「食」からサーキュラーエコノミーを考える
こんにちは、大山貴子です。第1回の記事ではサーキュラーエコノミーの基本理念について書きましたが、実際に企業や自治体の担当者の方と対話する場で、よく「理論はわかったが何からスタートしていいのかわからない」という悩みを聞きます。
今回は日常でサーキュラーエコノミーを実践することについて、特に日々の暮らしに欠かせない「食」を軸に考えてみようと思います。
私たちは毎日何かしらを食べて生きています。
自分が食べているものがどこから来るのか意識する人はあまりいないかもしれませんが、例えば、何気なく食べている一口の中にも...
・その食事に使われている食材や調味料がどこから調達されているのか。
・原材料はどこで作られて、どこで加工されているのか。
・各生産現場ではどのように育てられているのか。
・さらにお腹いっぱいで食べきれなかった食べ残しや、野菜のへたや芯はどこに向かうのか?
こういったサプライチェーンの一連の流れの間に、今自分がまさに食べようとしている“その一口”が存在しています。そういう意味で、日々の食事の食材について意識をする行為は、「暮らしにサーキュラーエコノミーの概念を取り入れる第一歩」といえます。
フードマイレージを考えて、私が食べなくなったもの
最初に、前回紹介したサーキュラーエコノミーのおさらいをしてみましょう。
前提として、サーキュラーエコノミーは目的ではなく、最終的な「地球の持続可能性」を考えたときの手段です。ただ単純にサステナブルな商品、製品の製造時にリサイクル素材が使われているからそれがいいのではなく、購入前にこの商品が日本で暮らす私たちたちの営みが続いていく上で適切かどうかを判断する必要があると私は考えています。
いくら環境に良い商品だからといって、原材料調達から生産、消費者の購入、そして廃棄時に至るまでの一連の流れの中で、例えば海外からの輸入品であったり、住んでいる自治体で回収・リサイクルしてくれないものだとしたら、逆に負荷がかかっている可能性もあります。環境問題を解決することがゴールではありながらも、経済のみならずその土地に暮らす社会システムや人の営みまでを包括したものがサーキュラーエコノミーです。
食に話を戻しますと、食べ物がどこからやってきたのかを指し示す言葉として「フードマイレージ(Food Mileage=食料輸送距離)」という言葉があります。フードマイレージは「食料の輸送量×輸送距離」で計算されますが、この数値が高ければ高いほど、食品がスーパーマーケット、そして食卓に届くまでのCO2の排出量が多く、環境負荷が高いことがわかる一つの指標です。
このフードマイレージを考慮し、私が食べなくなったものがあります。それはアボカド。
健康ブームによって世界中のおしゃれなカフェやレストランで大量に消費されているアボカドですが、その産地の大半を占めるのが生産量世界一であるメキシコを含む中南米の国。国連食糧農業機関(FAO)の統計データベースによると、2019年のアボカドの生産量は約720万トン。そのほとんどがアメリカやカナダ、ヨーロッパ、そして日本に輸出されています。
アボカドが世界を移動し続けていることを考えると、輸送段階のフードマイレージが高く環境負荷がかかっています。さらにアボカドを生産するにあたりプランテーションの拡大による森林破壊や、栽培に大量の水が必要になるため生産地では深刻な水不足が発生しており、地元住人の環境にも深刻な影響が出ているそうです。
また環境に負荷がかからないという名目で注目されているオーツミルクも、現在はそのほとんどを輸入に頼っています。はたして、(1)国産の牛乳と(2)アメリカ産のオーガニックオーツ麦を使い現地で加工・パッケージされているオーツミルク、どちらの方が生産から消費までにCO2排出量が多いのでしょう?
一般的に、牛は成長するまでに飼料も食べ、そして糞尿やげっぷを排出するため、環境負荷が高い畜産動物だと言われています。ただ、オーツミルクのフードマイレージコストを考えると、国産の、しかも自然放牧で育てている牛の牛乳と比べた場合にはどちらが低炭素なのだろうか? まだ事実確認はできてないですが、私はいつもスーパーで商品を見比べながら睨めっこをしてこんなことを考えています。純国産の植物性ミルクのオプションが増えて欲しい!
