原告を頼む」などと依頼され、タクシーに同乗。原告が寝入ったところでわいせつ行為に及んだ。
原告はわいせつ行為から逃れるためにタクシーを下車したが、公設秘書も車を降り、再び原告に対してわいせつな行為をしたという。
また、3日後の3月27日、公設秘書は原告に、上田議員の所属政党の分裂・再編に関する動きなどについて重要な情報を提供するとし、飲食店に呼び出した。そこで再び多量に飲酒させ、ホテルの部屋に入れ、原告が無抵抗の状態であることに乗じて強制的に性交したという。
被害にあったのはいずれも埼玉県内で、原告は3月28日、この2件の性暴力被害についてに警察に相談、4月1日に被害届を提出。警察は捜査を進め、公設秘書は8月に「準強制わいせつ罪」と「準強制性交罪」で書類送検された。しかしその後、公設秘書は自殺。不起訴になったという。
「職務上の権限を濫用した不法行為」
弁護団は、公設秘書が3月24日の情報交換の場に出席したのは職務であり、さらに、飲酒によって前後不覚の状態にある原告について「頼む」などと後援会事務局長から依頼されているため、「原告の安全に配慮することが公設秘書の職務執行上の責任だった」と指摘。
3日後の呼び出しについても、弁護団は「自身が原告に申し向けた政治状況に関する情報を掌握して提供する意思も能力もないのに、記者としてその政治状況を追うべき職責を抱える原告を巧みに騙し」たとし、2件とも、職務上の権限を濫用した故意による不法行為だと指摘した。
また、上田議員には、公設秘書による記者に対するセクハラ・性暴力を防止する注意義務を怠った責任があるとしている。
訴訟では、これらの性暴力が、特別職の国家公務員である公設秘書による職務権限の濫用と、上田議員の監督権限の不行使によって起きたとして、国の賠償責任を問い、慰謝料1000万円などを支払うよう求めている。
弁護団は「自死と不起訴によって、この職務権限行使の濫用と責任は封印された」としており、捜査がどのように進められたのかや、責任の所在などについて裁判を通じて明らかにしたいとしている。
上田議員は衆院議員を経て埼玉県知事を務め、2019年から参院議員。上田清司事務所の担当者は今回の提訴についてハフポスト日本版の取材に「当事務所として女性に対する暴力やパワハラは許されるものではないと考えているが、書類送検があったかという事実については当時の担当者が既に不在であるため事務所としてはお答えできません。当事務所の秘書であったものについても、亡くなっているのでコメントは控えさせてていただきたい。『上田議員から告訴を取り下げてほしいと要請があった』という女性側の訴えについても詳細は不明です」とコメントした。
原告女性「言葉にも言い尽くせない苦しみ」周囲からの二次加害も
原告に対する二次加害もあったという。弁護団は、公設秘書の自殺後、公設秘書側のみへの取材で、原告に責任があるかのような趣旨の週刊誌報道も行われたと明かした。
提訴にあたり原告は「勇気をもって、警察に被害届を出した結果がこのような方向に進んでしまったのは、言葉にも言い尽くせない苦しみを感じています」とコメント。
他の政治家から「よくある話なのに、なぜ被害届を出したのか理解できない」「示談金をもらえばよかったのに」などの言葉をかけられたこともあったという。原告は性暴力被害後に記者職を続けられなくなり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されている。
原告は「公にすることで同じ思いをする人が少しでも少なくなればという思いで提訴にふみきりました。それが、記者としての使命であると考えました」とも明かしている。(コメント全文はこちら)
弁護団は「記者が性的暴行・セクハラなく安心・安全に取材をすることは、取材・報道の自由、ひいては民主主義を守るのに不可欠」とコメント。
「原告の尊厳を回復するとともに、自由で安全な取材環境、報道に寄与し、取材現場における性的暴行の実態・構造を明らかにして、取材対象者となり得る権力者の意識改革を含め、取材現場を変える一助としたい」と裁判の意義を説明した。
メディアの職場の女性、7割以上がセクハラ被害との調査も
取材中の性暴力被害やセクシャルハラスメントについては、近年深刻さが明らかになりつつある。
2007年に長崎市の男性部長(後に自殺)から性暴力を受けたとして、女性記者が2019年、長崎市に損害賠償などを求めて提訴。2022年、長崎地方裁判所は市に対して慰謝料などおよそ2000万円の賠償を命じる判決を下した。
日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)とMIC女性連絡会が、メディアの職場で働く人を対象に2018年に実施したアンケートでは、女性の7割以上がセクハラの被害にあったことがあると回答。外勤記者は取材先から加害を受けたとする人も多く、課題の根深さが浮かび上がった。