習近平政権、異例の3期目へーー。
そんな見出しが新聞やテレビを賑わせるようになった。5年に一度の中国共産党大会が終わり、習近平氏をトップとする共産党最高指導部の顔ぶれが明らかになったからだ。
元々、「中国=習近平氏の独裁」というイメージを持つ方も多いだろう。今回の人事から推測できるのは、これまで以上に習氏の権勢が強まり、中国の不透明性が増すという未来だ。
力を増し続ける隣人・中国がどのように変貌していくのか。人事から読み解きたい。
■『清一色』の人事が実現
「想像を絶する内容でした。習近平氏の大勝です」。
中国共産党の人事に詳しい李昊さん(り・こう/神戸大学大学院国際文化学研究科講師/日本国際問題研究所研究員)はこう話す。
共産党のナンバー2だった李克強(り・こくきょう)首相と、序列4位の汪洋(おう・よう)氏が揃って最高指導部から引退することになったからだ。
実は、この二人は最高指導部に留まるとの見方が優勢だった。共産党には「党大会時に67歳以下なら留任、68歳以上なら定年」という不文律があった。二人とも68歳には達しておらず、李克強氏は全人代(国会に相当)常務委員長に、汪洋氏に至っては豊富な行政経験から「次期首相」を予想する声も多かった。
それだけに驚きも大きかった。二人が定年を前にして引退となった背景は何か。
中国共産党はピラミッドのような組織構造をしている。9600万人以上いる党員のうち、権力構造の最上部は「政治局常務委員」というポストで、定員は7人(過去に変動あり)。その下には政治局委員(24人)、中央委員(約200人)と裾野が広がっている。
今回、最高指導部から去る李克強氏と汪洋氏、それに定年とされる韓正(かん・せい)氏の3人は「必ずしも習氏に従うとは限らず、気を遣わざるを得ない状況がありました」と李昊さんは指摘する。習氏が、自分の意向を汲んでくれる人物で最高指導部を固めたいという意向を持っていた可能性がある。
もう一人、習近平派の栗戦書(りつ・せんしょ)氏も引退したことで、7人の最高指導部には4席の空きができ、いずれも習氏の息のかかった人物が充てがわれた。
「これで7人全てが習近平氏に忠誠を誓う人物で固められました。麻雀でいう『清一色』(チンイーソー/1種類の牌だけで構成する役)の人事です」と李昊さんは話す。
■李強氏=上海ロックダウンも経歴に傷無し
代わって最高指導部への昇格を果たした習近平派の顔ぶれを見ていこう。
まずは新たに序列2位に選ばれたのが李強(り・きょう)氏だ。
李強氏は上海市党委員会書記。上海市のトップだ(中国の場合、「市長」よりも「党委員会書記」の方が権限が強い)。
「習近平氏の秘蔵っ子であり、サラブレッド。浙江省の省長、江蘇省のトップ、上海市のトップと、長江下流域の特に重要な地域を任されるなど経歴がピカイチです。エリート中のエリートと言えます」と李昊さんは解説する。
しかし、その李強氏の経歴に傷が付いたのでは、と言われる出来事があった。3月末からおよそ2ヶ月にわたって続いた上海市のロックダウンだ。
経済に深刻な影響を及ぼしただけでなく、食糧を満足に入手できない市民や、必要な医療的ケアが受けられない人も出るなど、生活に大きな混乱をもたらした。中国での生活を諦め海外脱出を実行した人もいるほどだ。
ロックダウンの最中の4月、視察した住宅街で市民が李強氏に激しく詰め寄る一幕もあった。
ロックダウンを含む厳しい防疫対策は李強氏が提唱したものではなく、習近平指導部の方針だ。とはいえ市民生活に多大な負の影響をもたらしたのも事実で、李強氏を栄転させることはできないのでは、という見方もあった。
それが蓋を開けてみれば序列2位、次期総理候補である。
考えられる理由は幾つかある。まずは人脈だ。習近平氏は「之江新軍(しこうしんぐん)」と呼ばれる集団を抱える。党のトップに君臨する以前に勤務していた浙江省時代の部下たちの総称だ。
習氏は自身の盟友や部下を人事面で厚遇する傾向がある。李強氏は浙江省勤務時代の習氏を秘書長として支えた過去をもつ之江新軍の筆頭格なのだ。
「ロックダウンは習近平指導部の政策を実行しただけですから、習氏の評価が下がることはない。(登用することで)周囲から批判が上がる可能性はありますが、それでも擁護するくらい習氏の寵愛を受けていたのではないでしょうか」(李昊さん)
■蔡奇氏=サプライズ人事
続いて、北京市のトップである蔡奇(さい・き)氏。序列5位で最高指導部入りだ。
福建省、浙江省で習近平氏に部下として仕えた経歴があり、之江新軍に数えられる。北京市では、違法建築物の撤去を名目に出稼ぎ労働者の住居を破壊したとして批判が上がったこともある人物だ。
「蔡氏が最高指導部の有力候補だと主張していた人はほとんどおらず、最大のサプライズ人事と言えます」と李昊さんは話す。
重慶市トップの陳敏爾(ちん・びんじ)氏らライバルを押し退けての出世となったが「評価を高めた要因が不透明です。北京冬季オリンピックがプラスに評価されたのかもしれません」という。