プラントベース(植物性)の暮らしは低炭素なので環境に良いと言われていますが、ただ無条件にその商品を選ぶのではなく、アボカドやオーツミルクのように、その原材料がどこからやってくるのかを理解し、なるべく小さい循環で完結される食事を意識し始めることが、食におけるサーキュラーエコノミー実践の第一歩です。
変わりゆくブルックリン、歴史ある生協の取り組み
暮らしの中で循環を意識をするという点において、私が人生で1番影響を受けたのが、2011〜2015年にかけて暮らしていたアメリカ・ニューヨーク州にあるブルックリンでの生活です。
私がブルックリンに暮らしていた数年間は、都市の再開発によるジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)が進み、暮らしていたエリアの人口構成が主にカリビアン系の有色人種やお金のないアーティストなどが住む貧困層から、マンハッタンに勤める白人の富裕層へと少しずつ変化していた時期でした。
そこでは、変わりゆくブルックリンの景色や文化を守ろうと、街を愛し暮らす住人が「メイドイン・ブルックリン(Made in Brooklyn)」を掲げていました。
カバンなどの日用品からコンブチャのような健康飲料まで、ブルックリン産のモノや製品がたくさん生まれ、近所に大手コーヒーチェーンが開店すると聞きつけると「ローカルビジネスを守ろう」と住人による反対運動が起きました。食においては、地区ごとに住人が運営する市民菜園や、工場やスーパーの屋上菜園など「消費するものを自らが生産する」という活動が当たり前のように行われていました。
私はこの地域の日常が新鮮で面白く、毎週土曜日には生ゴミを持って近所の市民菜園に出かけ、生ゴミを捨てて、実っている野菜をもらって帰ってきたり、近所にある生協「Park Slope Food Coop」に入会し、食材など日用品は全てここで購入したりするようになりました。
この「Park Slope Food Coop」は、全米でも最も歴史のある生協の一つで、理念にのっとり、完全なる共助、分配、民主主義のもと運営されているマーケットでした。出資金を支払い、説明を受けた上で入会ができ、発注、棚卸し、清掃、会計など運営も会員が中心となって担います。
私は月に一度、オープン前の朝6時からレジの清掃をする仕事を担当していました(眠かった)。全会員がこの生協の運営を含むあらゆる決定権に関わるので、店内随所に会員の思いが詰まっていました。
例えば、全ての商品には、コープから何キロ先で生産されたものかが表記されていたり、量り売りコーナーにはコットン袋や瓶が置いてあったり、野菜を入れる袋にも「環境のためになるべく使わないように心掛けましょう」という注意書きがされていたり。
ある時は、隣で買い物していた男性が食パンか何かが入っていたであろうビニール袋を再利用していて、それを横目で眺めながら、当時まだ環境意識が低かった私は「なぜわざわざこの食パンのビニールを持ってきて買い物袋に使っているのだろうか?」と不思議に思うと同時に、興味が湧いたことを覚えています。
ブルックリンという地域も、この生協も、一人ひとりの意思で作られている場所だからこそ、街に対する当事者意識が高い土壌が整っていました。共同体として、この地域やそこに住む自分の暮らしの未来を本気で考えている、そんな場所でした。あの頃の私はまさに地域の人たちと繋がりながら自然にサーキュラーエコノミー型の社会システムを体感していたのだと思います。
東京の下町で実践するサーキュラーな暮らし
私がブルックリンで体験したサーキュラーな暮らしは、もちろん日本に暮らす私たちも実践できます。
例えば、住んでいる地域で共同の堆肥場を作ったり、Park Slope Food Coopのように住んでいる地域の有志で共同運営する生協を設立したりするなど、自分たちや次の世代に続く暮らしの未来を選択することは、行政や企業に頼らずとも自分たちの力で生み出せます。
