「子どもを尊重する」のは大切なことだ。けれど日常の中では難しい場面も多い。
様々な条件を加味しなくてはいけない進路選択は特にそうだろう。
不登校を経験した息子が、少しずつ元気になって高校進学を希望したとき、私は息子の困難のサポートにばかりに目を向けていた。けれど息子自身は少しずつ「自分が送りたい高校生活」のイメージを持つようになり、自分の進路をポジティブに選ぶ姿勢に変化していった。
家が中心の中学生活
「高校には行きたいと思っている。だけど、毎日通うのはたぶんまだ難しい…」
息子がそう打ち明けてくれたのは、確か中学3年生になって間もない春先だったと思う。もう眠ろうかと支度をしている夜遅い時間だった。
息子は小学校4年生から不登校になり、不登校特例校(※1)に在籍している。だが入学後約2年間、ほとんど通うことはせず、ホームスクールクラス(※2)に所属していた。それでもだんだんとエネルギーがたくわえられてきて、少しずつ中学校の授業や行事に参加することが増えてきている時期だった。
高校にはいきたい。けれど今から勉強をして追いつくのか。なにより学校の勉強をしていない自分は高校に行けるのか?
息子は不登校の経験をきっかけに、学校での教科学習ができなくなってしまったことに対する強い不安と劣等感を抱えて、一時期は毎晩のように自分を責めていた。涙を流すこともあったし、叫んだり過呼吸のようになったりもしていた。
「通信制高校といって、毎日通わない方法を選べる高校があるよ。学力をみる入学試験がないところも多いらしい」。ある夜、不安を訴える息子に伝えた。「自分にも通えそうな高校がある」という事実に、少し安心するようになった。
高校にはいろいろある
高校といえば、多くの人は平日週5日、朝から夕方まで通う「全日制高校」を思い浮かべると思う。そのほかに知られているのは「定時制高校」だろうか。私自身もそうだった。
息子が不登校になり、不登校経験者や先輩保護者の話を聞く中で、「通信制高校」の存在を知った。
「通信制」というと、学校には通わずにオンラインか何かで授業をするのかな…と想像する人も多いかもしれない。そういった側面ももちろんある。少ない登校頻度で、自宅学習なども行いながらレポート提出等を通じて単位を取得するのが通信制高校の一番の特色だ。
ただ、多くの通信制高校は、生徒の希望に応じて週1日から5日まで通学できるコースが設けられている。制服や校舎のある学校も少なくない。
文部科学省の調査によると、通信制高校は全国に257校あり、この20年で2倍以上に増加している。全日制高校と定時制高校の合計が4874校で、学校数には大きな差があるものの、全日制・定時制の合計が20年間で1割以上減少していることと比較すると伸び率は驚くほど高い。
2020年の通信制高校所属の生徒数は20万6948人。高校生全体の6.3%で定時制高校の所属人数よりも多い。
最近では不登校経験者や通学に困難のある生徒だけでなく、スポーツや芸能活動、趣味や興味関心分野に積極的に取り組みたい子どもが通信制高校を選ぶことも増えているようだ。北京オリンピックで銀メダルに輝いたフィギュアスケートの鍵山優真選手も通信制高校の3年生だ。
まずは私が情報収集
息子の高校進学の意志を確認し、通信制高校が現実的であるという目標は共有できた。しかし、心が弱っている息子を一気に動かすのには不安があった。焦りは禁物だ。私自身の内心のモヤモヤを息子に投げかける事はぐっとこらえて、まずは中3の6月頃から私が情報収集をすることにした。
手始めに、不登校生徒向けの通信制高校の合同説明会に足を運んだ。参加していた複数の高校を回れるだけ回り、説明を聞きパンフレットを集めた。
その際、なるべく同じ質問を各高校にすることを意識した。本人が希望していた通学スタイルに加えて次のことを各ブースで投げかけてみた。
息子には発達障害があること、現在は主に家で過ごしていて週に数回の通学を希望していること、障害のこともあり書字に困難があること、そのサポートとしてPC等の使用を検討してほしいこと、などだ。
通信制高校は多様な生徒が通うこともあり、各学校により差はあるが、服装や生活面などは比較的柔軟な学校が多い。
しかし「発達障害」特に「書字の困難」の話を出すと残念そうな様子や困惑、中には拒否感や冷笑を感じる対応の学校もあった。単純に制度として、PCでのレポート作成や提出を認めていない学校も複数あった。
