「リーダーは、『指導者』じゃない」。
霞が関を改革する「プロジェクトK」を率いた後、民間で政策シンクタンクを起業した朝比奈一郎さん。現代日本のリーダーに最も必要なのは、「集団を上手くまとめる力ではない」と明言します。どういうことなのでしょうか?
政策起業の当事者によるケーススタディを行う「PEPゼミ」では11月、朝比奈さんを登壇者に招き、政策起業家として社会を駆動させる上で不可欠な要素である「リーダーシップ」とは何かを聞きました。
「日本は今もマネジメント力では世界でトップレベルだと思いますが、始動力が致命的に欠けています」
「始動者」としてのリーダーシップを重視し、塾を開催して若手の育成や地方活性化に努める朝比奈さん。活動の背景には、霞が関で困難に直面した体験や、リーダーシップ観を根底から変える留学先での出会いがありました。
リーダーシップは「獲得できるもの」
政策シンクタンクと両輪で、リーダー育成のための塾を開講している青山社中。筆頭代表CEOの朝比奈さんは、経産官僚時代に若手による改革グループ「プロジェクトK」を率いました。「青山社中」の社名も、日本初の事実上の株式会社ともされる、坂本龍馬が創設した亀山社中にちなんで命名。朝比奈さんは、側から見ればリーダーシップを体現するような存在です。
ところが、ゼミの冒頭で朝比奈さんは「偉そうにリーダーシップ論を語っているのですが、正直なところ、私はおよそリーダー気質ではなかったんです」と自身の経験を振り返ります。
小学生の頃から学級委員・生徒会長の経験はなく、むしろ新聞委員や図書委員をやっていたという朝比奈さん。大学時代のサークルの写真を見ても、目立つ最前列や中央ではなく右端に写り込んでいます。
それでも今、青山社中でリーダー塾を主催しているのはなぜか?背景には、朝比奈さんがハーバード大学への留学を機に確信した「リーダーシップは獲得することができるもの」という信念がありました。
「リーダーシップを学んで一番驚いたのは、『リーダーシップに生まれつきの能力は関係ない、獲得形質だ』と言われたことです。僕は学級委員や生徒会役員などはしてこなかったので、自分は生まれながらにして『参謀タイプ』だと思っていたのですが、リーダーシップには、生まれ持った気質は関係ないと言われました。さらには地位も関係ない。つまり、平社員でもリーダーになれるのだと。
アメリカでは、公共分野のリーダーの事例としてキング牧師やガンジーなどが紹介されます。しかし考えてみると、キング牧師の肩書は『全米黒人解放連盟会長』とかではなく『牧師』なんです。ある意味で言えば平牧師が、トイレにも人種による使い分けがあるという時代に『こんなのおかしいよね』という思いを持って立ち上がり、社会を変えた。
無理だ、当たり前じゃない、そういうものを当たり前にしていく。生まれつきの能力や地位ではなく、想いがリーダーシップにとって大事だということを、留学中に学びました」
指導者ではなく「始動者」
朝比奈さんは、日本で一般的な「リーダーシップ」の捉え方に疑問を呈します。その代表例が、日本でよく起きる「リーダーシップ」と「マネジメント」という概念の混同です。
「日本企業の管理職ではよく『XXユニットリーダー』とか『XXマネージャー』などの肩書を持つ人がいますが、日本でその二つの言葉はあまり使い分けられていません。しかし世界では、マネジメントとリーダーシップはむしろ対概念と捉えられています。多くの日本人が考えるリーダーシップは、実はリーダーシップではなくマネジメントを指していることが多いのです」
その理由として、Leadershipという語を訳すとき、「日本人は世紀の大誤訳を犯したのではないか」と朝比奈さんは指摘します。
「Leadershipは日本語でよく『指導力』と訳されます。しかし、集団の指針を決め、その集団を上手くまとめるといった側面が強調されるこの訳はLeadershipを誤解した訳です。部下や組織が簡単に納得するであろう決断より、ついてくる人がどれほどいるかわからないチャレンジングな決断をする。『指導者』ではなく『始動者』が、本来の意味のLeaderの訳語だと私は思います」
この考えを端的に示しているのが、『マネジメント』の著者として知られる経営学者ピーター・ドラッカーなどがよく使っている言葉です。
“Management is doing things right, leadership is doing the right things.”
