「意味を知らずに投稿してしまいました」(花王)
「意味を知る人はいませんでした」(自衛隊大阪地方協力本部)
「理解に欠け、不適切な投稿となってしまい…」(銀のさら)
「各種チェックが不十分であった」(ユニバーサルミュージック)
10月、商品のデザインやSNS上への投稿が不適切だったとして、複数の企業や政府機関が釈明に追われる出来事が相次いだ。
それぞれの企業などは、本来の意味や用途を看過する形で「国際カミングアウトデー」や「ヘルプマーク」にまつわる情報を発信していた。その後、内容に批判を受け、自らの無知や確認不足を認めて謝罪した。
似た問題が立て続いた背景に何があるのか。企業などに必要な対応とは何か。
有識者は、企業の対応が道徳的な基準に適っているかを確かめる「エシカル・チェック」の必要性を指摘する。
「国際カミングアウトデー」便乗PR、「ヘルプマーク」酷似の商品
性的少数者(LGBTQ)が自らのセクシュアリティについてカミングアウトする勇気や覚悟をたたえる「国際カミングアウトデー」だった10月11日。複数の企業や政府機関のTwitterアカウントが、商品や組織のあまり知られていない情報を「カミングアウト」するとして、冗談めかした文面や写真を投稿した。
「性的指向を打ち明ける」という意味を持つカミングアウト。本来の意味を離れ、「秘密を告白する」とのニュアンスで使われる例は散見される。
ただ、今回は国際カミングアウトデーに伴う投稿だったことから、世界的な記念日が生まれた背景や由来を軽視し、安易に便乗しているとしてネット上で批判が相次いだ。
同じ時期に波紋を広げていたのは、歌手・椎名林檎さんの新作CDに付属する限定グッズの情報だ。赤い下地に白い十字とリンゴのマークをあしらったカードケースのデザインが、「ヘルプマーク」(赤地に白の十字とハートマーク)に酷似していたためだ。
ヘルプマークは外見では分かりにくい疾患、障害、妊娠などへの配慮の必要性を伝える目的で配布されている。マークとグッズの見分けがつきづらくなれば混乱を招きかねないため、デザインの撤回を求める声が上がっていた。
販売元の企業はマークを作成した東京都福祉保健局から使用規定などについて指導を受けたといい、グッズのデザインの改訂とCDの発売延期を発表し、謝罪した。
「当事者の安全を脅かす危険性あった」
ハフポスト日本版は、企業によるデザインの盗用に詳しい慶應義塾大学の本谷裕子教授(文化人類学)に、一連の出来事について見解を尋ねた。
ーー国際カミングアウトデーやヘルプマークをめぐる一連の出来事、一体何が問題だったのでしょうか。
国際カミングアウトデーはLGBTQの人々の尊厳を、ヘルプマークは身につける人の命を、それぞれ守るためのものです。
こうした言葉やマークが、人の生死にまでかかわるデリケートで重要なメッセージを発することで、当事者とそうでない人の間に生まれる衝突や葛藤をあらかじめ回避したり、お互いを尊重したりできるようになり、調和や共生につながります。
ところが、今回の例はいずれも、そのメッセージの意味をゆがめかねないものでした。(もしも企業などがツイートや商品デザインを撤回しなければ)当事者の安全を脅かす危険性をもはらんでいました。
弱い立場にある人やマイノリティを守るための手段を、影響力や権力を持つ側の企業や著名人がビジネス目的で流用し、利益などを当事者らに対して何ら還元しない構図でもありました。弱者に対する経済的な搾取と紙一重だったと言えます。
ーーなぜ企業などは事前に問題点に気づけなかったのでしょうか。
国際カミングアウトデーが集める世界的な支持や話題性。ヘルプマークの優れたデザイン性。企業などは、こうした外形的な魅力だけに着目したのでしょう。それぞれの持つ意味にまでは興味を抱かず、基本的な下調べすら怠ることにつながったのだと思います。
他者の言葉やデザインなどを参考にすることが、必ずしも間違いとなるわけではありません。何をどこから、なぜ援用したかを説明できるならば、「引用」が成立します。絵画や音楽でも、適切な引用がなされることで新たな芸術が生まれてきました。
引用するために敬意を持って下調べをしていれば、国際カミングアウトデーやヘルプマークの意味や趣旨などを知ることは難しくなかったはずです。もちろん、今回のような形で引用しようとするのは不適切だと、事前に気づくこともできたでしょう。
ーー企業や団体など、あらゆる組織が簡単にSNSなどでPR活動や情報発信できる今、誰もが同様の問題を引き起こす可能性があります。同じ過ちを犯さないために必要なこととは。
企業などがビジネスで「リーガル・チェック」(法務確認)をするのと同じくらい当たり前に、道徳的な基準に適っているか、他者の安全を脅かす可能性がないかなどを確かめる「エシカル・チェック」できる仕組みを整える必要があると思います。
企業や業界内、または外部に、エシカル・チェックをする機関を設けるのが理想です。そうでなくとも、企業の担当者らがいつでも確認できるチェックリストを用意しておくだけでも、不適切な対応を防げるはずです。
今回の失敗を「これっきり」にしないことも大切です。 パソコンのデリートキーを叩くかのように過ちを撤回し謝罪するだけでは、なかったことになってしまうか、お互いの間に禍根が残ります。
踏み外しがあったときにこそ、「やり直し」が肝心。過ちを犯した側が自ら行動し、関係を修復する努力が必要です。
ーーどうすれば「やり直し」できますか。
世界的な衣料品ブランドから盗用されることの多かった、グアテマラのマヤ先住民族の衣装デザインを保護する方法が参考になります。
近年では、先住民族が生み出したデザインを借用した企業が得た利益を先住民に還元したり、先住民が企業の活動に参画できるようにしたりし、一方的な搾取とならないような仕組みを模索する企業が現れています。先住民の側も、こうした企業の努力を認め、手を取り合う用意があるのです。
今回、謝罪に追い込まれた企業なども、当事者らが直面する課題や困難を解決する取り組みに協力するといった方法で、互いの間の溝を乗り越えたり歩み寄ったりする道を開けるはずです。失敗を乗り越えようと努める企業の取り組みを認められる寛容な社会は、多様性を認め合える社会と地続きだと思います。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