岸田政権の目玉政策の一つ、経済安全保障を推進するための法律が衆参両院で可決・成立した。
外国が、経済的な手段を用いて外交や安全保障などに影響を与えるリスクなどを防ぐ、この法律。一方で、より多くの経済的な利益を追求しようとする民間企業の行動を制限しかねないとの批判も出ていた。
これまでにどんな懸念の声が上がり、政府はどう対応してきたのか。
議論の経緯を振り返る(法案の詳しい解説はこちら)。
■幹部職員の更迭
岸田政権は発足直後から、法案成立に向けて動いてきた。経済安全保障担当大臣ポストを新設し小林鷹之・衆議院議員(千葉2区)を充てると、2021年11月には「準備室」を内閣官房に設置。小林大臣のもと、有識者会議が進められてきた。
2022年2月にその有識者会議の提言がまとまると、法案制作作業に移行し、2月25日に閣議決定。3月17日に衆議院で審議入りした。
この間には波乱もあった。2月上旬まで内閣審議官として国家安全保障局に在籍し、経済安全保障法制準備室で室長ポストにあった藤井敏彦氏が事実上の更迭処分(その後辞職)となった。藤井氏は「文春オンライン」で朝日新聞記者の自宅に出入りしたことや、兼業などについて報道されていた。
経済産業省は藤井氏について、情報漏洩は認めなかったものの、必要な手続きを経ずに1600万円の報酬付きの兼業をしていた点などを認定した。
■賛成も...牽制(経団連)
法案の内容を注視してきたのが日本経済団体連合会(経団連)だ。
経団連は法案が審議入りする寸前の3月14日、声明を発表し「早期成立を求める」と支持の立場を明確にした。
声明には「経済と安全保障を切り離して考えることは最早不可能」や「全体として経済活動の自由や国際ルールとの整合性に配慮した内容」などの文言が並び、法案の趣旨や内容に賛同するものとなっている。
一方で全面的な賛成とはいかず、釘を刺している部分もある。
法律が縛りをかける事業者や企業活動の対象の多くが、法律が成立した後に政府が決定する「政令」や「省令」で規定されることについてだ。つまり、法律を読むだけでは何が対象になるか分からず、後から政府が決めてしまうことになる。
経団連は声明で「事業者に過度な負担が生じることのないよう、対象をできる限り絞り込むべき」だと主張する。
特に法律の「4本柱」の一つ、基幹インフラについては、政府の求める事前審査に対し、虚偽の申告をしたり、届出をしなかったりした場合に罰則が科される。経団連は「中小企業への負担や影響に特段の配慮が求められる」と牽制している。
■罰則削除(公明党)
与党・公明党では法案の作成段階から、規制や罰則など、民間企業の負担軽減を求める声が上がっていた。
サプライチェーン強靭化の部分では本来、民間企業が調達先に関する情報公開を政府に求められたとき、拒否すれば「30万円以下の罰金」が科されることになっていたが、公明党の要望で削除されたとされる。
■追及姿勢も賛成に(立憲民主党)
経済安全保障という概念の必要性は認めつつも、政府の法案は「抽象的」と追及姿勢をとってきた立憲民主党。これまでに経済団体や有識者からのヒアリングを実施するなど、党としても調査を進めてきた。
4月1日の記者会見で、泉健太・代表は「経済界からも不安が上がっている。多くの企業が萎縮したり捜査を恐れることが起きてはならない」として、修正案を提出すると発表した。
修正案には、経済安全保障の「定義」が政府提出法案には無いことを念頭に▽「経済活動に対する規制を必要最小限のものとする」などとする基本理念に加え、▽毎年1回、政府に対し、法案の施行状況の報告を義務付ける内容などが盛り込まれた。
党の経済安全保障プロジェクトチームで座長を務める岡田克也・衆議院議員は6日の衆院内閣委員会で、政府案について「政省令や閣議決定に多くを委ねている。立憲民主党は政省令制定にあたり関係事業者の意見を聞くこと、法律の施行状況について国会への報告を義務付けることを提案した。どうしてこの2つを法律に書けないのか」と質した。
政省令で決めるとする項目が138にものぼることが背景にある。
答弁に立った岸田文雄・総理大臣は「措置の対象を政省令で定める仕組みにはなっているが、要件は法律で可能な限り明確化しており、政省令制定に先立ち、産業界やアカデミアからの意見を聴取した上で基本指針を策定する。事業者の予見可能性には配慮している」と反論した。
■対案で独自色(日本維新の会・国民民主党)
国会に対案を提出したのは日本維新の会だ。国の責務などを明らかにすることで、法案の実効性を高めることを目的にしている。罰則に関する規定の整備も国に求めていて、政府案よりも踏み込んだ内容となった。
維新の会の青柳仁士・衆議院議員は国会審議で「罰則なしで実効性が担保できるならば、その方法を示して頂きたい。最も肝心なサプライチェーンに関する事業者の調査・報告義務からは罰則が除外されている」と主張した。
これに対し岸田総理大臣は「罰則をつけてしっかり対応する考え方もあるが、サプライチェーンの実態を把握するには、より多くの関係者に調査へ参加してもらい全体を把握することこそ重要。その観点から議論が行われ、罰則を設けない形が適切だという結論になった」と答えていた。
維新は対案について、国民民主党との共同提出を目指していたが、断念した経緯がある。
国民民主党は単独で対案を参議院へ提出した。エネルギー・鉱物資源・食料・医薬品・医療機器など重要物資を明確化したほか、民間企業も対象に機密を扱う職員の適確性を審査する「セキュリティ・クリアランス」にも言及するなど、独自色を出した。
■修正協議、可決
こうした各党の動きを受けて始まったのが修正協議だ。自民・公明・立憲・維新・国民の5党によるもので、法案の附帯決議案として「事業者の自主性を尊重」などの文言が盛り込まれた。企業の自由な経済活動が過剰に制限されるとの懸念を反映しているとされる。
附帯決議とは、法案が施行されることに対する意見や要望のこと。法的拘束力は有していない。
これにより、立憲も含めた複数の野党が賛成に回ることとなり、法案成立へ具体的な道筋がつくこととなった。
■反対(日本共産党とれいわ新選組)
一貫して反対の立場を貫いてきたのが日本共産党だ。機関紙・しんぶん赤旗は、実際の運用のほとんどは政府機関に白紙委任され、国会による統制が強まると指摘。「経済や科学技術を軍事目的で統制することは戦前の日本がたどった道」などと主張してきた。
法案が可決された5月11日の参議院本会議では、共産党から田村智子・参議院議員が反対討論に立ち、「漠とした不安や恐怖を煽り、仮想敵を前提とした安全保障戦略に企業活動や研究開発を組み込むことは、民間企業や大学等への国家権力による監視や介入をもたらす」などと訴えた。
同じく反対したのがれいわ新選組。山本太郎代表は4月15日、議員辞職の意向を示した記者会見上でも経済安保政策に言及。「これまで最大限日本の生産能力を低下させ海外に移し、労働者をどんどん切って空洞化させた。今更フォローするようなことをやっていくのは、火をつけて消火器を売りつける商法と一緒だ」と批判した。