体操の内村航平さんは選手時代、美しさを追求してきた。
3月の引退試合『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』の記者会見でも「美しさを存分に見せたい」と語っていた。
あれから9カ月経ったいま、“追求するもの”が少し変わってきたという。
自身がプロデュースする体操イベント「体操展」(12月30日開催)の内容に、そうした視点の変化が表れている。
ハフポスト日本版の個別インタビューに応じ、新しい体操の見せ方や、「現役選手は呼びたくない」という理由を語った。
「試合を見に来てくれない」
体操展は12月30日、内村さんの生まれ故郷の北九州市で開かれる。
イベント名は「美術展や絵画は見る人によって感じ方がある。体操もそういう風に見てもらいたい」という内村さんの考えからだ。
プログラムも、多くの人に親しまれているラジオ体操を組み込んだり、体育の授業でお馴染みの跳び箱の「進化の過程」を表現したりする内容を取り揃えた。
内村さんは11月のイベント発表会見で「ラジオ体操という簡単な動きを、体操選手はここまでできるのか。体操選手の凄さをみなさんが知っている動きから感じてもらえたら」と話していた。
『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』は競技会形式だった。ゆか・あん馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒の6種目を選手たちが披露し、内村さんは全6種目に挑んだ。
「体操展」は競技という形式にはせず、異なる体操の見せ方を意識した。
「競技は選手がやることだと思います。出演している人もほぼ引退している人で、『体操ってなんかいいよね』って伝えるイベントでいいかなと。本気の体操は選手を見に行ってくださいということなので」
体操はオリンピックでの注目度は高いが、それ以外の場では「印象に残っていない」という声もあったという。
『KOHEI UCHIMURA THE FINAL』は満員の大盛況だったが「あれは引退というのがあったので、あれだけみんなが見に来てくれた。(オリンピック以外の)試合になると見に来てくれなくなる」と感じていた。
「もっと体操をわかりやすく、身近に感じてもらえるような何かがないと見に来てくれない」と、今回のイベントが生まれた。
現役の選手は呼びたくない理由
体操展には他に白井健三さん、田中佑典さん、田中理恵さん、村上茉愛さん、杉原愛子さんらが出演。内村さんは、田中佑典さんについて「現役選手を呼ぶのは抵抗あった」と会見で話したように、出演者を基本、引退した選手で揃えた。
イベントの盛り上がりや体操の普及を考えれば、現役選手が出場することの意味は大きいように思う。だが内村さんは「現役の選手は呼びたくない」と突っぱねる。
一つはけがのリスク。
もう一つは、現役選手の役割に対する考えだ。
「そもそも現役は(普及を)しなくていいと思っています。今の選手たちにはもっと競技を追い求めてやってほしい。競技をやって結果を残し続けることで価値は上がるので、(引退した)僕らが普及をすればいいんじゃないか」
内村さんは現役時代、体操界初の「プロ選手」になった。そのため他の選手以上に体操の普及や価値向上に取り組んできた自負もあるが「(両立は)かなり難しかった」と明かす。
「僕も現役の時にこういうイベントがあったら、もちろん出てみたい」と断った上で、現役選手の出演は考えていないという。
「現役選手が出てしまうと、見られ方というか、楽しんでもらうために競技でないふわっとした空気感を出すわけじゃないですか。でも本物のアスリートってそれはやらなくていいと思っています。『試合で結果を残す姿をちゃんと見せてほしい』という見方をする人もいると思うので、だからなおさら、僕はやらなくていいのかなと思います」
「体育の定番」体操のその後
体操は、器械・マット運動として体育の授業の定番で、幼少期や学生時代に一度は経験したことがあるという人がほとんどだろう。間口は広いはずなのに、その後定着しづらいというのはなぜか。
「難しいので、最終的に(競技者として)生き残れないという感じなんでしょうか」と内村さんは見る。
難しさが普及の障壁になっているとしたら、競技の場でレベルの高い演技を見せるだけでは不十分なのではないかと捉えている。
「ちゃんと(体操の面白さを)説明できる人がいないというのが現状なので、だからこういうイベントを通じて、一個一個説明していかないといけない。それが皆さんに伝わったときに、ちょっと変わってくるんじゃないかと思います」
競技人口を増やす以外に「(体操から)色んな競技に派生していくということでもいい」とも考えている。
「例えばプロ野球選手が『昔体操をしていた』と言ってくれると『体操すごいな』となる。何十年後とかに、色んな競技の選手がそういう風になっていてほしいです」
現役といまとで変わったこと
体操の美しさを徹底的に追い求めた競技生活。
3月の引退試合から9カ月。“追求するもの”に変化があったと、内村さんは感じている。
「玄人向けというよりも、詳しくない“素人”の人が関心を持つのは何かとより考えるようになりました。体操競技として点数が残るやり方と、詳しくない人にも分かる見せ方は違うからです」
体操をもっとシンプルに。
競技を離れたことで、意識するようになった新しい体操の見せ方。この体操展で表現しようとしている。