職場や学校、成人式や結婚式ーー。それぞれの場に合った服装を求められることが多くあります。ですが出生時に割り当てられた性別「らしい」格好をするのに違和感を抱え、苦しむ人も少なくありません。
関東地方の大学に通うももえさん(20)は高校時代、振袖を着れないと思い、成人式への参加を一度諦めました。
養護教諭になりたくて入った大学では、勉強会や研修の服装に、スーツが指定されていました。「女性らしい」体のラインが強調されるレディーススーツを着ることは苦しくて、勉強が手につかなくなっていきました。
そんな時に出会ったのが、「女性」の体に合うメンズスーツをオーダーメイドで販売する『keuzes』(クーゼス)。自分らしく着られるメンズスーツを手に入れられたことで、地元の成人式に参加できるかもしれないと思いました。
でも、周りにどう思われるか怖い。そこでまずは、1月7日に『keuzes』が開催した、自分の好きな格好で参加できる成人式イベント『SEIJIN-SHIKI』に行くことを決めました。
自分のセクシュアリティについて、今はまだわからないし、決めていないというももえさんは「自分が何者だとかそういうのがなくても、好きな服が着られる社会になってほしいです」と願います。
◆振袖なら、成人式には出られない
ももえさんは幼い頃から、かっこいい服が好きでした。スカートは履きたくなくて、私服はメンズのものを揃えました。
進学した中高一貫校の制服は、 スラックスが選べました。それでも「女の子はスカート」という空気がありました。「男の子になりたいの?」などと言われるのが嫌で、周りの女の子と同じスカートを選びました。
高校生になり、「この振袖かわいいよね」「もう予約した?」など、成人式にまつわる会話が増えていきました。
ももえさん自身も成人式で、進学で離れてしまった小学校の幼なじみの男の子たちに再会して、スーツ姿で一緒に写真を撮りたいと思いました。
でも目の前に広がるのは、母からしばしば「振袖着るの?」と聞かれる現実。女性は振袖、男性はスーツという選択肢しかないと感じ、諦めました。
◆レディーススーツは屈辱。勉強にも手がつかなくなった
では既存のスーツがあれば、成人式に参加できたのかというと、そうではありません。高校3年生の卒業シーズン。大学の入学式のために、母と買ったレディーススーツは体のラインが強調される、自分にとって屈辱的なものでしたが、着ざるを得ませんでした。
養護教諭を目指しているももえさんは入学後も、学外の勉強会などへの参加が必要。スーツの着用が求められるため、当初は「着たくない」という思いを抑えて、レディーススーツで参加していました。
夢のために勉強はしたい。でもレディーススーツを着なければと思うたびに、大学に行くこともままならなくなっていきました。
そんな時に支えになったのは、俳優やタレントなどとして活動するトランスジェンダー男性の若林佑真さんの発信でした。
これまで、自分の体の変化に違和感があったももえさんは、若林さんの発信をみて、自分のコンプレックスを愛せるようになっていきました。
2021年の夏頃、インスタライブで若林さんに「スーツはどうしましたか?」と聞いてみると、『keuzes』を紹介されました。
「このままだと、勉強できないままだ」と苦しんでいたももえさんは、すぐにメンズスーツを作りました。「こんなにピッタリ合うんだ」と心が躍り、仲間や先生の「似合ってるね。そっちの方が良いじゃん」という言葉も、支えになりました。
◆この先、友人に会えないかもしれない
2022年11月に、『SEIJIN-SHIKI』の開催が告知されました。日程は2023年1月7日。地元の成人式の前日でした。
当時は自分の着たいスーツが手に入り、地元の式にも参加したいという思いもありましたが、周りにどう思われるのか怖くて、迷っている時期でした。
高校を卒業してから、服装などを理由に友人たちと会うことを避けてきたももえさん。自分の好きな服で成人式に行かないと、この先友人に会えないかもしれないと思いました。それに『SEIJIN-SHIKI』に出たら、地元の式にも勇気を持って行けるかもしれない。
若林さんや『keuzes』代表の田中史緒里さんをはじめ、自分自身を好きになるきっかけをくれた人に感謝を伝えたいと思い、まずは『SEIJIN-SHIKI』に参加することを決めました。
◆自分らしいスーツに出会い、「かわいい」を肯定できた
当日は『keuzes』のスーツに、大きなドット柄のネクタイを選びました。それまでは苦手だった「かわいい」印象のアイテムも、かっこいいスーツが手に入った今、好きになれました。
田中さんに頼まれた新成人代表の挨拶では、こう思いを語りました。
「今日、私がこのスーツを着てこの場に立っているのは、自分自身へのけじめと、祝福を意味しています。『普通になりたい』『ジェンダーとしての女性を自分も演じられるようになりたい』。そう願い、『こんな社会大嫌いだ』と駅のホームで立ちすくんだ18歳の誕生日。それから1年が経ち、19歳の誕生日をスタートに20歳になるまでの1年間、それらを全て取っ払って生きてみた自分へのけじめと祝福です」
「この1年間、社会の中に『好きな人が好き』『好きなものが好き』『自分が好きな自分を好き』。そんな自分を受け止めてくれる人がいることを知りました」
式後、ももえさんは「自分らしくいて大丈夫だと思える場所があって、すごく嬉しかったです」と話しました。
◆想像していなかったあたたかい光景
翌日の地元の成人式。参加したいという思いと、行くのが怖いという思いに板挟みになっていたももえさんは、 『SEIJIN-SHIKI』の日の夜、地元の友人に電話をしました。
これまでスーツを着たことや、日頃の格好から「お前男だろ」と言われたり、体を触られたりしたこともあり、厳しい目線を向けられると思ったからです。
「振袖ないと浮いちゃうかな?」と聞くと、友人は「俺らと一緒にいれば大丈夫だよ」。
実際に式では同級生が「かっこいいね」と声をかけてくれ、一緒に写真を撮りました。自分が思っていたよりも遥かに、あたたかい光景が広がっていました。
思い返すと、ネクタイを買いに行ったスーツ量販店でも、一緒に選んでくれた店員さんが「すごく良い時代ですよね」と声をかけてくれました。
まだまだ厳しい目を感じる時もあるけれど、この日目の前に広がった光景は、上の世代から聞いた話から思い描いていたものと大きく違っていました。
きっとそれは、自分が出会ってきた上の世代の人たちが一歩ずつ、自分らしくいられる社会を作り出しているからだと、ももえさんは感じました。
「将来会う人や子供たちに、自分も生きる姿を通して、いろんな人がいるんだよと受け取ってもらいたい。そういう思いや価値観の循環が作っていけたらなと思っています」
<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>