「容疑者の顔や経歴は? 出身や高校などの生い立ち」
安倍晋三元首相が7月8日、街頭演説中に銃撃されて死亡した事件。
容疑者の本名や年齢などの情報が報じられると、本人の個人情報を集約したかのようなサイトが次々に立ち上がった。
SNS上でも、高校の同級生を名乗ったり、顔写真を載せたり、根拠なく外国籍だと憶測したりする投稿が見られる。
事件からまもなく、容疑者についての情報はまだ少ない。断片的な情報をもとにした勘違いや根拠のない偽情報などが拡散され、誰かを傷つけてしまうリスクもある。
デマを生み出した人だけでなく、拡散に加担した人物も、法的な責任を問われる可能性があることには注意が必要だ。
「外国人犯罪」の流言、ついえず
安倍元首相を襲った容疑者は、元海上自衛隊員だったと国内メディアが報じている。
海上自衛隊は、「日本国籍を有しない者」には応募資格を与えていない。
だが、ネット上では容疑者について、「実は中国人または韓国人であるという説もある」「中国人なんですか?」「ほんとに日本人?在日とか帰化かもよ」などと根拠なく憶測し、外国人による犯罪を示唆する声も目立つ。
フォトジャーナリストらで情報発信するNPO法人Dialogue for Peopleは、安倍元首相の襲撃事件後に声明を発表し、「ネット上にはすでに『犯人は在日』『日本人じゃないに決まってる』という声が、残念ながら溢れています」と指摘。
「犯人の出自がどうあれ、属性をことさらに強調し、凶悪性と結びつけて語ることが、社会の中でどのような影響をもたらしてしまうか、誰を脅かすのかを考えなければならなりません」と問いかける。
その上で、「『正義感』で拡散しそうになった方も、どうか一度立ち止まって、『再考』してみて下さい。それが、暴力の連鎖を止める上で大切な一歩となるはずです」と呼びかけている。
「名誉毀損」で損害賠償も
ジャーナリストらで構成するNPO法人ファクトチェック・イニシアティブは「安倍元首相銃撃事件に絡み、誤情報・偽情報が出回る恐れがあります。
家族や友人から回ってきた情報、インフルエンサーが拡散している情報などでも、それを再拡散する前に、正しい情報か立ち止まって確認するようにしてください」と注意喚起している。
「その投稿、大丈夫ですか」
法務省人権擁護局も、Twitterアカウントで「真偽の分からない情報や、いたずらに不安をあおる情報に惑わされることなく、冷静にSNSを利用しましょう。他人を誹謗中傷する投稿は、人権侵害のおそれがあります」と忠告し、SNSを冷静に利用するように促した。
デマだと気づかずに、安易に正しい情報だと信じて拡散すると、法的な責任を問われることもある。
過去にはネット上で、事件に無関係の人物を関係者だと謳う情報を引用して拡散したことで、裁判につながった例がある。
2019年8月に茨城県の常磐自動車道で起きた、あおり運転事件。
事件とは無関係の女性が、容疑者にSNSをフォローされていたことなどから「容疑者の車の同乗者」だと誤解され、ネット上でデマが拡散した。
同乗者が「ガラケー」を使っていたとみられることから、女性はネット上で「ガラケー女」と呼ばれ、女性のインスタグラムには1000件を超える誹謗中傷が殺到した。
こうしたデマを吹聴するTwitter上の投稿を引用し、女性の顔写真とともに「早く逮捕されるよう拡散お願いします」などとフェイスブックに投稿した男性を、女性が提訴。
東京地裁は2020年8月、男性の投稿によって女性が同乗者だと勘違いされ、社会的評価を低下させられたとして名誉毀損(きそん)を認定し、男性に33万円の賠償を命じた。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