羽生結弦選手は「皆さんの夢」と表現した。
まだ誰も成し遂げていない、4回転(クワッド)アクセルを成功させることを。
オリンピックを2連覇し、王者とも評される羽生選手がここまで取り憑かれ、彼を追い込む4回転アクセルはどんな技なのか。
アクセルジャンプが「特別」な理由
フィギュアスケートの6種類のジャンプのうち、アクセルは特別な存在だ。
トウループやサルコウ、ルッツといったその他のジャンプが後ろ向きに跳ぶのに対して、アクセルだけが唯一、前向きに跳ぶ。
さらに、着氷は後ろ向き(反対側の足の外側エッジで着氷)のため、ひとつのアクセルは1回転半で構成される。
これが、4回転アクセルが「4回転半ジャンプ」と言われている理由だ。
基礎点を見ても、回転のカテゴリーが同じ(トリプル◯◯、クワッド◯◯など)であればアクセルが最も高く、最高難度のジャンプだ。
4回転半、公式の大会での挑戦例もわずか
クワッドアクセルは、成功はもちろん、公式の大会で挑戦した選手も数えるほどしかいない。
2021年末の全日本フィギュア選手権で挑んだ羽生選手は、2人目とみられる。フリーの冒頭でクワッドアクセルに挑むと、両足での着氷となったが、踏みとどまった。
採点結果では「4A<<」(基礎点8、出来栄え点-3.89)と記録され、クワッドアクセルのジャンプに挑戦したと認められた上で、ダウングレード(回転不足)となった。
もうひとりはロシアのアルトゥール・ドミトリエフ選手。2018年のGPロシア杯フリーで挑戦したが着氷に失敗し、採点結果には羽生選手と同様に「4A<<」(基礎点8、出来栄え点-4)と記録された。
ドミトリエフ選手はその後、アメリカ国籍を取得し、2022年1月のアメリカ全米選手権でまたクワッドアクセルに挑んだ。
着氷が乱れ手をついてしまい、「4A アンダーローテーテッド(回転不足)」(基礎点10、出来栄え点-5)と判定されたが、以前の挑戦よりも成功に近づいた様子だった。
始まりは1882年、アクセルの由来は?
そもそも、「アクセル」ジャンプはどのように生み出されたのか。
ノルウェー大使館やオリンピックチャンネルによると、ノルウェーのスケーター、アクセル・パウルセンが1882年、世界選手権のフィギュアスケートで初めて1回転半ジャンプを着氷させたのが始まり。彼の名前をとって「アクセル」と名付けられた。
アクセル・ポールセンはもともと、スピードスケーターとしてこの世界選手権に出場していた。
アクセルジャンプの進化の歴史からも、難易度の高さが伺われる。
世界初のダブルアクセルは、1948年のサンモリッツ冬季オリンピックで、アメリカのディック・バトン選手が着氷させた。
1回転半のアクセルジャンプの誕生から、さらに一回転増やすのに66年かかった。
そこからさらに30年。1978年の世界選手権でカナダのバーン・テイラー選手が公式戦で初めてトリプルアクセルを成功させた。女性選手として初めてトリプルアクセルを決めたのは伊藤みどり選手で、1989年の世界選手権だった。
世界初のトリプルアクセル成功から44年。クワッドアクセルを成功させた選手はいない。
「ちゃんと武器として4回転半を携えていけるように、精一杯頑張っていきます」
「北京オリンピックでは、4Aも含めて、絶対に勝ちを取りにいきたいと思っています」
全日本選手権で北京オリンピック出場を勝ち取った際の会見や、開幕に向けたメッセージの中で、自分に言い聞かせるように「4回転半」と口にした羽生結弦選手。
10日の北京オリンピックの男子フリー、最初のジャンプで「4回転半」に挑む予定だ。世界初の景色や感覚を、羽生選手は掴むことができるのか。その瞬間を見逃すわけにはいかない。