『思い出のマーニー』の裏話とは? 歌手めぐって争奪戦、宮崎駿監督から「挑戦状」も

スタジオジブリの23作目となる劇場公開作品で、宮崎駿さんと高畑勲さんの巨匠が関わらない初のジブリ作品です
思い出のマーニー
思い出のマーニー
スタジオジブリ

映画『思い出のマーニー』が1月13日午後9時から金曜ロードショー(日本テレビ系)で放送されます。監督を務めたのは『借りぐらしのアリエッティ』の監督、米林宏昌さんでした。第88回アカデミー賞のノミネート作品でもあるマーニー制作の舞台裏を紹介します。

杏奈とマーニー、2人の少女の物語

主人公は幼い頃に両親を亡くして、心を閉ざした12歳の杏奈。育ててくれている養母にもふとしたことから不信感を抱き、疎外感を持ちます。そんな中、喘息の療養のために夏休みに海辺の村で過ごすことになります。でもそこでも周囲に馴染めずにいたところ、今は誰も住んでいない「湿っ地屋敷」で金髪の少女、マーニーと出会います。ピクニックをしたり、一緒に踊ったり、マーニーと過ごす時間を通して杏奈は明るさを取り戻していきます。知っていた気がする屋敷で出会った謎の少女は一体誰なのかーー。観客は物語に引き込まれていきます。

制作の舞台裏

スタジオジブリ・プロデューサーの鈴木敏夫さんの著書「天才の思考 高畑勲と宮崎駿」(文藝春秋)から、主題歌を歌った歌手を巡る争奪戦があったことや、宮崎さんが若手である米林監督に「挑戦状」を送っていたことについて紹介します。

主題歌の歌手を巡って争奪戦

主題歌「ファイン・オン・ジ・アウトサイド」を歌ったのはアメリカ人歌手のプリシラ・アーンさん。ジブリファンのアーンさんが来日して、ジブリ美術館でコンサートを開いた時のこと。マーニー制作中のことでした。ジブリを離れてNHKのテレビアニメ「山賊の娘ローニャ」を制作中だった宮崎さんの長男でもある吾朗さんと、米林監督が同時にアーンさんに主題歌を歌ってほしいと言い出したそうです。

マーニーの制作チームは先手必勝と考え、1泊3日の弾丸スケジュールでアメリカに飛び、アーンさんに主題歌を歌ってもらう約束を取り付けました。それを知った吾朗さんは「こちらでも検討していたのにひどい」と鈴木さんに抗議しました。鈴木さんは「千と千尋の神隠し」で湯婆婆役を演じてもらった夏木マリさんから新曲のデモテープをもらっていたことを思い出して聴いたところ、ローニャにぴったりだと感じました。吾朗さんに提案すると、気に入ってもらえ、ことなきを得たそうです。

ネグリジェの少女にはネグリジェの少女で対抗

マーニーの制作中、宮崎さんはずっと作品への口出しを我慢していたようです。ところが、米林監督が描いた第一弾ポスターを見て思うところがあったようです。白いネグリジェを着たマーニーがこちらを窺うように見ている印象を受けるポスターでした。

宮崎さんは当時、三鷹の森ジブリ美術館で開く「クルミわり人形とネズミの王さま」という展示に向けた準備をしていました。展示のために作ったポスターに描いたのは、白いネグリジェを着た主人公のマリーでした。

「思い出のマーニー (徳間アニメ絵本35)」の表紙。第一弾ポスターが使われている
「思い出のマーニー (徳間アニメ絵本35)」の表紙。第一弾ポスターが使われている
Amazon/徳間書店
「クルミわり人形とネズミの王さま展」のパンフレット
「クルミわり人形とネズミの王さま展」のパンフレット
Amazon/三鷹の森ジブリ美術館

2人の主人公の少女について、鈴木さんは「マーニーはちょっとあやしげな笑みを浮かべて、どことなく媚びを売るような気配。それに対してマリーはすっくと立って、明るく前に向かって歩いている」とちがいを分析し、「自分ならマーニーをこう描くという宮さんなりの挑戦状になっていたんです」としています。「宮さんはそういう人です。若手に対しても、常にライバル心を持って挑んでいく」とも書いています。

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