性別変更を望む際、「未成年の子どもがいないこと」を要件としている性同一性障害特例法の規定が11月末、最高裁で「合憲」と初判断された。
それに問題提起する「#子なし要件が合憲なんてありえないデモ」が12月16日午後6時半から、JR有楽町駅前広場で行われる。
発起人は、女性として男性と結婚した経験のあるトランスジェンダー男性、頼(たのみ)さん(34)。
企画したきっかけは2人の子どもを育てるトランスジェンダー女性である友人の存在だった。
頼さんは「いわゆる『伝統的な家族像』に合わせた性別変更要件があることで、自分の大切なことを諦めざるを得ない人がいます。今困っている方、そして子どもの未来のためにも、みんなで声をあげたい」と語る。
性別変更要件とは?
戸籍上の性別変更は、2004年施行の特例法で認められている。
「20歳以上」「独身」「未成年の子どもがいない」「手術で精巣・卵巣を摘出」「変更後の性別の性器に近い外観を備える」という5つの要件を全て満たし、医師2人の診断書を添えて、家裁に申し立てる。司法統計によると04~20年に1万301人が変更を認められた。
性別変更要件は、身体的な負担も大きいとされる性別適合手術を強制されるなど、人権侵害との指摘も多い。
未成年の子がいると結婚できない、いわゆる「子なし要件」の違憲性をめぐり、10歳の娘がいる兵庫県の会社員(54)が戸籍上の性別変更を求めた家事審判で、最高裁は11月30日、合憲とする初判断を示した。
頼さんは「これが合憲で通っちゃう国って嫌だな。変えたいな」と思ったという。
結婚後に気づく。「私、男だったんだな」
頼さんが、自分が男性だと気づいたのは2021年の春だった。
今思うと幼い頃から、「女性らしい」と言われる服の色など、性別ごとに決められた役割に疑問を持っていた。
今名乗っている「頼」は、戸籍名の「頼子」の一部をとったものだ。自分に女性的な名前がつけられているのが嫌で、10代の時は友人からは「頼朝」と呼んでもらっていた。当時、自分もそうなりたいと憧れていた芸能人やアーティストは全員男性だった。
それでも20代になってからは、髪を伸ばしたり、「女性らしい」と言われる格好をしてみたり、「女性でいること」を頑張っていた。
2017年に、大学院の研究仲間だった男性と結婚した。彼との生活は楽しいことも多かったが、時々、なんとなく自分らしくいられていないという感覚があった。
昨年、新型コロナウイルス禍と、夫の仕事での遠方赴任が重なり、一人で自分と向き合う時間が増えた。
本来自分が歩みたかった人生について考え、これまで無理していたことに気づいた。
10代の頃を思い返し、「昔から男っぽさを感じるものに憧れていたなあ」と思った。
髪を徐々に切っていき、最終的にツーブロックにした。
鏡を見て、「私、男だったんだな」と、しっくりきた。
今のままの夫婦関係も考えたが、お互いの望む生き方を尊重し、今年の春、離婚を決めた。
今も元夫には、感謝している。
性別変更要件が狭める、人生の選択肢
元夫と話し合い、「普通の夫婦でいなきゃ」といった言葉から、自分を含む多くの人が、社会の「当たり前」に合わせ、望みを我慢していると気づいた。
8月には、男性に多く分泌されるホルモンを注入する「ホルモン療法」を始めた。
少しずつ声が低くなり、筋肉もつき、髭も生えてきて、嬉しく思う自分がいる。
「社会的に、男に見られたいんだな」と気づいた。
戸籍上も男性になりたい。
ただ、性別適合手術を受けたいのかどうかは、まだ分からない。
身体的、金銭的な負担も大きいからだ。
だからこそ、性別変更要件の「性別適合手術が必須で、子どもも持てない」という記述を見て、絶望もある。
「『男女が結婚して、子どもを育てる』という、伝統的家族像に当てはまらない人は増やしたくない」という国の思惑を感じる。
トランスジェンダーについて調べるようになり、パートナーと結婚するために、本当は心から望んでいるわけではないのに、性別適合手術を受けて性別変更する人がいると知った。
要件があることで人生の選択肢が狭まり、「伝統的家族像」に沿った生き方を強いられる人がいるのではないかと思った。
子どもがいる、トランス女性との出会い 「誰もが、最初から気づくわけじゃない」
Twitterで、自分と同年代のトランス女性の友人ができたことも大きい。
友人は男性として女性と結婚し、子どもを2人育てている。
結婚した後に自分が女性だと気づき、妻に理解を得て、身体的な違和感を軽減するためのホルモン療法を受けている。
一般的に100万円以上かかる手術を望むと、周囲に金銭的な負担を強いてしまうといった悩みも一致し、今はいろんな相談をし合う仲だ。
現在、職場でカミングアウトするのは難しいと感じ、男性として働いている。
毎日、自分の性を偽って生活するストレスは大きい。
友人は妻の理解が得られたため、性別適合手術をして、戸籍上も女性になりたいと思っているが、「子なし要件」の壁にぶつかり、今は諦めている。
頼さんは「自分がトランスジェンダーだと、早いうちから気づく人もいるし、そうじゃない人もいる。気づいた後で、望む生き方を選べないのはおかしいと思います」と話す。
デモで伝えたい「子どものためにも」
12月1日、「子なし要件」合法判断の報道を見て、翌2日、東京都内でデモをした。突然だったが、友人ら12人が集まった。
水色、ピンク、白色のトランスジェンダーフラッグを掲げ、「性別変更要件により、選べない生き方が何個もあることが問題だと思うんです」などと訴えた。
12月10日には「トランス/GID当事者に寄り添う法律を求める会」を発足。16日には、多くの人を募り、デモを行う。頼さんは、「社会にはいろんな不条理があり、みんなで一丸となって変えていく必要があると思います。だからこそ、当事者はもちろん、アライの人にこそ、たくさん来てほしいです」と願う。
「子なし要件」の撤廃をめぐっては、子どもが混乱し、親がトランスジェンダーであることでいじめを受けるといった理由で、「子どものため」として反対する人も多い。
だが頼さんはトランス女性の友人家庭を思い返す。
小さい子が「パパは女の子なんだね」といったふうに、自然に受け入れている様子を見て、希望を抱いた。
「子どもの頃から伝えていくことで、いろんな人が生きやすい未来につながると感じました」と頼さん。
また、社会にはトランスジェンダーの子どももいる。
「今の社会のままだと、始めから描ける未来像が狭められている。子どもたちのためにも、少しずつ社会の認識が変わり、より多くの人が生きやすくなるよう、声をあげていきたいと思います」