2022年上半期にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:6月19日)
「男性が台所に立って料理をする番組にしたいと、企画の段階から思っていました。だって、料理は女性だけがするものじゃないから」
こう話すのは、放送作家のたむらようこさん。その言葉の背景には、2000年のヒットキャラ「慎吾ママ」が生まれた当時に感じた、ある思いがあった。
たむらさんは、4月から放送が始まった『DAIGOも台所 ~きょうの献立 何にする?~』(ABCテレビ・テレビ朝日系、以下『DAIGOも台所』)に、立ち上げから関わる放送作家だ。
「毎日の献立の悩みを解消する」がコンセプトの同番組。ミュージシャン、タレントのDAIGOさんがキッチンで奮闘し、慣れない手つきながらも積極的に料理を楽しむ姿がSNSなどで話題を呼んでいる。
「台所で戦力になりたい」
「娘のお弁当を1人で作りたい」
初回4月4日放送回のオープニングでDAIGOさんが自ら掲げた目標を聞き、たむらさんは感激したという。
香取慎吾さん扮する「慎吾ママ」を世に送り出し、『サラメシ』をはじめ多くの人気番組を手がけてきた、たむらさん。子連れで出勤できる放送作家オフィス「ベイビー・プラネット」の代表でもある。
家事・育児は女性の仕事━━。そんな風潮に20年以上も抵抗を続けてきた、たむらさんの「慎吾ママ」から「DAIGOも台所」につながる思いとは? 同番組の立ち上げ、そして同番組が目指す未来についても聞いた。
こんなに料理ができないというのは、いい想定外だった
27年続いた長寿番組『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』(以下、「おしゃべりクッキング」)の後続として、4月に始まった『DAIGOも台所』。たむらさんは、その立ち上げ段階から、放送作家として企画や台本作りなどに携わっている。
「『おしゃべりクッキング』の後番組だなんて、最初はただただ恐れ多いと感じるばかりでした。上沼恵美子さんやスタッフの方への敬意を示す意味でも、新しい時代の料理番組を作らなくては、という緊張感がありました」
「料理をする人の7割が献立に困っている」というデータから「毎日の献立の悩みを解消する」というコンセプトが決まり、次に議論されたのがMCだった。
「MCは絶対に男性がいいと思っていました。料理は女性だけがするものじゃないですから。そこで浮かんだのが、DAIGOさん。幅広く愛されている方ですし、キャラクター的にも一緒に献立を悩んでくれる人にふさわしい。お子さんが生まれたばかりで、内心、ちゃんと料理もしてねという気持ちもありました(笑)」
複数の候補が挙がったが、MCはDAIGOさんに即決定。「ほとんど料理をしないDAIGOさんが料理をがんばる」という方向性が固まった。
「ただ、あそこまで料理ができないというのは、いい想定外でした。できなくても本気でがんばるし、本気で楽しんでいる。だからこれほどに好感を持ってもらえるのだと思います」
DAIGOさんがDAIGOさんらしくいられる理由
「台所で戦力になりたい」
「娘のお弁当を1人で作りたい」
これらは、初回4月4日放送回のオープニングで、DAIGOさん自身が掲げた目標だ。もちろん、台本に書かれたものではない。
「私たちが唯一、現場で注意しているのが、DAIGOさんがDAIGOさんらしくいられること。彼が言いたいことを言えるからこそ、素直さや優しさ、独特のテンポといった持ち味が番組の魅力に大きく貢献してくれているのだと思います」
また、それが実現できているのは、制作チームに心理的安全性が確保できているからだと分析している。
「プロデューサー、総合演出、AD、放送作家……立場にかかわらず、みんなが対等に発言できるチームは、他の番組でもなかなか見られません。あくまで個人的な経験則ではありますが、こうした現場で作られる番組はヒットすることが多い。私が担当している番組では『サラメシ』がいい例です」
現場では、プロデューサーも率先して雑務をこなすという。テレビ業界において総合演出は40~50代の男性が多いが、同番組では30代の女性だ。