■丁薛祥氏=習氏の「側近中の側近」
反面、事前の予想通りに出世を果たした人物もいる。習近平氏の「側近中の側近」と呼ばれた丁薛祥(てい・せつしょう)氏だ。丁氏は元々技術畑だったがその後秘書に転向。習近平氏が上海市のトップだった時に秘書長として仕えた。
習氏が上海市で勤務したのはわずか数ヶ月だったが、丁氏はその間に信頼を勝ち取ったとみられる。その後、北京で再び習氏の秘書役となると、国内視察や外遊に必ずと言っていいほど同行するようになる。言動は習氏礼賛一色で、李昊さんによると「それだけで出世したと言って良い。それ以外に彼には政治的な資源はありません」という。
序列6位の丁氏は筆頭副総理に就くことが有力視される。これまで党務が中心で行政経験が皆無だった丁氏の処遇に、李さんは「最高指導部入りは予想通りですが、担当する役職は想定外でした。蔡奇氏の最高指導部入りに続く、2番目のサプライズです」と驚きを隠さない。
■李希氏=習氏ゆかりの地を「愛党教育基地」化
最後は李希(り・き)氏だ。広東省のトップから、序列7位で最高指導部に入る。腐敗などを取り締まる中央規律検査委員会の書記(トップ)になる。
汚職などの腐敗の取り締まりは、習近平氏にとっては政敵を排除する手段でもあったため、このポストに選ばれた李希氏は習氏の高い信頼を得ている可能性が高い。
ただ、李希氏は最高指導部入りしたほかの3人と異なる点がある。習氏の部下として仕えた経験がないのだ。
「李希氏がトップを務めていた陝西省延安市は、習氏がかつて下放(※)時代に暮らした場所です。李希氏は習氏がいた村を愛党教育の基地にするなどしました。習氏の覚えがめでたかったのではないでしょうか」と李昊さんはみている。
(※)下放...文化大革命時代に起きた、労働を通じた思想改造を目的に青年を農村に送り込む運動。
■逆境乗り越えたエリート、露骨な降格に
留任したメンバーも含め、トップ7全員が習近平色に染まった中国共産党。「集団指導体制の看板を降ろしてはいませんが、パワーバランスは大きく変わり、明らかに個人独裁に近づきました」と李昊さんは指摘する。
中国といえばこれまでも「習氏独裁」のイメージを持つ人も多かっただろうが、これまで以上に習氏が提唱する政策へのブレーキが効かなくなりそうだ。
「習派一色」を象徴する人事として注目されたのが胡春華(こ・しゅんか)氏の処遇だ。貧困家庭の出身ながら16歳で国内最高峰の北京大学に入学し、学生の代表として卒業した麒麟児は、党のエリート養成機関「共産主義青年団(共青団)」のトップも務めた。
将来の指導者候補として嘱望された胡氏だが、自身のバックグラウンドである共青団は胡錦濤(こ・きんとう)前総書記や李克強氏の系譜で、習氏が権力を削いできた一派でもある。
胡氏は今回、一部で期待されていた最高指導部入りを逃しただけでなく、元々持っていた政治局員の地位すらも手放した。露骨な降格人事だ。
李昊さんは「共青団の勢いはとうに無くなっていました。前回の党大会(2017年)の時点で、すでに派閥の体を成していなかったと言えます。しかし派閥は無くても共青団というラベルが胡氏には付いていたのでしょう。習氏からすれば、憂いを取り除いた形です」と分析している。
■実は「安定」とは言い切れない
元々、党内に目立った政敵はいないとされていた習近平氏が、さらに権力を固めたように見える今回の人事。異例の3期目、と報じられたが、2032年まで続く4期目に入る可能性もある。李昊さんも「少なくともあと10年はやるつもりではないでしょうか。後継者予想も全く見えなくなりました」と話す。
一方で李昊さんは、新体制は必ずしも盤石とは言い切れないと指摘する。
「第一に、独裁者と追従者の関係の難しさです。いくら尽くしても、自分が権力を譲り受ける番が回ってくる保証はなく、互いに疑心暗鬼になりやすい。毛沢東と林彪(りん・ぴょう)など、中国では過去にもこのような事例がありました」
「第二に、内部分裂です。習氏の側近の間に不和が生まれる可能性があります。例えば今回も(有力候補だった)陳敏爾氏は最高指導部に入れませんでした。(68歳定年の)年齢制限のルールも無くなった今、後継者レースは皆が横並びになっています」
「第三に、新たに政治局(トップ24)に入った人物たちは必ずしも習氏と深い関係を持つわけではないように見えます。今の強大な習氏には従順だと思いますが、長期的に考えると、習氏が全て思い通りにできるとは限りません」
中国共産党の行く末については「予測できる材料がほとんどなくなりました」と李昊さん。今後、どのように動向を見ていけばいいのだろうか。
「日本のこれまでの対中政策を大きく変えるのではなく、一貫した対中政策が必要ではないでしょうか。中国が誰によって統治されようが、日本にとっての重要性は変わらず、不透明であればあるほど中国のことを知らないリスクは増大します。コミュニケーションを増やして中国の実態や現状を知り、分析する必要があります」