アスリートのメンタルヘルスを考える上で、SNSでの誹謗中傷は、心の不調をきたす大きな要因のひとつだ。
とりわけ、世界最大級のスポーツの祭典オリンピックで、出場選手への被害が相次いでいる。
2021年夏の東京オリンピックでは、卓球の水谷隼さんや体操の橋本大輝さんらが誹謗中傷を受けたと訴えた。今年2月の北京オリンピックでも、中国代表の女子フィギュアスケーター、ジュ・イー(朱易)さんがバッシングの的となった。
“目に見えない”ものだった誹謗中傷は、SNSを通して可視化され、本人に見える形で届くようになった。
実際に、オリンピック選手には誹謗中傷がどのぐらい届いているのか。NHKクローズアップ現代などの調査で、Twitterアカウントを持つ東京オリンピックと北京オリンピックの日本代表選手に対する「誹謗中傷」や「過度な批判」が約2200件あったことが明らかになった。
誹謗中傷や批判、背景に「オレ理論」
調査は、Twitterを利用する東京オリンピック日本代表の364選手と、北京オリンピック日本代表の61選手、のべ425選手のアカウントを対象に実施した。
東京と北京それぞれの大会期間中、選手のTwitterアカウント宛に「メンション」したツイートの総数は約20万件。そのうちランダムに選んだ1割を、国際大学の山口真一准教授(データ分析やソーシャルメディア研究)の研究チームが目視で確認し、「誹謗中傷」や「過度な批判」があったかどうかを調べた。
リツイートや引用リツイートは対象外とした。
実際にどんな内容だったのか。
内容別に分類すると、約6割が個人の価値観を押し付ける批判で、『練習不足、五輪は甘くない』『多くの税金を使っているんだ。謝罪すべきでは?』といった内容だった。
次に多かったのが『日本の恥 消え去れ』『出来損ない』といった罵声や脅迫(約26%)。競技結果への不満(約16%)が続いた。
選手のアイデンティティを否定するような差別的な投稿や、容姿を侮辱するツイートもあった。
山口准教授は批判や誹謗中傷する側の心理について、次のようにコメントしている。
「俺の中ではこういう決まりがある/こうであるべきだという個人の価値観の強要、これを私は『俺理論』と呼んでいます」
「本人は悪意がないんです。だから『自分は正しいことを言っている』と思っていることがひぼう中傷の実態でして、『自分が正しい』と思っているからこそ厄介なんです」
誹謗中傷を見過ごさないために
オリンピックなど大舞台に立つアスリートたちへの誹謗中傷が繰り返されている。
一方で、アスリートたちが被害の訴えや中傷をやめるよう声をあげ始めていることは、スポーツ界が誹謗中傷を見過ごさないという態度表明でもある。
SNS中傷がいまほど問題視されていなかったころは、被害を受けても“泣き寝入り”状況だった。
200mハードルのアジア最高記録・元保持者で、Jリーグなどでスプリントコーチを務める秋本真吾さんは2014年ごろ、自分への誹謗中傷をアカウント名にしたユーザーに繰り返しフォローされる被害にあった。
「お前は無能」「死ね」などアカウント名を悪用した誹謗中傷は350件以上に上ったが、自分で乗り越えるしかなかった。
ハフポスト日本版のインタビューで次のように語っていた。
「アンチがいることを周りに知られるのが一番の苦痛でした。当時はSNSで誹謗中傷を受けた人が亡くなるといった社会問題が目立っていなかったので、自分の中でどう咀嚼すべきなのかとても悩みました」
アスリートに対する誹謗中傷をめぐる現状が、2014年と比べて良くなっているのかは分からない。それでも、スポーツ界がこの問題に取り組もうとする姿勢は、進展しているように見える。
スポーツ庁の室伏広治長官が2月の北京冬季オリンピックの前に、SNSなどで選手たちを誹謗中傷しないよう呼びかけたのも、その一例だ。
また、殺害予告や誹謗中傷の被害を告白したプロ野球中日の福敬登投手が、警察に被害届を提出し、受理されたと報じられた。投稿者の法的責任を問う動きも、少しずつだが進んでいる。
メンタルヘルスをめぐっては、テニスの大坂なおみ選手が、心を守るため2021年全仏オープンで記者会見をしないと発表。その後にうつ状態であると明かして大会を棄権した。この行動は、アスリートのメンタルヘルスを守ることの重要性を問いかけた。
今回の調査を実施したクローズアップ現代でも、5月2日夜の放送回で、元競泳・萩野公介さんや元バレーボール・大山加奈さんらが自身の心の危機などについて明かす。