【解説】パキスタンの洪水被害。地球温暖化の影響は?2つのポイントから分析。

地球温暖化が進むと極端な気象が増えると言われている中で、今回のパキスタンの洪水被害と地球温暖化はどのように関係しているのでしょうか。気象予報士・千種ゆり子さんによる解説です。
1.5℃の約束
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Maya Nakata/Huffpost Japan

1300人近くが亡くなったとされるパキスタンの洪水被害は、過去最悪と言われた2010年の洪水に迫る被害となってきています。パキスタンのシェリー・レーマン気候変動相によれば、国土の1/3が冠水したといいます。

地球温暖化が進むと極端な気象が増えると言われている中で、今回のパキスタンの洪水と地球温暖化はどのように関係しているのでしょうか。ポイントとなる降水量や、春先の熱波による氷河の融解から考えます。

パキスタンの1/3近くが冠水(Photo by Fida HUSSAIN / AFP)
パキスタンの1/3近くが冠水(Photo by Fida HUSSAIN / AFP)
AFP=時事

一年で降る雨がわずか一日で…

まずは、降水量を見てみましょう。

被害の大きかった地区の一つ、シンド州の都市ナワーブシャー。年間の降水量は約150mmですが、今年の8月24日には、たった一日で222mmの雨が降りました。

平年であれば一年で降る量の雨が、わずか一日で降ってしまったことになります。18日、25日にも似たような大雨が降っていたのですから、レーマン気候変動相が「モンスターモンスーン」と表現していたのも頷けます。

パキスタンは「水不足」が深刻な社会問題になることもある、雨の少ない国です。大雨に慣れていない土地柄であるために、被害が拡大したと思われます。

ナワーブシャーの降水量。気象庁世界の天候データツールより筆者作成。
ナワーブシャーの降水量。気象庁世界の天候データツールより筆者作成。
Yuriko Chikusa

温暖化の影響は?2つのポイントから分析

今回の洪水被害に関して、地球温暖化による影響は、いくつかに分けて論じることができます。

1.地球温暖化が、今回の降水量に与えた影響。

2.地球温暖化が、氷河の融解に与えた影響。

1.大雨そのものに地球温暖化が与えた影響

現在地球は、産業革命前に比べて、約1℃気温が上昇しています。気温が1℃上がると空気が含むことが出来る水蒸気量は7%増えます。

今回の場合は水蒸気量がどれくらい増えていたのか、詳しい分析は研究者による解析を待つ必要がありますが、日本を対象にした研究では、1℃気温が上昇した時の水蒸気量の増加率は、7%をはるかに上回り、11~14%にものぼることがわかっています

一般的には、空気中の水蒸気量が多くなると、積乱雲がより発達しやすくなり、雨が降る所ではより顕著な大雨になりやすい傾向が存在していて、これは「Wet-gets-wetter,dry-gets-drier」メカニズムとして広く受け入れられています。

雨のもととなる水蒸気量が増えているわけですから、地球温暖化の影響を受けて多少なりとも降水量が増えている可能性は高いと思います。

2.氷河の融解に地球温暖化が与えた影響

今回の洪水について、パキスタンのレーマン気候変動相は「4~5月の熱波で氷河が融解しインダス川の水量が多くなっていた所に大雨が降ったため洪水の被害が拡大した」と、専門家の見解を引用しながら述べています。

パキスタンに貴重な水資源を供給しているのが、パキスタンの北にあるカラコルム山脈やヒマラヤ山脈の積雪・氷河です。

実際にインダス川の流量がどれだけ増えていたかはわかりませんが、4~5月にパキスタンが異常高温だったことは確かで、パキスタンの月平均気温は、4月としては1961年以降で最も高かったと報告されています(パキスタン気象局)。

世界気象機関は、今年の春先の熱波についても、地球温暖化の影響で、1℃分の底上げ効果があったとの発表をしています。

出典:気象庁ホームページより。2022年4月の気温 平年差。パキスタン北部は平年より気温が高かった(赤い色の周辺)。
出典:気象庁ホームページより。2022年4月の気温 平年差。パキスタン北部は平年より気温が高かった(赤い色の周辺)。
Yuriko Chikusa

ヒマラヤやカラコルム山脈をはじめとするアジアの氷河の融解がすでに進んでいることは、IPCCによって2019年に発表された海洋・雪氷圏特別報告書でも「確信度が非常に高い」と結論づけられています

地球温暖化の影響で、インダス川の流量が増えていた可能性は高いと思います。

気象災害とSDGsを繋げて考えてみよう

被害をさらに大きくする要因が「貧困」です。

地球温暖化が進むと気象現象が極端になると言われますが、気象災害はどうしても、貧しい人が一番被害を受けやすくなる傾向にあります。

インフラの整備で防げる被害も、貧しければ防げません。被害を受けた後の復興にも時間がかかります。気象災害によって職を失い、さらに貧困が加速する、という負の循環もあります。

洪水の影響を受けた国内避難民がテントの外に集まっている。 (Photo by Aamir QURESHI / AFP)
洪水の影響を受けた国内避難民がテントの外に集まっている。 (Photo by Aamir QURESHI / AFP)
AFP=時事

パキスタンのシャバズ・シャリフ首相はパキスタンが出している二酸化炭素は全体の1%以下だとTwitterで述べています。つまり、ほとんど温室効果ガスを出していないのに、地球温暖化によって激甚化した災害の被害を受けてしまったのだ、不公平である、ということで、「気候正義」という概念を念頭に発言したものと思われます。

地球の気温は産業革命前に比べて約1.1℃上昇しており、この上昇のほとんどが、人間活動による温室効果ガスの影響であることに疑う余地がないということは、すでにIPCCで報告されています。この温室効果ガスの多くを排出したのは、先進国です。これまで豊かさを享受した先進国は、その責任を果たすべきだ、という考え方が、気候正義です。

SDGs17のゴール
SDGs17のゴール
HuffPost Japan

「持続可能な開発目標」、いわゆるSDGsでは17の項目があげられていますが、項目1であげられている「貧困をなくそう」は、気候変動による被害を小さくすることにも繋がります。今回の洪水で被害を受けたパキスタンの方々が一日も早く平穏な暮らしを取り戻せるように、日本からは何ができるのか、SDGsの視点も含めて、考えるべきです。

もちろん、今回の洪水被害に対して募金をする、というのも1つの選択肢。カーボンニュートラルを一刻も早く実現するために行動することは、今後の被害を減らすという観点での、1つの選択肢になると思います。

1.5℃の約束
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Maya Nakata/Huffpost Japan

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