一方で、それらを当然のニーズとして対応している学校や、相談しながらやっていけそうだと感じられる学校もあった。
こうした情報を一度に確認できたのは合同説明会の利点だった。こうして私の中で息子に合いそうな通信制高校は何校かに絞られた。あとは、本人がその気になるのを待つばかりとなった。
息子の気持ちが動き始める
本人がいよいよ「お母さんが集めた高校の情報を聞きたい」と言ってきたのは二学期が始まってしばらくたってからだったように思う。気持ちがどんどん前向きになり、中学校に通いだし文化祭に参加しようと熱心に活動していた時期だった。
私の中で4校程度に絞られていた候補の学校のパンフレットを並べながら、私がどんな基準でそれらの高校をピックアップしているかを説明した。通う日数や通い方の違いとともに、発達障害に理解がありそうで書字の機会を少なく過ごすことができそうな学校であることも伝えた。
すると意外な言葉が飛んできた。
「どの鉄道会社の沿線にある?A鉄道の近くの学校はあるかな」
「へ?」という間の抜けた声が飛び出してしまった。
思わぬ方向からの学校選びの基準に少しの間言葉に詰まった。しかもA鉄道はどちらかといえば通うには遠い地域だ。鉄道が好きな息子ならではの基準だった。通う動機付けはいろいろあるし、本人に聞いてみないとわからない視点があるものだと、思わず笑ってしまった。
どんな高校生活を送りたいか
家族でいくつかの学校の説明会に行った。雰囲気はもちろんだが「どんなニーズに応える学校か」が通信制高校それぞれで異なっていたことが面白かった。
やりたいことを学校以外に見つけている生徒に向けて「短時間で効率的に単位を取る」ことを重視しているタイプの学校もあれば、独自性のあるカリキュラムや行事で「充実した高校生ライフ」を少ない登校回数でも実現できそうな学校もある。通信制に通うことで生まれる時間の「余白」の部分をどう使えるのかが、学校によって違っていた。
実際にいくつかの高校を見学するうちに、息子が高校生活に何を求めているのかも具体的になってきた。中学で楽しんできた修学旅行や文化祭といった「行事」がどの程度あるか。自分が興味や関心のあることを学校で肯定的に見てもらえそうか。これらは学校によってかなり差があった。
私は「息子の苦手を支援してくれる学校か」ばかりを重視して高校を見ていた。しかし息子自身は「どんな高校生活を送りたいか」というポジティブな基準を持ち始めていた。
「全日制高校を受験していたら、こんな風に学校の特色だけで選択できていたんだろうか」
12月の下旬、第一希望の高校の見学へ向かう陽の当たる川沿いの道を歩きながらふと思った。
息子の中学は不登校特例校で、周りも通信制高校に行く生徒が多い。だから一般的な中学から全日制高校への進学の詳細を私はそれほど理解はしていない。
しかし、やはり内申点と模擬試験の結果である程度受験できる高校の線引きがなされ、併願校と本命校を受験するという進学パターンが多いようである。
わが家の高校選びは、最初から最後まで「どんな高校生活を送りたいか」という本人の希望が判断基準だった。
成績や学力で「高校から選ばれる」のではなく「こちらから自分に合う高校を選ぶ」感覚で行動していることに気づいたとき、少数派ではあるがとてもポジティブな進路選びを経験できているのは幸せなことだなと、午後の日射しに照らされた冬の川のきらめきを眺めながら感じた。
「僕はこんな高校生活を送りたい」
そんな積極的な姿勢で自分自身が選んだ通信制高校に、息子は無事に合格した。通学に使う鉄道路線も息子が好きな路線だ。
入ってみて、何かの理由で通えなくなったら転校したっていい。取得した単位はほかの高校にも引き継ぐことができるのだ。
これまでもこれからも、息子自身が選んだ息子の人生を、保護者の私たちは全力で応援するだけだ。
※1…不登校児童生徒を対象に、特別な教育課程を編成して教育を実施できる学校。
申請があった場合に、文部科学大臣が法律に基づき認める。令和3年4月1日現在、全国で 17校ある(うち、公立学校8校、私立学校9校)。近年少しずつ増えている。
※2…家庭中心で過ごすことを前提とした子どもが所属するクラス。不登校特例校の特別カリキュラムに基づき、息子の通う中学に設置されている。