社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。
官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。
日本の「政策起業家」の層はまだ厚いとは言えず、ノウハウも可視化・蓄積されていません。独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、ケーススタディを通じた研究会「PEPゼミ」を開催しています。
「PEPゼミ・列伝編」では、過去の法案・予算・制度などの政策過程を見ていきます。
第2回は、塩崎恭久・元衆議院議員をお招きし、2016年の児童福祉法改正に至る過程やその後の「家庭養育優先原則」の徹底に至る軌跡について聞きました。
なお、PEPの提唱する「政策起業家」は霞ヶ関・永田町の「外」のプレイヤーを指しますが、質の高い政策を提起していくためには、政策過程の理解が欠かせません。
そのため今回は、実際に法案や予算の成立を国会の場で担う政治家が、どのように政策を実現していったのかについて、背景を紐解きながら具体的なケースを掘り下げます。
『浮浪児対策』としての戦後・児童保護
塩崎氏は官房長官や厚生労働大臣を歴任し、児童福祉法の改正を主導してきました。
政界を離れた後には、自ら里親登録をして法律や制度の実態を肌で感じ、さらなる改革を目指しているといいます。
塩崎氏と要保護児童の問題との出合いは、全国児童養護施設協議会の会長だった谷松豊繁氏から、「NAISグループ(根本匠、安倍晋三、石原伸晃、塩崎恭久)」に児童養護問題について勉強会を開くことを提案された1999年に遡ります。
その勉強会で、施設に入所している児童の半数以上が家庭での虐待が原因という実態を知り、衝撃を受けたと言います。
その後、要保護児童問題に取り組む決意をした塩崎氏でしたが、厚生労働大臣就任後の2015年、約10人の児童福祉の専門家との会合において児童福祉政策に関する新たな実態を知りました。
「戦後の児童福祉政策は、浮浪児対策の延長できている」
児童虐待が増加しているにもかかわらず、「保護さえすればそれで良い」という考えのもとで政策が体系化され続けてきたことに気づきます。
抜本的改革の必要性を感じた塩崎氏は、①子どもの権利主体性、②健全な発達のための愛着関係の構築――という2つの点をポイントに、施設養育でなく「家庭養育」優先を目指し、児童福祉法の改正に向けた活動を始めました。
「翌年の通常国会に出す」
2015年、戦後間もない1947年に成立した児童福祉法を抜本的に改めるための奮闘がスタートします。
まず、塩崎氏は社会保障審議会(児童部会)の専門委員会の名前を『新たな子ども家庭福祉の在り方に関する専門委員会』に変更。「子ども」と「家庭」を中心に据えた議論をするため、委員会の名称を変えることから始めました。
9月に行われた第1回会合で出した指示は、「9月に始まった議論を翌年の通常国会で法案として提出する」。そのためには、12月までに議論をまとめ、3月中旬の法案提出期限に間に合わせなければなりません。あまりにも異例のスピードの挑戦に、「委員や官僚たちの目が点になっていた」と塩崎氏は振り返ります。
なぜ急ぐ必要があったのでしょうか。
塩崎氏は、「児童福祉法は1947年からほとんど変わらずにきたが、改正を急がないと子どもたちの人生その日その日が終わっていってしまう」との危機感があったと言います。
反対意見もあり、改正法案が一向にまとまる気配がありませんでしたので、塩崎氏は、自身の土俵である大臣室で引き取って議論しました。その後、専門家のサポートのもと、文書による大臣指示を約2か月の間に7回出すという特異な方法で改正法案を作成しました。
この間にも厚生労働省からは法案提出の期限を迫られます。しかし、過去に官房長官として手掛けた国家公務員法改正案での法案作成の経験を踏まえ、期限を延ばし、時間をかけてでも議論を続けることを選択したと言います。
そしてついに2016年、日本の法律として初めて「子どもの権利」との表現と「家庭養育優先原則」を明確にした法文が盛り込まれることになったのです。
「法律の問題」としての児童養育
日本の児童福祉を議論するときにポイントとなるのが「健全な養育を受ける子どもの権利主体性」です。大人も子どもも関係なく、命ある限り、法の下では平等な権利が保障される。つまり、「親が子を虐待する」というのは、法的には「親が子どもの権利を侵害する」ことです。
「子どもの権利」という考え方は、日本の児童福祉問題を法律のシステムの中で理解し、法制度として解決するうえで非常に重要な概念になります。
