選挙の投票用紙といえば、候補者や政党の名前を書き込む空白の記入欄があるものを思い浮かべる人が多いだろう。
こうしたイメージをくつがえすTwitterの投稿に、反響が広がっている。
「市長選挙、当日投票はスタンプ式。これはとても良い!」
6月5日の千葉県松戸市長選挙の投票日を前に、投票方法を告知した市の広報誌の写真を同市の住民が投稿。すると「国政選挙でもこの投票方法に移行してほしい」「もっと普及して」と求めるコメントが相次いで寄せられた。
市選挙管理委員会によると、市長選の投票日当日には、候補者名のリストが並ぶ投票用紙を配布。記載台には「◯印」を付けられるスタンプが備え付けられており、有権者はリストにある自分が投票したい候補者名の上にスタンプを押すことで、印を付けて投票できる仕組み。
この方法は投票日当日だけに適用され、期日前投票では有権者自身が候補者名を書き込む方法がとられるという。
投稿者はハフポスト日本版の取材に「スタンプを活用すれば投票が簡単になるだけでなく、候補者の氏名や政党の略称が重複した場合の間違いも防げそうで、とてもいい対応だと思います」とコメントしている。
最初の導入は遥か昔
松戸市が取り入れたのは、公職選挙法で認められている「記号式投票」と呼ばれる投票方法だ。
市選管によると、同市が記号式を始めたのは、実は今回が初めてではない。最初に導入したのは、1973年の市長選。投票方法を簡単にすることや、字を判読できなかったり名前を誤って記入していたりする場合に無効票などが生じるのを防ぐ目的で取り入れられたという。
50年も続く投票方法が今になって注目を集めたのは、国政選挙での混乱が背景にある。立憲民主党と国民民主党がともに「民主党」という略称を使った2021年秋の衆院選の比例代表では、得票割合に応じて票を割り振る「案分」が大量に生じた。
2022年夏の参院選の比例代表でも、2党とも略称を「民主党」にすると決めており、2021年と同様の事態が懸念されている。
2021年秋の衆院選では、同姓同名の人物2人が立候補した選挙区もあり、「票が案分される可能性がある」と話題になった。
市選管の担当者は「記号式なら、同姓同名の候補者や似た名前の党派がある場合にも、記入の間違いなどを減らせると期待できます」と話す。
自治体レベル、浸透せず
松戸市の記号式投票の歴史は長いが、近年になって始めた例もある。神戸市は2021年秋の市長選で同様の仕組みを導入した。
ただ、全国的には地方選挙で記号式を取り入れる自治体はめずらしい。選挙専門の月刊誌『選挙時報』によると、2020年末時点で記号式を取り入れているのは全自治体の1割程度(225自治体)で、年々減っているという。
松戸市選管の担当者は、事務負担が理由だと推測する。記号式で投票できるのは投票日当日のみと公職選挙法で決まっており、期日前投票や不在者投票では、候補者名を有権者本人が記入する「自書式」しか採用できない。記号式と自書式の2種類の投票用紙を用意し、開票の処理をしなくてはならず、事務が煩雑なのだという。
さらに、候補者名を全て印字しなくてはならない記号式では、候補者が増えると字を小さくしないと用紙に記載しきれない場合もある。こうした物理的な制約から、候補者の多い自治体では、1人分の候補者名を記入する欄さえあればいい自書式が選ばれやすいという。
浸透しないどころか、撤退の相次ぐ記号式。松戸市はなぜ続けるのか。
担当者は「たしかに事務負担は大きいですが、『投票が簡単』などといった有権者にとっての利益がある限り、記号式を廃止する選択肢はありません」と説明している。
国政選挙での導入は?
それでは、ネット上で要望する声が相次ぐ国政選挙での記号式の導入は可能なのだろうか。
公職選挙法によると、記号式が認められるのは、地方選挙のみ。現行法では、国政選挙では自書式しか認められないということだ。
2022年夏の参院選で記号式が導入される可能性は「ゼロ%」。票の案分を減らすには、有権者が政党名や候補者名を正確に、読みやすく書き記すしかない。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