Netflixで配信中のアニメーション映画『バブル』が、5月13日から劇場公開された。
同作は泡(バブル)が降り注ぎ、重力が壊れてしまった東京が舞台。主人公のヒビキ(声:志尊淳)は不思議な力をもつ少女・ウタ(声:りりあ。)と出会い、命を救われ、2人だけに聴こえるハミングをきっかけに心を通わせていく━━というストーリーだ。
そんな2人を陰ながら支えるのは、年長者である「シン」というキャラクターだ。演じるのは、『DEATH NOTE』の夜神月役や『ちはやふる』の真島太一役などで知られ、現在公開中の映画『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』でニュート・スキャマンダーの吹替を担当する宮野真守さん(38)。「シン」が、自分の背中で後輩たちに道を示すシーンは、作品の見どころの1つになっている。
そんな「シン」の姿は、声の仕事だけでなく、その「スター性」にも注目が集まるようになった声優界で、新たな道を切り拓いてきた宮野さんの姿と重なる。
ロールモデルのない中、トップ声優として、声優のあり方を模索し業界を牽引してきた宮野さんに、率直な今の思いを聞いた。
「シン」は今の等身大の自分かもしれない
『バブル』で監督を務めるのは、テレビアニメ『進撃の巨人』シリーズの総監督などで知られる荒木哲郎さん。宮野さんが主人公を演じたテレビアニメ『DEATH NOTE』(2006年)の監督でもある。
歪んだ正義感をもつ高校生・夜神月を演じきった同作は、宮野さんの出世作の1つとしても知られる。宮野さんは「当時まだ青かった僕にとって、荒木さんとの出会いや『DEATH NOTE』は、声優人生のターニングポイントになりました。だからこそ新作のキャストとして呼ばれて、ワクワクしました」と語る。
同作や『甲鉄城のカバネリ』(2016年)をはじめ、荒木さんとは生死をかけた戦いを描く「殺伐とした作品を多く作ってきた」と語る宮野さん。『バブル』の台本を読み、ピュアな思いを描いたストーリーに驚いたといい、「荒木監督の中に、こういう世界観もあるんですね、なんて話しました」と笑う。
宮野さんは、年齢とともに歳を重ねた役を演じる機会も増える声優界で、今も高校生など10代20代の役を担当することも多い。だからこそ若者を引っ張っていく「シン」という役について、これまでとは違う引き出しが必要だと感じ、プレッシャーや戸惑いもあったという。
だが『DEATH NOTE』から15年以上たち、アニメの主演にとどまらず、音楽活動、舞台やミュージカルでの俳優業などの経験を積み、後輩も多くできたからこそ「今の等身大の僕がそのまま出せるポジションの役を与えてくれたのかなと感じました」とも話す。
歳を重ねた大人なキャラクターだからと言って、変に作った声で渋く演じるという単純な演技はしたくなかったという宮野さん。荒木さんや音響監督の三間雅文さんと一緒に丁寧に「シン」に向き合い、「若者たちより1つ上のステージに上がった存在としての優しさが、周囲にかける言葉や、大人としての余裕に表れるというキャラができあがっていきました」と語る。
「僕の中から、これだ!という『シン像』が出てきたタイミングで、最初から撮り直しをさせてもらえました。妥協のない作品作りに携われて嬉しいですし、『シン』として自然に、この世界の中で存在できたんじゃないかなって今は思っていますね」
子役でデビュー、18歳の時「声優として拾ってもらった」
本作で、後輩に背中で道を示す「シン」は、声優業界における宮野さんの存在と重なる部分がある。
宮野さんが声優の活動を始めたのは2000年代。アニメや映画などに声をあてるなど、「裏方」のイメージが強い仕事だった。だが徐々に、声優本人にも注目が集まるようになっていった。
それに応えるように、声優のみならず、歌手として一人で全国のライブステージを湧かせ、トークではユーモアたっぷりなキャラクターで人気をつかみ、現在は俳優業にも力を入れている。どのように道を切り拓き、「スター声優」として、業界のトップを走ってきたのだろうか。
宮野さんは「ただ1つ言えるのは、必死だったということです。自分が道を示して切り拓いていこうというよりは、表現者としてどう生き残っていけるかを考え、懸命にやってきたという感覚です」と振り返る。
「時代とともに、メディアでの声優の取り上げられ方などが大きく変わる中、ロールモデルがなかったからこそ、チャレンジできていた部分があるかもしれません。道を切り拓くという大義名分ではなく、『他の人がやっていない分野にアプローチしてみよう』とか、『歌って踊る声優がいても面白いんじゃないか』とか。とにかく一生懸命だったんだと思います」
その思いは、宮野さんが歩んできた道からも読み解くことができる。
7歳の時に子役として芸能界にデビューし、舞台などで活躍してきた。そして、18歳の時に「オーディションで、声優として拾ってもらった」という。近年は俳優としてドラマ『半沢直樹』にも出演し、現在は劇団☆新感線 いのうえ歌舞伎『神州無頼街』で主要キャストを務めるなど、活躍の場を広げている。
「ただただ、今できることを必死に追い求めた結果が、今の宮野真守を形作っています。
声優界を導いていこうという自覚はありませんが、一人の表現者として、今回演じた『シン』にも通じるところはあります。後輩に直接教えるというよりは、『自分はこうだったよ』『こんな歩み方もあるんだよ』ということは見せられてはいるかなと」
『バブル』では宮野さんと同様に、荒木さんの監督作で主人公を演じた後輩声優の梶裕貴さんや畠中祐さんが、キャストに名を連ねている。
「梶くんや畠中くんは特に、僕の姿を見て刺激を受けて、自分なりに噛み砕いて、活動に生かしてくれているように感じます。声優20年以上、俳優30年以上の経験の中で、僕も結果的に、道を示す存在になってこれているのかな」
いろんな表現に対する「好き」が原動力
『バブル』では俳優の志尊淳さんやシンガーソングライターのりりあ。さんが主人公とヒロインを演じている。宮野さんも近年は俳優として、テレビドラマや舞台に活動の場を広げており、「それぞれの場所で得た気づきや経験を、持ち帰って生かすようにしています」と力強く語る。
なかでも声優業で培われた大きな力が、「瞬発力」だという。
「いま舞台の仕事をやっているのですが、演出家が求めるものに対して、瞬時に答えを出さなければいけない場面があります。声優は舞台の仕事と違って、稽古を重ねていくわけではないので、現場で瞬時に演出の意味合いや、その背景にある感情を理解する必要があり、自然とそれが訓練されてきた。その『瞬発力』が生きたなぁと感じました」
一方、俳優業での学びは、声優の演技のブラッシュアップに生かしている。
「俳優として体を使った表現を経験したことで、声優の演技で、より繊細なニュアンスを出せるようになった。声優は想像力がすべてですが、俳優は動くことができます。例えば、体全体で死に物狂いの戦いを演じた時、こういう声が出るんだと実感したら、そのまま声優の時に活用できるんですよね」
ただ何が本業なのかについては、演じる時は意識していないという。それは「仕事として携わらせていただいたことは、ちゃんと全て、本業として表現していかないとダメだと思っているから」だ。歌う時も同じで、「なんとなくとか楽しいとかではなく、ちゃんと突き詰めて、常に恥ずかしくない、自信を持てるものにしたいという気持ちでやっています」と熱いまなざしを見せる。
これからも、多様な活動をしていきたいと語る宮野さんは、最後にこう続けた。
「声や歌、体での演技。いろんな形で表現することが好きなんですよね。そして、それが僕の力になっている。すべての活動がリンクしていますし、好きという気持ちが僕の原動力です」