「オッサンだからとか、若造だからとか、男だからとか女だからとか、言い訳じゃないけどいろいろ言い様はあるじゃないですか。でも、そういうことじゃなくて、がんばろうという気持ち。体が動かなくなっても言葉で補いながらやっていきたいと思います」
東京・テレビ朝日で12月19日夜にあった「M-1グランプリ2021」の優勝会見の席で、長谷川さんは胸の内の思いをそう語った。そこで大好きな言葉にあげたのは、ダウンタウン・松本人志さんの「魂は歳をとらない」。昨年9月、松本さんが自身の57歳の誕生日にツイートしている。
故郷の北海道で芸人活動をはじめた長谷川さんは、上京後にコンビ解散。ピン芸人を経て、40歳で相方の渡辺さんと錦鯉を結成した。渡辺さんは東京出身。芸人養成所では芥川賞作家の又吉直樹さんらのピースや平成ノブシコブシと同期だったが、コンビ解散を繰り返してきた。
苦労人同士がコンビを組んだのは2012年のこと。6度目の挑戦で悲願のM-1決勝に進んだ1年前までは、無名の存在だった。その前年、お笑いの仕事で長谷川さんが稼いだのは年間32万円。月平均3万円に満たず、水道料金徴収のアルバイトなどで食いつなぐ生活を送っていた。一方、渡辺さんも実家で暮らしながら青果市場での野菜の仕分けのバイトに精を出す日々だった。
なぜ、売れる保証のない芸人を続けてこられたのか。
「『お笑いが好きだから』『いつか売れると思っていた』と言いたいところですけど、やめる勇気がなかったんですよね」
昨年12月、京都でインタビューした時に長谷川さんは飾ることなくそう話した。隣でほほえんでいた渡辺さんはやめなかった理由をこう口にした。
「売れていなくても、芸人をやっていると楽しくなるしね」
40代のいい大人なんだからまともに働け、という世間の常識にはとらわれなかった2人。ただ、自分たちの持ち味はくっきりと見えていた。
「こ~んに~ちわ~!」
こどものような無邪気さで大きな声を出し、屈託のない「おバカさ」をたたえる長谷川さん。そのボケの味わいを最大限に引き立たせるために渡辺さんが間をはかって突っ込む。
テクニック超える人間味の笑い
トリッキーなギャグを押し出して4位に終わった昨年とは打って変わって、今年は「合コン」「サルの捕獲」とわかりやすい設定のネタで勝負に出た。7月末に50代になった長谷川さんの理屈を超えた面白味を存分に生かす展開。これまでM-1攻略のために語られがちだった「ボケ数を増やす」「ツッコミのワードを工夫する」といった漫才のテクニック論を超えた、素材にこだわる人間味の笑いで突き抜けた。
優勝候補と言われたオズワルド、インディアンスの30代のコンビたちと競った最終決戦。終盤、サルの捕獲中に正気を失ったようになった長谷川さんを渡辺さんが止めようと体をぶつけ、そのまま抱きかかえるように頭を打たないようにそっと床におろす。中盤にあったサルと間違えられたおじいさんを介抱するような渡辺さんのしぐさのフリを回収して爆笑をさらい、さらに仰向けになった長谷川さんが客席に顔を向けて一言。「ライフイズビューティフル」。最も似合わないことをいうボケでありながら、これまでの曲折の歩みをすべて肯定するようなメッセージにも受け取れるワード。審査員7人から5票を獲得して、見事に頂点に立った。
優勝が決まると、抱き合った2人。SNSでは「中年の星」と称賛するツイートが相次いだ。
「同世代が若い人達と競い合って頂点を獲った姿は凄く励みになります」
「中年としてめっちゃ嬉しい」
「あきらめなかったらええことあるんやね」
「希望を与える存在」・・・
最年長王者となり、オッサンの底力を見せつけた2人。ただ、会見の席では若手への感謝の言葉も忘れなかった。
「どのライブ会場に行っても、僕らが一番年上で芸歴もあって、一回りも二回りも下の芸人にまざってやってきました。でも、うっとおしいなあとかではなく、ちゃんと受け入れてくれたんです。感謝しています」(長谷川さん)
「僕らをライブに呼んでくれて、同じように扱ってくれた。いまの若手には頭が上がらないです。ありがたいことです」(渡辺さん)
年齢を重ねても偉そうにも卑屈にもならず、若い世代と一緒に腕を磨いた末につかみとったM-1王者の座。まさに松本さんがつぶやいた「魂は歳をとらない」ことを証明するような勝利だった。肩ひじはることなく愚直に自分たちの道を歩み、まわりへの気配りも忘れない錦鯉の生き様は、厳しい時代を生きる世の中年たちのあるべき姿とも重なり合うのかもしれない。