2022年上半期にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:3月6日)
Yシャツとジーパンの上から身体をはたかれ、所持品検査をされていた時だった。
突然、男性警察官の手が中尾英鈴(ナカオ・エイベル、25)の局部に伸び、触られた。
「何するんですか」
とっさの出来事に状況を飲み込めず抗おうとすると、中尾と同世代に見える若手警察官はなだめるように言った。
「パンツ履いてますよね?ここに隠す人がいるんですよ」
警察官は再び服の上から中尾の局部まわりを含む身体を調べ続けた。
「下に見られているんだな」。中尾はそう感じた。
■ ■
2021年6月下旬、東京都新宿区。その日、中尾は仕事を終えて最寄り駅から自宅に向かっていた。
公園の横を通りかかった時、中尾はパトカーが前方から近づいてくるのに気づいた。
「ちょっといいですか」
警察官3人が車から降り、中尾に話しかけた。
「身分証見せてください」
職務質問はいつものことだった。一人でいる時は特に声をかけられやすい。
水筒や財布を入れたカバンをチェックされ、チャックも一つひとつ開けられた。
時間は午後9時ごろ。飲食店に向かう人たちが行き交う。
その中から、なぜ自分を選び声をかけたのか。
理由を聞くと、警察官は「パトカーを見た後、目をそらしたから」と説明した。中尾に目をそらしたつもりなどなかった。
身分証を確認後、一人が「ちょっとすみません」と言って服の上から中尾の身体をパタパタと触った。
同意なく局部を触られたのは、そのときだった。
中尾は、通行人から向けられる視線と恥ずかしさに耐えた。
「ドラッグを下着に隠す事例が実際にはあるのかもしれません。でも何の前触れもなく下半身を触られるのはあまりに雑な扱いで、嫌でした」
「さすがにその髪型だから」
中尾は1996年、ナイジェリア人の父と日本人の母の間に生まれた。2〜3歳まで東京で暮らし、大学卒業まで横浜で育った。
初めて職質を受けたのは、中学を卒業した頃。現在身長は180センチを超えるが、背が特に伸び始めた時期だ。
それ以来、2〜3カ月に一回の頻度で職質されるようになり、これまでに数十回は経験した。
中尾には、警察官から言われた忘れられない言葉がある。
大学生だった2017年、モデルの仕事でロケ撮影の移動中、東京・渋谷の大通りを歩いていた時だった。日本人の友人3人も一緒だったが、中尾だけ警察官に呼び止められ、身分証の提示を求められた。
職質の理由を問うと、40〜50代に見える男性の警察官は、半笑いでこう答えた。
「君みたいな系統でそういう髪型の人は、薬物を持ってることが多いから」
「さすがにその髪型だから、止めさせて」
中尾は高校卒業時から、ほとんどの時期をドレッドヘアーで生活している。モデルの仕事上の都合や、ファッションとして選んでいるだけではない。
伸ばすと広がりやすい自分の髪質では、ドレッドヘアーにしないと毎日の手入れが大変になるからだ。
同じ頃、足立区の五反野駅近くで受けた職質でも、ドレッドヘアーが理由だと説明された。その時も、警察官は一緒に歩いていた日本人の同僚には疑いを向けることなく、中尾にだけ身分証を見せるよう求めた。
「見た目で『怪しい』と言うなら、一緒にいる仲間も疑うはず。でも自分だけが止められるというのは矛盾しています。口では直接的に言わなくても、日本人っぽくない見た目で犯罪の疑いがあると判断しているように感じます」
職務質問が警察官の職務の一つであり、犯罪検挙の端緒になり得ることは中尾も理解している。それでも、人種や見た目の特徴を理由に犯罪の嫌疑があるかを判断するやり方に、違和感をぬぐえないという。
「ルーツが周りと違うからと犯罪の疑いを持たれ、不憫な思いを強いられる人たちがいる。そんなことはもうなくなってほしい」
「犯罪の割合が高い」は正しいか?
