「自分が一体何者なのかを知りたい」ーー。
東京都立の産院で生まれた直後に別の新生児と取り違えられた男性が、生みの親を特定する調査を都が行わないのは人権侵害だとして、都に対し調査の実施や損害賠償などを求めた訴訟の第一回口頭弁論が2月21日、東京地裁(池原桃子・裁判長)であった。被告の都は、請求棄却と却下を求めた。
訴状などによると、原告の江蔵智さんは1958年4月10日ごろ、東京都立墨田産院(88年に閉院)で生まれた。97年に母が体調を崩して検査した際、血液検査の結果から自分が両親からは生まれない血液型だと知り、親子関係に疑いを持つように。2004年に家族全員のDNA鑑定をしたところ、自身が父と母のいずれとも血縁上のつながりがないと判明した。
都を相手取った民事訴訟で、東京高裁は06年、産院側の取り違えの事実を認定。都に対し2000万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡し、確定した。
江蔵さんは、自身の誕生日近くに生まれた人で、墨田区内で暮らす人を一軒一軒訪ねるなどして生みの親を探し続けたが、手がかりは得られなかった。高裁の判決後、江蔵さんは生みの親を調査するよう都に協力を求めたが協議を拒まれたため、提訴に至ったという。
原告側は都に対して、江蔵さんの生みの親を特定する調査をすることと、生みの親に連絡先の交換についての意思確認をすることを求めている。
「ルーツを知りたい」法廷で訴えた
東京都はこの日の弁論で答弁書を陳述。原告側代理人によると、都側は江蔵さんの生みの親を特定する調査実施について、根拠となる法令がないため戸籍の公用請求はできないと主張。相手方のプライバシーの保護などを理由に、請求棄却と却下を求めたという。
原告の江蔵さんは法廷で意見陳述し、「父親や母親にはどのような思いで生んでいただいたのか、頼りになる兄や姉がいるのか、可愛い弟や妹がいるのか、自分の本当の名前は何なのか、何一つ分かりません」と、出自が分からない苦悩を打ち明けた。
「自分を産んでくれた真実の両親は一体誰なのか、どんな人なのかを知りたいと思いました。それは、自分が何者であるかを確認する大事なことであり、自分のルーツを知りたいと思う気持ちを抑えることはできません」と訴えた。
さらに江蔵さんは、育ての親である母の思いにも言及。「特に母には、残された時間がございません」「母は『会えるものなら、遠くから見るだけでも見たい。その気持ちは変わらない』と言っています。私は、母親のためにも真実の子をひと目でも見せてあげたいと思っています」と述べた。
次回の弁論期日は5月18日。