しかし、子どもの権利が侵害されている状況は続いていました。代表的な問題の1つが、児童相談所が子どもを「一時保護」する時に、司法審査を通す必要がなかった点です。
大人が身柄を警察等に拘束される時には、裁判所の令状が必要になります。しかし子どもの場合、行政の一部である児童相談所長だけの判断で一時保護を行うことができていました。この点について、塩崎氏らは「子どもの権利」の観点から是正が必要と考えましたが、再び厚労省と法務省は意見を揃え、2022年法改正で先送り案を出してきました。
これに対し塩崎氏は、上川陽子法務相(当時)とも連携し、司法審査の導入の再検討をさせることに成功しました。
そして同年3月、全ての「一時保護」の開始の際に司法審査を導入することを盛り込んだ改正法案が閣議決定されたのです。
政策実現における3つのステージ
塩崎氏は、政策を実現する上では3つのステージが重要だと語ります。
「法律を作る・ビジョンを作るという第一ステージと、策定要領のようにビジョンを固定化して日本全国に広める第二ステージ。第三ステージは実装にどう結びつけるのか。これをすべてやらないと、実際に変わることにはならないと思う」
当時、子ども政策の基礎となっていた抜本改正前の児童福祉法に基づくビジョン「社会的養護の課題と将来像」では、社会的養護について、1.家庭的養護、2.できる限り家庭的な養育環境、3.施設養護、の3つにそれぞれ3分の1ずつ分けると示されていました。
塩崎氏らは、このビジョンでは『家庭的』の定義が曖昧であり、家庭養育と家庭的な養育環境、施設養護の優先順位も不明確だと考え、抜本改正後の児童福祉法に基づく新たなビジョンの検討に取り組んだといいます。
家庭を実父母や里親、養子等と捉え、社会的養育を「家庭」「家庭における養育環境と同様の養育環境」「小規模かつ地域分散型施設におけるできる限り良好な家庭環境」の3つと捉え直す。家庭養育を原則とする新法の哲学を反映した「新しい社会的養育ビジョン」をとりまとめ、その後、厚労省による都道府県計画策定要領の公表を通じて、そのビジョンを固定化させようとしました。
改正法の理念を具体化するための「新しい社会的養育ビジョン」が出されたのは、塩崎氏が厚生労働相を退任する前日のことでした。各都道府県は国の目標を踏まえ、数値目標と達成期限を設定。「都道府県推進計画」が全面的に見直されました。
しかし、ビジョンが固定化されても、すべての都道府県が本当に意味のある計画を立てているとは言えないのが実態です。塩崎氏は実装することの難しさを指摘します。
さらに、政策の実現には政治家が決して避けて通れない「選挙」への配慮も必要不可欠であるといいます。民間の立場から制度やルールを変えていくことを目指す政策起業家にとって、国会議員の行動原理を理解することがカギとなるのです。
「変化を起こすということは、変化を拒む者もいるということ。当然選挙にも影響しますし、得られる票がなければ国会議員も改革を実現できません」
世の中を変えていくためには、投票に行くこと、良きパートナーとして選挙を支援することも一つの手段となり得ると指摘しました。
「無理なことでもやるべき」
「票にも金にもならない」子ども政策。選挙権を持たない児童に対する政策は、選挙権を持つ大人・高齢者に対する政策に比べて、政治家自身の選挙結果に直接影響を与えるものではありません。それゆえ、子どもの権利や福祉をめぐる社会課題に意欲的に取り組む政治家が少ないのが現状です。
このような政策に、塩崎氏はなぜ熱意を持って取り組むことができたのでしょうか。
「子どもは未来を担う存在。子どもたちが健全に育ち、心豊かになるよう、条件を整えてあげることが国づくりの担い手としての責任であると思っています。
2歳から3歳の1年間と、40歳から41歳の1年間はその重みが全く違う。変化の角度が大きい若いころに恩恵が届くようにするのが大事です。無理なことでもやるべきだという感覚で今日までやってきました」
児童福祉法改正にあたっては、厚生労働「大臣」としての責務を全うするという意識があったと言います。
「なぜ大臣がやるべきことをやらないのか。政治的使命を帯びているのは大臣です」
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今回のゼミでは、塩崎氏の報告を通し、児童福祉法改正に至る過程や子どもに関する日本の福祉の在り方について取り上げました。
民の立場からより良い社会の実現を目指して既存の制度やルールを変えていく政策起業家。それらの取り組みを実装し、全国的に広めるためには、政治を巻き込んだ動きが不可欠です。
今後もPEPゼミでは、政策実現の背景や過程に着目し、理解を深めていきます。