(マネジメントとは物事を正しくやること、リーダーシップとは正しいことをやること)
物事が上手くいくようにアレンジ・コーディネートするのはマネジメントであり、リーダーシップではない。リーダーはむしろそれに疑問を投げかける存在であると、朝比奈さんは説明します。
「突き詰めるとリーダーは『始める人・動く人』だと思っています。Leadという動詞には目的語が必要ですが、何が目的語かといえばそれは集団ではなく、自分自身です。つまり、集団を率いるより前に自分がどう始動するか。そして、自分を動かすところから周囲を動かし、ひいては社会をも動かしていくのがリーダーシップです」
留学先で一刀両断された
朝比奈さんがリーダーシップを真剣に学ぶきっかけとなったのは、ハーバード大への留学中、「ジャパン・アズ・ナンバーワン(原題“Japan as Number One: Lessons for America”)」を執筆したことで有名なハーバード大学名誉教授の日本研究者、故エズラ・ヴォーゲル氏と議論したことでした。
当時は、既にJapan as Number Oneの時代が終わりを告げた2001年。失われた10年、という言葉がよく日本の形容詞として使われていました。ヴォーゲル教授らの呼びかけで、同時期に留学していた仲間たちとハーバード松下村塾(通称:ヴォーゲル塾)を設立。日本を再浮上させることを目標に、「失われた10年」と呼ばれる日本経済の低迷を前にその原因について仲間たちと分析を行いました。
議論の末に、「金融、グローバル化、IT革命、成熟した民主主義の4つで日本は遅れている」との分析結果をまとめ、ヴォーゲル教授に意気揚々と発表。しかし、それを聞いた教授の回答は意外なものでした。
「ヴォーゲル先生にこの結論を伝えると、一刀両断されました。先生はソニー、トヨタなどの重役、日本のトップエリートと会ってきましたが、そうした経験を基に、『元々、日本の企業も国民もグローバルじゃないし、金融だって強くなかったし、真の民主主義があるわけでもない』と喝破されました。
この4つは、もちろんあるに越したことはないが、最大の問題ではないと言うのです。そして、『一番足りないのはリーダーシップであり、ガッツなんだ』と言われたんです。これには非常に驚きました。それまで真面目に経済政策などを研究していたのですが、そこで、そもそも前提として、リーダーシップがないとだめだなという認識に変わりました。それが、リーダーシップを真面目に学ぶことになった最初のきっかけです」
官僚時代に抱いたモヤモヤ
リーダーシップの重要性を指摘されて朝比奈さんが思い出したのは、経済産業省で上司と働く中で抱いていた疑問でした。
「これまでの常識で考えれば、部下が喜んでついてくる上司が良いリーダーに思えるが、果たしてそれで正しいのか、疑問に思っていました。不都合な真実にも思えるのですが、部下が望む心地よいリーダーと、結果を出すリーダーは違うのではないかと」
「リーダーとは変革者」だと語るハーバード流のリーダーシップ教育に触れ、「部下がどうこうという以上に、『変革できるか・どう変えていくか』が重要」と気づいたと言います。
「政治や行政に日本人が一般に持つイメージは、『変革』というより『前例
』です。しかし、アメリカで公共セクターについて学ぶと、『公共セクターのリーダーこそ変革せねばならない』とされているのです。極端にまとめると“We must change even to remain the same.”、つまり同じ状態を保つにも変わる必要がある、というぐらいの徹底ぶりです。
各国の行政官と比べたときに、概算要求などでも、アメリカやフランスの官僚は『〇〇すると世界のトップを取れます』という感じですが、日本は『英米がやっているので日本版××をやろう』みたいにしないと予算がつきません。これでは世界で先頭に立てないな、と痛感しました」
現状維持のためにすら変化し続けなければならないーー。
そんな価値観に触れた朝比奈さんは、日本に帰国後、新しいプロジェクトを始めます。
