「性的少数者(LGBT)について全く教えていない」
そんな国内の医大や医学部の割合が、海外と比較して圧倒的に多いことが、5月、東京慈恵会医科大学の研究生で内科医の吉田絵理子さんらの研究結果で明らかになった。
全国の国公私立の医大や医学部82校を対象にアンケート調査を行い、7割を占める60校から回答を得た。調査結果によると、臨床実習前にLGBTについて「全く教えていない」とした大学は31%を占め、アメリカ・カナダ(北米)の7%と比べて4倍に上った。臨床実習前にこうした教育に費やす時間の中央値は1時間で、北米の4分の1にとどまった。
臨床実習で「全く教えていない」とした大学は47%で、北米の33%よりも高かった。自校のLGBTに関する教育が「乏しい」「とても乏しい」と回答した大学は8割に上った。
「せめて安心して受診できるように」
LGBTについて医学生が学ぶ機会が行き渡っていない日本。吉田さんは「LGBTの人々は、そうでない人々に比べて、さまざまな健康リスクにさらされている」とした上で、「医師が適切に対応するためには、日本でも教育が必要だと考えられる」と強調する。海外では「医学生や医療従事者にLGBTについて教えると知識が向上し、態度が改善する」と報告されているという。
例えば、LGBTの人々への社会的な差別や偏見が、精神的な健康状態に影響するという研究結果は、国内外でいくつも報告されている。「医師はこうした背景も踏まえた上で、適切に支援する必要があるが、医学部ではLGBTの人々のメンタルヘルスについて『教える必要性がない』とみなされている場合もある」(吉田さん)。
セクシュアリティに関する情報を患者本人が診察室で打ち明けられないと、情報不足で誤診につながる恐れもある。同性間での性交渉や、トランスジェンダーの人々のホルモン治療や性別適合手術などに関する情報は、的確な診断をするために重要になる場合があるという。
吉田さんは「患者本人が『伝える必要がある』と感じているのに言い出せない状況に陥らないよう、患者が話しやすい環境を医療従事者が整える必要がある」と話す。
もちろん、医療従事者は患者の性自認(自分の性をどのように認識しているか)や性的指向に関する情報を、患者の周囲の人に勝手に暴露してしまう「アウティング」を徹底して避けなくてはならない。
診察室以外にも課題がある。戸籍上の名前や性別と、患者本人の性自認や見た目にギャップがある場合、「受付で何度も本人確認をされる」「(性別欄の)男女のどちらに丸印をつけたらいいか悩む」といった声も上がっている。吉田さんは「医療従事者に知識がないと、無意識のうちにLGBTの人々に対して差別的な扱いをしてしまうことがある」と警鐘を鳴らす。
「医療機関の受診時に嫌な経験をしたことがある」「体調不良のときに医療機関の受診をためらったことがある」というトランスジェンダーの人々は4割に上るとの国内の研究結果もある。吉田さんは「せめてLGBTの人々が安心して医療機関を受診できるよう、医療従事者や医療機関が配慮する必要がある」と求めている。
国の「学習目標」の1つ、浸透は道半ば
国も、医師の卵である医学生がLGBTの患者への配慮方法を学ぶことを求めている。文部科学省は2016年度、医学部教育の指針となる「医学教育モデル・コア・カリキュラム」を改訂し、学習目標の1つに医学生が「ジェンダーの形成並びに性的指向及び性自認への配慮方法を説明できる」ようになることを掲げた。
ただ、吉田さんによると、この目標に到達するために具体的にどのような内容をどう教えるべきかまでは、コア・カリキュラムには記されていないという。実際の教育方法などは各大学に任されているのが現状だ。
アメリカでは2014年に米国医科大学協会が、医学生がLGBTについて学ぶべき知識、技術、態度などを詳細にまとめたガイドラインを定めている。こうした指針は、日本にはまだ存在しないという。
吉田さんは「LGBTについて医学生に教えるための教材すら不足しているのが現状」と指摘。知識を身につけたいと望む医学生や教える側に立つ教員のため、吉田さんは4月、教材として使える編著『医療者のためのLGBTQ講座』を刊行した。「大学や学会が協力して、教材やカリキュラムをさらに開発し、全国で共有できる仕組みをつくる必要がある」と訴える。
吉田さんらの調査で、LGBTについて教える授業時間数を増やすために効果的な方法を大学側に尋ねたところ、「教えられる教員を増やすこと」(6割)、「関連した問題が国家試験で出る」(4割)とした回答が多かった。吉田さんは「医学部での教育を促すには、LGBTについて教えることのできる教員を増やすとともに、国家試験などでLGBTの人々が直面する健康問題などを出題することが有効な策だろう」と話している。