日本でも公開された映画『燃ゆる女の肖像』などで知られるフランスの俳優アデル・エネルさんが映画界から引退することを表明した。ドイツの雑誌FAQのインタビューで明かし、アメリカの複数の映画メディアもその内容を報じている。
エネルさんはフランスでMeToo運動が広がるきっかけとなった1人と言われている。
「去ることは闘い」
IndieWireやThe Film Stageなどによると、エネルさんはインタビューで、引退の理由を「政治的な理由です。映画産業は、絶対的に保守的で、人種差別的で、家父長制的だから」と説明。「私にとって、去ることは闘いであると思います。この業界から永久的に去ることで、私は別の世界・別の映画に参加したい」と語った。
これまで、フランスの映画界で働き、「内側から変えたいと思っていたけれど、MeToo運動や女性の問題、人種差別に関して、映画界は非常に問題がある。もうその一員になりたくない」と考え、引退を決意したという。
ブリュノ・デュモン監督のSF映画『L’Empire(原題)』にも出演を予定していたが、作品のテーマやキャスティングにおいて、意見が一致せずにプロジェクトから離脱したとも明かした。エネルさんはその理由について、「面白おかしい話の裏側には、性差別的で人種差別的な暗い世界が擁護されていた。脚本にはキャンセルカルチャーや性暴力に関するジョークがあふれていた」と説明。監督とは話し合いを試み、「何度も何度も、意図的ではないと信じようとした。でも意図的なものだった」と話した。
エネルさんは、このまま映画界にとどまることで、「この男性中心的で、家父長制的な業界に対して、フェミニストによるある種のお墨付きのようなものになってしまう」と危機感を覚えたと話す。目指すのは、「この業界が、資本主義的、家父長制的、人種差別的、性差別的、構造的な不平等を擁護していることを明確にすること」だという。
エネルさんは現在、映画制作には関わっておらず、舞台をメインに活動しているが、今後信頼できる人たちと共に映画を作る考えはあるとも明かしている。
ポランスキー受賞の際に抗議し「退場」も
エネルさんは、10代から俳優として活動を始めた。フランスのアカデミー賞と言われる「セザール賞」で、主演女優賞と助演女優賞を受賞した経験がある著名な俳優で、これまでも女性やマイノリティの権利について訴えてきた。
AFPによると、2019年には、ニュースサイト「メディアパルト(Mediapart)」のインタビューで、デビュー作『クロエの棲む夢』で、クリストフ・ルッジア監督から性的な嫌がらせを受けていたと告発。業界内外でエネルさんを支持する声があがり、フランスの映画界でもMeToo運動が広がっていった。
2020年にセザール賞の授賞式に参加していた際には、13歳の少女に性的暴行を働いたとして1977年に有罪判決を受けたロマン・ポランスキー監督の受賞発表を受け、抗議の意を示すためにその場から退場した。
BBCによると、会場を去る時、エネルさんは「恥を知れ」と言い残したという。セリーヌ・シアマ監督や複数の俳優らもエネルさんを追って退席するなど連帯の意思を見せ、大きな話題になった。