中尾に対し、「外国人は犯罪の割合がデータ上高いので、どうしても見た目でふるいをかけて、日本人じゃない人から取り締まらないといけない」と言う警察官もいた。
「外国人は犯罪の割合が高い」という発言は正しいのか。
法務省の犯罪白書によると、2020年の刑法犯の検挙人員は18万2582人で、このうち外国人(注1)は9529人。総検挙人員数に占める外国人の割合は5.2%になる。
在留外国人(中長期在留者と特別永住者)、短期滞在・外交・公用の在留資格を持つ者、不法残留者を合わせると、国内に滞在・居住する外国人は633万6391人(注2)。
刑法犯の検挙人員のうち、外国人を除いた人数は17万3053人で、日本人の人口推計は1億2335万2000人(総務省の人口推計より、2020年7月1日時点)。
仮にこれらの統計をもとに推計すると、日本国内の外国人の犯罪率(刑法犯)は0.15%、日本人は0.14%となりほぼ同じ結果になる。
なお、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で短期滞在者数が激減する前の2019年では、外国人の犯罪率は0.03%(注3)となる。
一方、一年を通じてではなく、統計時点での総在留外国人数は292万8940人(入管庁の在留外国人統計より、2020年12月末)で、これをもとに推計した場合は0.33%。
年間の短期滞在者を含めるかなど、日本にいる外国人をどの範囲で捉えるかによって数値は大きく異なる。
さらに、総在留外国人に占める15歳〜64歳の割合が84.9%(注4)であるのに対し、日本人に占める15歳〜64歳の割合は58.8%で、年齢構成にも差異がある。生活保護を受給できる外国人が永住者などに限られるという社会保障上の違いもある。
法務省が公表する「検挙人員数」自体が、警察の取り締まり方針に左右されることにも留意が必要だ。統計値に影響を与え得るこれらの要素を考慮せずに比較して、「どちらの方が罪を犯す確率が高いか」を結論づけることはできない。
そもそも、職務質問の根拠となる「警察官職務執行法」(警職法)は、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断」し、犯罪を犯しているまたは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由がある場合に、相手を停止させて質問をすることができると定めている。
挙動や周囲の状況と関係なく、その人が属する特定集団の「犯罪の割合」で判断することは、警職法上の要件を満たしていない。
(敬称略)
<レイシャル・プロファイリング(Racial Profiling)とは?>
警察などの法執行機関が、人種や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることを指す。アメリカ大使館は2021年12月、「レイシャル・プロファイリングが疑われる事案で、外国人が日本の警察から職務質問を受けたという報告がありました」などとして警告を出した。東京弁護士会も調査を進めている。
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人種差別的な職務質問に関するハフポスト日本版のアンケートに、海外にルーツのある329人から体験が寄せられました。
回答結果から、レイシャル・プロファイリングが疑われる職務質問には、「人種や海外ルーツの見た目が理由と説明された」「名前や日本語のアクセントを確認後、警察官の態度が変わった」など主に4つの傾向があることが明らかになりました。
職務質問の際、警察官が「外国人ふう」の見た目から犯罪の嫌疑をかけたことで、日本人が誤認逮捕される事案も過去には起きています。
【日本のレイシャル・プロファイリング】シリーズ第3回は、人種差別的な職務質問がもたらす弊害や、不当な職質に苦言を呈する元警察官僚のインタビューを掲載します。
第3回はこちら⬇︎
<取材・執筆=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>
注1)警察庁によると、「日本国籍を持たない者」を指す。
注2)在留外国人(288万7116人、2020年末時点)、短期滞在(336万831人)・外交(2120人)・公用(3708人)の在留資格の入国者、不法残留者(8万2616人)。
「日本国籍を持たない者」という警察庁の定義に基づき、旅行者ら短期滞在の在留資格で入国した外国人なども含めてカウントした。
注3)在留外国人(293万3137人、2019年末時点)、短期滞在(2781万548人)・外交(1万2206人)・公用(4万2934人)の在留資格の入国者、不法残留者数(7万9013人)。合計で3087万7838人。2019年の刑法犯の検挙人員(19万2607人)のうち、外国人は9603人。
注4)「総在留外国人」には、中長期在留者・特別永住者のほか、集計時点で一時的に滞在していた人も含まれる。2020年12月時点で、15〜64歳は248万5272人。
<引用資料>
令和元年における外国人入国者数及び日本人出国者数等について(速報値、入管庁)
令和2年における外国人入国者数および日本人出国者数等について(速報値、入管庁)
本邦における不法残留者数について(令和元年7月1日現在、入管庁)
本邦における不法残留者数について(令和2年7月1日現在、入管庁)
在留外国人統計(2020年12月末、入管庁)
人口推計(2020年7月1日現在・確定値、総務省統計局)
令和2年版 犯罪白書(法務省)
令和3年版 犯罪白書(法務省)