「家事育児に関する番組は子どもがいる女性スタッフに任されることが多いのですが、総合演出を務める彼女は未婚で料理をすることにもあまり興味がない。女性が仕事として一生懸命、料理を勉強してテレビ演出をできる、というフラットさがいいなと思います」
チーム内の心理的安全性は、番組の内容にも影響している。例えば、DAIGOさんが最後にお皿を洗うシーンは、同じ放送作家の古賀文恵さんの発案によるもの。当初のタイトル案だった『DAIGOの台所』に「献立を一緒に考える」というニュアンスを入れたいと『DAIGOも台所』を提案したのは、総合演出の女性だ。
演者もスタッフも自分らしくいられる現場の雰囲気は、番組を通して伝えたいメッセージにもつながっている。
「私の理想は、誰かが何かを始めようとしたとき、年齢や性別を問わず、温かく応援し合う社会。『DAIGOも台所』では、番組という小さい単位の中で、それが実現できていると感じるんです」
「慎吾ママ」の心残りは女性の格好をさせてしまったこと
放送作家として活動してきた20年以上もの間、たむらさんはずっと「家事・育児は女性の仕事」という“常識”にあらがってきた。
それが初めて結実したのが、2000年にヒットした「慎吾ママ」だ。
慎吾ママは、バラエティ番組『サタ☆スマ』の「慎吾ママのこっそり朝ごはん」に登場したキャラクター。香取慎吾さんがカツラにエプロン、三角巾という姿で、まだ誰も起きていない家庭に忍び込み、母親がゆっくり眠れるよう目覚ましのアラームを切って、朝の家事・育児を担うという企画だった。
「あれは日本初の家事のアウトソーシング番組だったと自負しています。ただ、香取慎吾さんに母親、つまり女性の格好をさせてしまったことがずっと心残りで。結局、料理=女性というメッセージになってしまったのでは、と」
女性の格好をさせなければ、男性に家事・育児を任せる番組が作れなかった2000年代。
アニメ『サザエさん』(フジテレビ系)のシナリオ会議で、フネが風邪をひくという脚本を書き、「専業主婦のフネは家族のお世話が仕事だから風邪はひかせられない」と指摘されたこともあった。
しかし、そこから22年、時代は変わった。
「ようやくですね。男性が家事をする必要のない環境で育ったであろうDAIGOさんの真摯な姿が、『今まで料理をしてこなかった夫や父親も、やる気になれば変わるかもしれない』という視聴者の明るい希望につながったらうれしい」
公式Twitterには、家庭の料理の作り手たちからだけでなく、「夫が初めて作りました」「70代の父が料理を始めました」「子どもが作ってくれました」という喜びの声が続々届いている。
台所の孤独を解消したい
鈴代(@lynn_halon)さんのTwitterより
『DAIGOも台所』で、たむらさんがもうひとつ叶えたかったのが、視聴者との双方向コミュニケーションで番組を作ることだ。
「『視聴者の声を生かして』という言葉はよく聞いても、テレビ業界では『おばちゃんってこういうの好きだよね』といった的外れな決めつけが日常的になされている。私たちは、Twitterに寄せられた声をきちんと拾い、視聴者に嘘をつかない番組づくりをしたいんです」
視聴者と一緒に番組作りを━━。そこには、「台所の孤独を解消したい」という思いが込められている。
「献立決めは、すごく孤独な作業ですよね。だから、『献立に悩むのは当たり前。だからみんなで考えよう』というメッセージとともに、番組をハブにして世界中の家庭をつなげたいんです」
たむらさんたちは、『DAIGOも台所』もまた、長きにわたって愛される番組に育てたいと願っている。
「30年以上続く番組にしたいですね。DAIGOさんの料理の腕が上がったらゲストを呼ぶシーズンを企画してもいいし、ひょっとしたら娘さんがタレントになって親子で料理をするシーズンもできるかもしれません。DAIGOさんが考案した料理でゲストをもてなす『BISTRO DAIGO』みたいなシーズンがあってもいいし……」
『おしゃべりクッキング』の上沼恵美子さんが番組をスタートしたのは、現在のDAIGOさんと同じ40代のとき。上沼さんがそうだったように、DAIGOさんは台所に立つ人たちのよき隣人になっていくのだろう。