2015年に採択された持続可能な開発目標SDGs。2030年の未来を見据えて設計された目標に対し、現在の日本は、環境整備が整い、サスティナブルアクションのPDCAを回していく“SDGs2.0時代”にあります。
このフェーズで重要なのは、先駆者から学ぶ視点と、具体的アクションへと落とし込む実践の場。この2つを実現する場として、Makaira Art&Design主催の「ザ・ソーシャルグッドアカデミア」の第3回目が開かれました。
第3回目のテーマは「ソーシャルベンチャーのブレイクスルーのポイント」。株式会社ヘラルボニー 代表取締役社長・松田崇弥さんと株式会社Asante創業者で現取締役・萩生田愛さんが、それぞれのビジネスを振り返るトークセッションを展開しました(ファシリテーション:ザ・ソーシャルグッドアカデミア 代表・大畑慎治)。
知的障害のあるアーティストとライセンス契約を結び、その作品データを生かしたライセンスビジネスや自社のオリジナルブランド展開を手掛ける福祉実験ユニット「ヘラルボニー」と、最高品質のバラの産地であるケニアから輸入販売する「アフリカローズ」。
ヘラルボニーは障害福祉の分野で、アフリカローズは発展途上国での貧困問題の分野で、課題を解決する新しい手立てを世に提示しています。
多くの人の憧れを集めるハイブランドとのコラボを次々とリリースするなど、ブランドとしての価値を確立している両社ですが、そこに至るまでには当然、越えなければならない壁がありました。
ソーシャルグッド領域でビジネスを企てる際に、待ち受けている困難とは?リアルな課題とその乗り越え方を学んだ講座の模様をお届けします。
同情ではなく「かっこいい」から選ばれるブランドを
ディズニーをはじめとする有名ブランドやホテル、空港や駅などの公共施設と次々コラボレーションを果たしてきたヘラルボニー。重度の知的障害を伴う自閉症の兄がいる家庭で育った双子の松田崇弥さん・文登さんが共に起業しました。
子どもの頃、同級生たちが知的障害のある方を揶揄し、友人同士でふざけ合っていた様子に嫌悪感を抱いていたという松田さん。そんな松田さんがビジネスのターゲットにしたのは、「かつての同級生たち」。
「地元の友人たちを思い浮かべてみると、福祉に関心を抱いたり、アート作品を購入したりはしません。でも、ハイブランドの財布やバッグは持っている。だから僕たちは、ブランドを作り、憧れを集めようとしました。有名なブランドや、大きな建造物とコラボすることで、大人たちだけでなく、子どもたちも目にする機会が増える。“かっこいいな”と思ったものが実は福祉の現場から誕生していたと知れば、いつか(かつて自分が耳にしてきた)差別的な造語なんて言葉を子どもたちが思い付くこともなくなると思うんです」
ヘラルボニーが単に“障害者アート”を扱うのではなく、プロダクト開発をしてさまざまなブランドとのコラボをリリースするのは、ビジネスとしての正当性はもちろん、「かっこいい」で選ばれるものを世に送り出したいと考えているからだといいます。
また、独自のビジネスモデルを考え抜くことで、雇用の課題にもアプローチしているという松田さん。現在153人にのぼるというアーティストとライセンス契約を結び、作品を“アートデータ”として預かり、プロダクト開発においてデータを利用した際に、アーティストへ使用料を還元する。
そうすることで、たとえアーティストが年間数枚しか絵が描けなかったとしても安定して収入を得ることができます。中には、障害者就労施設で日当数百円で働いていた人が、確定申告をするまでの年収を得るケースもでてきたそうです。
また、金銭面だけに限らない大きな影響を次のように紹介しました。
「知的障害のある方の親御さまが、“息子の落書き”と呼んでいたものが評価されることで家中に作品を飾るようになったり、息子のことをなかなか誇らしく思えてこなかったという方が親戚中に息子を紹介するようになったりするなど、親御さんや関係者が自尊心を取り戻していく場面を見てきました」
「同情ではなくカッコよさで選ばれたい」という松田さんの話に、アフリカローズの萩生田さんも大きく頷きました。
ケニア産アフリカローズを日本で販売する株式会社Asanteも、「発展途上国のかわいそうな人たちを助けるためにバラを買って」と、貧困や飢餓を掲げて、バラの宣伝をすることはありません。
「ケニアで小学校を建設するボランティアをしていた頃、現地の方たちの“支援慣れ”を目にしました。支援する側と支援される側の間に隔たりがあり、対等な関係が結べているとは思えなかったんです。アフリカローズは、“かわいそうな人たちが作っているから買ってあげる”と思って手に取ってもらうのではなく、“高品質で美しいから、アフリカローズが欲しい!”と選んでいただきたい」
いいものを生み出し、いいものだからと選ばれる。そんな生産者と購買者の対等な関係が作り出せてこそ、本質的な雇用創出が実現し、貧困問題へのアプローチも健全なものになると萩生田さんは考えます。
