夜だけにひっそりと営まれる、小さな「甘味処」。寡黙な「熊」と、心優しい「鮭」が切り盛りする不思議な店には、仕事や生活にちょっと疲れた人たちが次々と訪れる。出されるのは、一杯の温かい飲み物と甘味1品だけーー。
美味しそうな甘味と、熊と鮭のさりげない優しさに癒されると話題のTwitter発の漫画が1月末、書籍「泣きたい夜の甘味処」(KADOKAWA)になった。
著者は看護師兼イラストレーターの中山有香里さん。「食べることに救われた」という自身の経験が、食べ物を描く原動力になっているという。
どんなストーリー?
仕事で散々な目に遭い、疲れ果てた男性にはクリームがたっぷり添えられた揚げたてのドーナツを。
子育てに追われ、自分のために何かを選ぶことができなくなった母親には「好きな物を好きなだけ」盛ったパフェを。
登場人物やストーリーに合わせて、1話ごとに異なる甘味が描かれる。
今にも湯気が立ち上ってくるような、黄金色に輝く甘味のイラストが魅力だ。本には、登場する甘味のレシピも付いている。
日常で飲み込んだ感情を
登場人物は、中山さんがこれまで出会ってきた人や、見聞きした体験をもとに描かれている。
「3人の青春とプリン」は、学生時代に出会い、年齢を重ねた女性3人の友情がテーマだ。
「ようこ」から突然病気を報告するメールを受け取った「カナ」と「ミカ」。
「ようこの負担にならないように」と、どう返事をすれば良いか2人は悩む。甘味処に行ったことをきっかけに、青春時代を思い出した2人。勇気を出して、ようこが好きだったプリンを持ってお見舞いに行くーー。
このストーリーは、同じように友人から病気の連絡を受けたという中山さんの母親の体験がもとになった。
作品をTwitterで発信すると、読者の中にも同じような体験をした人がいて、「これをきっかけに友人と連絡を取ってみます」という感想が寄せられたという。
仕事がうまくできずに悩む職場の「新人さん」のストーリーは、中山さん自身の新人時代の気持ちを思い出して描いたものだ。
そんな日常の中で「飲み込んできた感情」を思い出し、ストーリーに仕立てていった。 職業柄、医療の現場で出会う人や体験も数多く描かれている。
食べ物をずっと描きたかった
中山さんは12年ほど前に看護師になり、この5年間ほどはイラストレーターとしても活動している。
日中は看護師として働き、イラストは育児の合間や深夜に描く。
子どもの頃から美術系の仕事をしたいと思っていたが、一度は諦めた道だった。
看護師の勉強会で使う資料を、得意なイラストを生かして作り始めた。看護雑誌を作る出版社にイラストを使ってもらえないかアプローチし、そこから道が広がった。
「甘味処」は、1年ほど前からTwitterで発信を始めた。美味しそうな食べ物をテーマに描く理由は、新人時代の自身の経験にある。
精神的に疲弊し、食べることができなくなった時期があった。ご飯を握っただけのものを、なんとか食べていた。
ある日、見かねた同期が手料理を作りに来てくれた。栄養たっぷりの料理に励まされた出来事が、強く印象に残った。
病院で働き、病気で思うように食べられなくなる人も数多く見てきた。
「食べることは生きること」。
そんな思いを強くし、いつか食べ物と絡めたストーリーを描きたいと考えるようになった。
「泣きたい夜の甘味処」には「泣きました」などと、たくさんの反響が寄せられた。
中山さんは「みなさん何かを飲み込んで、気持ちに折り合いをつけて、頑張って生きていると思います。ちょっとでも力を抜いて、我慢せずに、たまには泣いてもいいんじゃないかなと思ってもらえるような本になっていると思います」。
現在Twitterで更新を続ける「疲れた人に夜食届ける仕事」シリーズも、食べ物がテーマ。 熱々のラーメンやボリュームたっぷりのオムライスなど、疲れた人を元気づける食べ物が描かれている。