「変な喩えかもしれませんが、盆踊りしか知らなかった世界を飛び出してヒップホップを知ったら、自分もヒップホップをやってみたくなったんです。自分が長らくやってみたかったのは、霞が関での良い政策づくりを通じて日本を良くすること。だからプロジェクトKを仲間と共に立ち上げることにしました」
プロジェクトKとは、若手官僚を中心に霞が関のあり方を問い直すプロジェクト。当時はやっていた「プロジェクトX」という番組のタイトルを拝借して、霞が関、改革、官僚などのキーワードの多くがKではじまることから、XをKに変えました。
今も大きくは変わりませんが、当時の霞が関も、官僚が日々必死に残業して課題に向き合っていても、財政も地域も農業も少子高齢化も、何もかも政策課題は年々悪化する一方でした。
これを解決していくには、もはや政策の作り方を変えるしかない。そうした課題意識の下、プロジェクトKでは、約20名の仲間とあるべき政策の作り方について2年研究して『霞が関構造改革』という本を16名の実名入りで出版。その後、朝比奈さんは霞が関を飛び出して青山社中を立ち上げます。
「自分の究極の目的は、霞が関を良くすることではなく、日本を良くすること。そのためには人材の活性化・地方創生が必要だと思ったんです」
青山社中が設立されてから11年。政治家や政党を支えるシンクタンク業務、グローバルでの存在感を高めるための日本企業や自治体の海外展開支援、そしてアドバイザーを務める8つの市や町を中心とした地方創生への助言やリーダーシップ教育など、様々な事業を通じて社会の変革を進めています。
青山社中のリーダー塾やリーダーシップ公共政策学校の卒業生からは、国会議員や起業家など、各所で変革を推進する人材も出てきています。リーダーシップを自ら体現するだけでなく、次の世代に広げていく。留学先でリーダーシップの重要性を指摘されたあの日から、朝比奈さんの信念は着実に今につながっています。
リーダーなくして日本の活性化はない
ハーバード・ケネディスクールでのリーダーシップ論との出合い、霞が関での「プロジェクトK」を経て、青山社中でリーダーシップ論を講じる今、目指すものは何なのでしょうか。
「30年前の日本は世界競争力ランキング1位、世界のGDPの20%弱を占めるという状況で、世界企業の時価総額ランキングでも30位中21社も日本企業が入っていた時代。当時は本田宗一郎や松下幸之助など世界的な経営者がおり、スティーブ・ジョブズもソニーの創業者である盛田昭夫の影響を強く受けていました。またスターウォーズのライトセーバーによる戦闘シーンなども、ジョージ・ルーカスが尊敬し交流もあった黒澤明監督からインスピレーションを得ていました。
30年前と違うのは人材・リーダーです。リーダーシップの重要性は日本人がもっと意識するべきで、真のリーダーシップなくして日本の活性化はないと思っています」
「日本は今もマネジメント力では世界でトップレベルだと思いますが、始動力が致命的に欠けています。ケネディスクールでも目標を共有しようとか、他者の意見に耳を傾けようだとか、マネジメントの要諦をまさにマネジメントの授業で教えていますが、それは始動するという意味でのリーダーシップが前提として共有され、それを発揮する人が十二分にいるから必要な話です。日本はマネジメント教育をありがたがるのではなく、始動力を持った人物をもっと増やしていく必要があります」
明治維新から日露戦争までの興隆と、敗戦での衰退。戦後復興の興隆と、バブル崩壊での衰退。40年おきのサイクルで浮沈してきた近代日本で、「失われた30年」を乗り越える新たな興隆期をもたらすために日本に必要なのは「始動者」である。朝比奈さんはそう断言します。
◇
社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。
官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。
しかし、日本の「政策起業家」の層はまだ厚いとは言えず、ノウハウも可視化・蓄積されていません。そのような課題に取り組むため、独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、「政策起業の当事者によるケーススタディ」を行う試み「PEPゼミ」を始めました。