広く知ってもらうことの難しさと葛藤
ビジネスとして成立させるには、広く認知され、購買行動を起こす必要があります。その過程で、メディアは欠かせません。しかし、メディアを通じて伝わることが、本来のメッセージからズレてしまうことがあるのも事実です。
どうしても「自閉症のある兄のために、起業をした双子たち」というわかりやすいストーリーにあてはめられてしまうことに葛藤を覚えることもあったと語る松田さん。そのズレを少しでも解消するために、現在は「メディア向けの文言集」を用意したり、言語表現に関するスタンスの明文化を進めていたりするそうです。
「“障害者”という人間はひとりもいない、と僕は考えています。障害はその人自身を表すものではなくて、あくまでも付属品。そもそも“障害者”という言葉は、“その人の生活に対して、社会の方が障害を持っている”という意図で生まれた言葉です。しかし、そう理解して言葉を使えている人は少ない」
だからこそ、へラルボニーは“障害者”という言葉を前面に出すことはしません。どんな言葉を使い、ブランド価値を届けるのか。メディアを通じて消費者に価値を届けるときに、自分たちのスタンスを明確にしておくことは、よりよいメディアリレーションを築くポイントかもしれません。
萩生田さんも、メディアからの取材依頼のありがたさを感じながら、「チャリティ活動」として取り上げられることに悩んでいました。そのままでは商圏に限界がくると感じたからです。
「かっこいい打ち出し方はどういうものかを社内で話し合いましたね。今は、社会的にサスティナビリティへの関心が高まってきたので、ソーシャルグッドの文脈も発信に取り入れています」
時代の変化とともに、人々が関心を寄せるテーマも変わっていきます。自らのスタンスと、人々のアンテナに引っかかるキーワードとのバランスをうまくとっていく重要性を萩生田さんは強調しました。
萩生田さんの話に同意しながら、さらに松田さんは昨今の社会的なソーシャルグッドへの熱心な眼差しを冷静に受け止めるように心がけているといいます。
「社内でよく、“私たちは、時代の潮流に乗らせていただいて、ここまで成長してこられたんだ”と話しているんです。タイミングが良かったから実現できていることがあると自分に言い聞かせている部分もあります。だからこそ、もっと努力を要する箇所もたくさんある。波が消えたとき、残るのは“かっこいいか、そうじゃないか”の判断だけです。波を見極めながらも、かっこいいものを作る、という姿勢を甘んじずにしっかりやっていきたいです」
次なるブレイクスルーに向かって
プロダクト開発への情熱という共通点を持つ両ブランドは、さまざまなブレイクスルーを重ねて、世間から大きく注目を集めるベンチャー企業へと成長を遂げました。プロダクトの魅力に留まらず、会社としての一挙手一投足にも注目が集まっています。
次のブレイクスルーはどこにあるのでしょうか。
株式会社Asanteは、創業から10年間社長を務めた萩生田さんが退任。組織として変革期を迎えています。「Asanteはより多くの人が株を持つ、コミュニティーのような会社のあり方を目指しています。株主、従業員、そしてお客様がフラットな関係を築ける組織でありたいんです」
新しい組織作りに取り組みながら、多くのスタートアップがゴールとする上場ではなく、多様な選択肢を社会に提示することを望む萩生田さん。「これまでも、サンゴの植樹や再生可能エネルギーの支援ができる花束など、気軽に社会貢献ができる商品開発をしてきました。バラをひとつのツールとしながら、社会へメッセージを伝え続けたいですね」
ライフスタイルプロダクトの開発や、都市デザイン事業を進めてきたヘラルボニーは、次の挑戦を構想しています。
「今のヘラルボニーの事業では、“僕の兄は入ってこれない”というジレンマをずっと抱えてきました。契約するアーティストさんを美術文脈でしっかり審査させていただいているからです。現在、アートだけでなくウェルフェア事業を視野に入れており、もっと多くの知的障害のある人と協業していきたいと考えています」
松田さんは最後に、ヘラルボニーが目指しているのは「ゴールドマンサックスなんです」と締めくくります。「ゴールドマンサックスに就職したと聞くと『すごいじゃん?』って言われますよね?今の福祉業界には、“あそこに就職したの!?すごいじゃん!”と驚き、喜ばれる会社がないと思います。僕たちはそこになっていきたい。福祉業態を複数展開していくことで、支援学校を卒業した人たちが就職する先として憧れられ、働く人が誇りに思うような場所を作っていきたいと思っています」
発展途上国の路上で汚れたバケツに生けられていたバラと、地方の福祉施設の片隅にあったアート作品。それぞれの美しさが生んだ感動は、多くの人を惹きつけながら、やがて常識も塗り替えていくことになるでしょう。
執筆=野里のどか
編集=黒木あや・中田真弥(ハフポスト日本版)