本当に甘酒? 新しすぎるリフレッシュドリンク
2022年10月に発売された「米麹とスパイス」は、米麹甘酒をベースとしたリフレッシュドリンク。見慣れた赤缶に比べると、スタイリッシュ過ぎる見た目に驚く。
フタを開けると、キリッと爽やかな山椒の香りがたつ。
炭酸飲料らしくスッキリとしており、甘さはかなり控えめ。もはや甘酒と言われなければ、気付かないかもしれない。
開発したのは甘酒が苦手な若手研究員
この「米麹とスパイス」の生みの親は、森永製菓の研究員・山田章文さん(28歳)。2020年の新卒入社後まもなく、甘酒の担当となった。
山田さん、実は甘酒が苦手だったと明かす。
「元々甘いのが得意ではないですし、赤缶には昔っぽさも感じていたので、縁遠い存在だと思ってました」
マーケティング担当者から「次世代のお客さんを育てないといけない」と言われた時も、「今のままでは、自分みたいな若者が手に取るのは難しいだろうな・・・」と、心のなかでつぶやいた。
「お客さんを楽しませたい、驚かせたい」が原動力
「米麹とスパイス」開発のきっかけは、入社から1年が経った頃。先輩が取り組んでいた商品のテスト販売を頼まれて、手伝った時だ。
道ゆくお客さんが試食して、笑顔になった。商品に対する生のリアクションを目にしたのは、初めてのことだった。
山田さんは、学生時代を思い出していた。
ある日、友人がじゃがいもとソーセージを持って下宿先にやってきた。あまりに大量だったので、山田さんはフライパンで4回に分けて炒めた。出来上がったジャーマンポテトを一緒につつく。はち切れるほどに満腹だったが、友人は美味い美味いと頬張っていた。
自分のつくったもので他人が喜んでくれる姿に幸せを感じた。
「そうだ。僕は、お客さんを楽しませたい、新しいもので驚かせたいと思っていたんだった」
先輩の商品に目を落とし、「甘酒の違う見せ方、切り口があるんじゃないか。若者にもウケるものをつくれるんじゃないか」と考え始めた。
新たな甘酒 ライバルはエナジードリンク
コーヒーが苦手な山田さんは、受験勉強の頃から、目を覚ましたい時はエナジードリンクに頼るのが常だった。一方で、見慣れない横文字ばかりの成分表示には抵抗もあった。
そこで、コーヒーでもエナジードリンクでもない、第3の選択肢という発想が生まれた。カフェインなどで強制的に目を覚ますのではなく、飲む点滴とも呼ばれる甘酒の力で「疲れた心を素直に起こす」リフレッシュドリンクだ。
米麹甘酒は、米に麹菌を加えたもので、発酵によって米が糖などに分解される。これが甘さの正体だ。麹菌にも色々種類があり、何を使うかによって味の出来が変わる。
山田さんは、苦手な甘さを抑えるため、奇策に打って出た。通常使っている麹菌ではなく、焼酎用の麹菌を採用。先輩からは「大胆過ぎる発想」とも言われたが、山田さんは、酸味が強く出るところを気に入った。
森永が蓄積してきたノウハウを活かしつつ、発酵時間や麹菌の量を調整し、味のバランスを探った。お客さんの驚く顔を想像しながら、スパイスとして山椒を加えた。
国産の山椒が不作だったため、中国産を試したものの、思っていた味には仕上がらない。原料会社に頼み込んで、国産を仕入れてもらった。担当者からは「お菓子の会社が、なぜ山椒なんですか?」と不思議がられたりもした。
着想からおよそ10ヶ月。2022年2月に「米麹とスパイス」は完成した。しかし、お客さんへ届けるための商品化は簡単ではなかった。
いよいよ商品化へ 普段は関わっていない「コンセプトづくり」にも挑戦
食品業界では、マーケティング部門などが新商品を企画し、そのオーダーにあわせて研究開発部門が開発するというケースが増えていて、研究サイドがゼロから企画したものが商品化されることは稀だとされる。売れなければ大量の在庫を抱えることになるため、メーカーとしては慎重にならざるを得ない事情もある。
山田さん自身、入社から2年間で4つの新商品を提案したが、商品化には至らなかった。そこで、今回頼ったのが、社内ベンチャーの「SEE THE SUN」だった。
SEE THE SUNは、メーカー同士の垣根を超えたコミュニティを運営し、フードロス問題の解決に向けた商品開発に挑戦している。 同時に、尖った商品を世に出すためのトライアル販売も手掛ける。
山田さんはSEE THE SUNに試作品を送り、商品化を直訴。商品のクオリティと山田さんの熱意が認められ、発売が決まった。
デザイナーの協力も得つつ、やったことのなかったコンセプトの作り込みを進めた。自分の好きな服のブランドなど、参考になりそうなものは片っ端からチェックし、週末も打ち込んだ。
完売に確かな手応え ネットでも人気
そして、2022年10月。SEE THE SUNの敷地で開かれたイベントで「米麹とスパイス」をお披露目した。通常の大規模製造とはちがって、山田さん自身と同僚の手を借りたほぼ手作り。持ち込めたのは60本だった。
待ち望んでいたお客さんへの販売だったが、本当に売れるのかは不安だった。
「対面で美味しいとの感想を頂けた時はホッとしました」
お客さんからは「おしゃれでかっこいい」「甘酒っぽくなくて、新しい」との反応が返ってきた。20〜30代のお客さんにも好評で、山田さんと同じように、従来の甘酒の甘さが苦手だったと話す人もいた。意図していたことが伝わった気がして、手応えを感じた。
用意していた60本は3日間で完売した。
ECサイトでも販売したところ、ツイッターなどで口コミが広がり、数日で完売。今後、生産体制を整える予定で、半年先の予約注文(https://bit.ly/3voaWMS)を受け付けている。
縁遠くて、変えてはいけないフィールドだったからこそ挑戦できた
構想から販売まで、およそ1年半。
当初は縁遠いと思っていた甘酒、それも50年の歴史を持つ定番商品は「変えてはいけないフィールド」のように感じていた。が、「だからこそよかった」と山田さんは振り返る。
「ありがたいことに、今までの甘酒を求めて下さるお客さんがいらっしゃる分、 ”遊べる余白” の少ない商品でした。その分、自分が遊ばせてもらえたと思います。上司も、自由な発想でやったらええよ、と応援してくれました」
山田さんの手元には、お客さんの声をまとめたメモがある。
「これまで触れることのなかったお客さんのリアクションがとにかく嬉しくて、商品開発の活力になります」と微笑む。
今後は、米麹とスパイスの「定番化」に向けて挑戦を続けるつもりだ。
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