アイデアを書き出して広げたり、悩みを整理したり、抱えているタスクを並べてみたり…。スマホやタブレット、パソコンなどのデジタルデバイスで仕事をしている僕にとって、紙のノートで書く時間は、心に落ち着きをもたらす時間になっています。
最近、雑貨店で偶然見かけて購入した「mahoraノート」(大栗紙工)は、シンプルなデザインや色の心地よさで、お気に入りのノートになりました。
発達障害の当事者と作ったノート
SNSを眺めているとき、「mahoraノート」を見かけて驚いたのは、「発達障害の当事者が使いやすいようにデザインされた」という背景があったことでした。
そうとは知らずに購入していたのですが、僕も発達障害の当事者のひとりです。ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の特性があり、お気に入りになったのは、偶然ではなかったのかもしれません。
レモン、ラベンダー、ミントのやわらかな色展開は、「(通常のノートでは)紙からの反射がまぶしくて、文字が書きにくい」といった当事者の声に対応したもの。さらに、「罫線以外の情報が気になって集中できない」といった声にも配慮し、日付や番号を書く欄は排しています。
「mahoraノート」は、さまざまな人が平等に使える点などが評価され、第30回日本文具大賞(2021年)のデザイン部門で優秀賞を受賞しました。ちなみに、商品名の「mahora(まほら)」とは、「住みごこちのいいところ」を意味する古語の「まほろば」から命名されたそうです。
当事者の声を真摯に聞く
僕は発達障害の当事者であるとともに、ライターとして、当事者やその周囲の方々への取材をしています。大切にしているのは、「当事者の声を真摯に聞くこと」。これは、取材したみなさんから教わってきたことです。
ひとくちに「発達障害」と言っても特性はさまざまで、ニーズは人によって異なります。「障害」と捉える人もいれば、「個性」と捉える人もいます。呼び方もさまざまで、同じ「自閉スペクトラム症」を指していても、「ASD」「AS」「自閉症」「アスペルガー」など、使われたい名称は人によって異なります。
作家のデイヴィッド・ミッチェルさんにインタビューしたときには、「当事者たちが選んだ呼称を他の人も使うべきではないか」と話してくれました。彼は東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』の翻訳者であり、自閉症のある子どもを育てる親でもあります。
「mahoraノート」は、発達障害の当事者約100名にアンケートを行い、紙の色や罫線の種類・間隔、表紙のデザイン、1冊のページ数などへの意見を集めました。発達障害の当事者を支援する一般社団法人UnBalanceが協力しています。当事者の声を真摯に聞く姿勢に、共鳴するところを感じます。
正確な課題の掘り出しと解決を目指した
「mahoraノート」を製作・販売する大栗紙工の大栗佑介さんにお話を伺いました。
━━発達障害のある人たちと「mahoraノート」を構想したきっかけについて教えてください。
一般社団法人UnBalance様とつながり、「発達障害の当事者の多くが、いまあるノートに使いづらさを感じているので、発達障害のある方々も使いやすいノートを一緒に作りませんか?」と打診してくださったことがきっかけでした。
━━発達障害当事者のみなさんとデザインを進めるうえで、重視したのはどんな点ですか?
アンケートを活かし、できるだけ正確な課題を掘り出して、解決することを重視しました。アンケートで課題として浮かび上がってきたのは、「白い紙だと光の反射がまぶしい」「薄い罫線だと途中で書いている行がわからなくなる」「余分な情報があると集中しづらい」の3点でした。
解決のために、まず13色の紙を用意し、目に優しいと思う色を当事者のみなさんに選んでいただきました。同様に、罫線の種類や幅を用意し、選んでいただいたり、ノートによくある「No.」や「date」の記載を省いて試してもらったりして、完成品に近づけていきました。
「課題を聞き、その課題を解決した内容のものを考えて試作し、またその試作に対してご意見をいただく」というサイクルで、確実に課題を解決するものが出来上がったと自負しています。
━━発達障害の当事者の方々は、どんな使い方をしていますか?
ある方は小学生のときにノートが嫌いになり、高校生になってもノートを使ってこなかったそうです。しかし、「mahora」に出会ったことで、ノートを使うことができるようになったと伺いました。その方は美容師を目指していて、国家資格のために勉強しなければいけません。その方のお母様が「mahora」のことを新聞で知り、お子様のために購入されました。
「mahora」のあみかけ横罫を使ってみたところ、今までのノートと違って使いやすいと感じてくださり、ときには1日1冊ものペースでノートを使って勉強をされているそうで、とても嬉しく思いました。
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「mahoraノート」は、僕がそうとは気づかなかったように、店頭では「発達障害の当事者と作ったこと」を強調していませんでした。つまり、当事者たちのニーズを汲み取って反映した結果として、個性的な商品となって、当事者以外の人にとっても使いやすく、好まれる商品になっていると言えるかもしれません。
当事者の声を聞くことがきっかけとなって新しい価値が生まれるプロセスは、ノート以外の分野でも生かせる知見ではないでしょうか。当事者発で、「mahoraノート」のようにユニバーサルな商品がこれからも生まれていくことを、期待したいと思います。