私はこれまで企業や自治体に向けにサーキュラーエコノミーの実装を伴走するコンサルティングを行ってきましたが、市民の目線で暮らしや周辺地域と接続しながらサーキュラーエコノミーを理解することで、気候変動や環境問題に対する意識も高まると考えています。
そのような意識から、現在は東京都台東区鳥越の下町エリアで、循環やフードロスを意識した飲食店ならびにコミュニティスペースの開発を行っています。使い捨てプラスチックといった環境汚染につながる素材やアボカドなど極端にフードマイレージが高い食材など、制約により使えなくなるものが増えていくなかで、私たちは未来に向けて自分たちの意思で暮らしを選択していかなければならないと考えています。
仲間たちと「élab(えらぼ)」と名付けたこの場所は、循環する日常を選び実践するラボという意味を込めたのですが、この暮らしの中の選択をここに訪れる人を巻き込みながら行っていく予定です。
élabの飲食店部門では、フードマイレージを意識しながら、東京近郊の信頼のおける生産者(青梅市のOme Farmさんと板橋区のTHE HASUNE FARMさん)から新鮮で美味しい野菜を仕入れます。野菜以外にも調味料、器、テイクアウト容器、箸などのカトラリー、また生産時に大量にCO2を排出する肉の使用はどうするか? など細部までシェフたちと話し合いながら選択をしています。
例えば、箸に関しては、割り箸は森林伐採につながるのでマイ箸を持ち歩く人も増えました。しかしながら、日本で作られた、かつ森林の荒廃を防ぐために間伐された木材を使用した箸であれば、むしろ使うことで森の循環を促進するという理由から、福島県いわき市にある磐城高箸さんの割り箸を使用しています。
テイクアウト容器は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響により需要が増えた結果、ゴミとして大量に排出されて問題になっていますが、私たちはお客様と対話しながら容器を持ち込んでいただいております。テイクアウトをしてくれる人のほとんどはご近所さん。「すぐに取りに行くね!」と丼やタッパーを持ってお店に戻ってきてくれます。
料理は、基本的には野菜のみを使用しますが、廃用母牛(妊娠しづらくなったなどの理由で、通常は低価格で取引されたり廃棄されたりする母牛)を引き取り自然放牧で育て、寿命間近に食用肉にして販売している大分県別府市の宝牧舎さんから、仕入れがある時のみ分けていただくことを考えています。
…….などなど、語り始めると止まらなくなるほど、細部まで、できる限り循環を意識しながら自分たちで選ぶことを大切にした場づくりを行っています。
また、élabは主に運営する私たちメンバーのものというよりも、ここを訪れる人々の意思が反映される共同の場でありたいという風に考えています。
かつて私が会員であったPark Slope Food Coopのように、この場を訪れるお客さんもまた運営の一部であって欲しいと考え、月に1回は地域の人たちとともに、élabや周辺地域で行える循環アクションを考える対話の機会を設け、ローカルのサーキュラーエコノミーを実践する共同体を生み出していきたいのです。
この市民参加型のサーキュラーエコノミーは、ニューヨークのブルックリンでなくても、東京の鳥越でなくても、一歩進む心意気と仲間さえいればどんな地域でもできます。地方のコミュニティでは、昔から自然に行われていることかもしれません。
まずは身近な食という切り口から自分自身や周囲がどんな選択をすれば地域の最適な循環を生み出すかを考えてみませんか?
大山貴子
1987年仙台生まれ。米ボストンサフォーク大卒業。ニューヨークにて新聞社、EdTechでの海外戦略、編集&ライティング業を経て、2015年に帰国。 日本における食の安全や環境面での取組みの必要性を感じ、100BANCH入居プロジェクトにてフードロスを考える各種企画やワークショップ開発。株式会社fogを創業。人間中心ではなく人間が自然の一部として暮らす循環型社会の実装を、プロセス設計、持続可能な食、行動分析、コレクティブインパクトを起こすコミュニティ開発などの視点から行う。
(文:大山貴子 編集:笹川かおり)