「Jリーグ、ホームタウン制廃止へ」
10月、サッカーファンに衝撃を与えたこのニュースを覚えているだろうか。
当初は、リーグの根幹に関わる方針転換かと捉えられたこの報道。蓋を開けると、地域密着の理念や各クラブが拠点地域に軸を置いて活動する『ホームタウン制度』は堅持しつつ、ホームタウン外でのマーケティング活動をしやすくするための議論をしている、という話だった。
そもそも、こうした議論自体は、報道が出る前からメディアにも周知のうえで行われていたものだったという。
議論の背景のひとつに『ホームタウン離れ』とも呼べる現象がある。
Jリーグによると、ホームタウンに住んでいないサポーターの比率は、最も多いクラブで約75%に上る。
来年で開幕から30年目の節目を迎えるJリーグ。『ホームタウンにいないサポーター』の存在が当たり前となった時代に、Jリーグはどう適応し、進化するのか。
Jリーグの夫馬賢治特任理事と、出井宏明パートナー・放映事業本部本部長に話を聞いた。
ホームタウン外活動、今までも可能だった
『ホームタウン制度』では、各クラブが特定の都道府県や自治体をホームタウンに定め、原則その地域を活動区域とすることが決められている。
一方で、ホームタウン以外での事業・マーケティング活動を制限するような規約・規定はこれまでもなかったと出井氏は説明する。
「実際の運用は、シンプルに言えば当事者間合意。つまり『クラブ間で話し合って決めてくださいね』というルールでした」
ホームタウン外での事業活動は、これまでも可能だったが、積極的に行われてこなかった、ということだ。
考えられる主な理由は、クラブ同士が「紳士協定」や「暗黙のルール」というような形で、遠慮し合う状況が続いてきたこと。
また、実際にクラブ間の話し合い・交渉までたどり着いたとしても、そもそも、自分たちのホームタウン内で他クラブが活動するのを認めること自体にもハードルがあった。
出井氏は「『当事者間で話し合ってください』となったとき、一方のクラブが『これがしたい』、もう片方は『嫌です』ということが起きてしまう」とクラブ側の事情を受け止める。
J1鹿島アントラーズを運営するメルカリの小泉文明社長は、最初にホームタウン制度の報道が出た10月17日、「ホームタウン外でのマーケティング活動が制限されており、例えばスポンサー企業が域外にある場合、一緒にイベントすることもできない」とツイート。
規約上の制限はなくても、実現のハードルや不都合を感じるクラブ側は「制限」と感じていたということだろう。
『暗黙のルール』が生んだ時代のミスマッチ
とはいえ、物理的な『ホームタウン』だけを前提とするファンサービスのあり方では、いまのデジタル時代やJリーグの実態にそぐわない。
そのミスマッチを解消するための策が、「ホームタウン外でのマーケティング活動」だ。
Jリーグとして、ホームタウン外でのイベントやサッカークリニックなどについて「実施を希望するクラブの実施地域は制限されない」という考え方をクラブ側と確認した。
「基本的に『当事者間で話し合ってください』という精神は変えず、今回強調したのは、(クラブ間交渉は)活動を縛るものではないという点です」と出井氏は説明する。
では、「暗黙のルール」はなぜ長らく続いてきたのか。
夫馬氏は「大きな背景は、各クラブがそもそもホームタウン内で色々な活動をすることが、あくまでも前提になっていたから」と語る。
1992年のリーグ開幕時のクラブ数は10。今ほど都市部への人口流出もなく、ホームタウン外で活動する必要性も低かった。
「まずは地元をしっかりと開拓することが何よりも急務で、あまり外のエリアの話や課題がなかった」と、出井氏も付け加える。
“地元にいない”サポーターの増加
それが今ではJ1からJ3、57クラブまで拡大。サポーターの有り様や社会背景も30年で様変わりした。
Jリーグによると、応援するクラブのホームタウン都道府県以外に住んでいるサポーターの割合は、約30%〜約75%(JリーグID登録ベース)。
人の流動化や都市部への人口流出という社会背景から、“地元にいない”サポーターが増え、クラブのホームタウン外活動の必要性も増した。
Jリーグはこれまでも、マーケティング活動のあり方について議論を重ね、既に千代田区や渋谷区などを特区として活動の自由化を推進する施策も打った。
その一例が、東京・銀座などに集中する都道府県のアンテナショップ。地方クラブがホームタウン自治体のアンテナショップでイベントを開いたり、クラブのグッズを置いたりすることを念頭に置いた。
出井氏は言う。
「ホームタウンの自治体が(東京でのアンテナショップなどで)シティセールスするときに、お膝元のクラブが(他クラブに)遠慮して、協力しないのはおかしい。そこでJリーグとしても『遠慮しなくていいよ』と言ってあげるのも大事です」
また、Jクラブ本拠地のすぐそばに住んでいるのに、県や市をまたいだホームタウン外というだけで情報やサービスが得られないのでは、クラブにとってもサポーターにとっても本末転倒だ。
川崎市の等々力陸上競技場をホームスタジアムに持つ川崎フロンターレを例に考えてみる。仮に多摩川を挟んですぐの世田谷区で情報発信やイベント協力をしたいと思ったとしても、東京のクラブに遠慮してしまう。このような事象がこれまでは起きていた。
加えて、ECサイトやSNSなどデジタルマーケティングが進み、クラブの活動を物理的な場所やホームタウンという枠組みだけで捉えるのは不可能になった。
「居住地域がどこであっても、クラブが不要なジレンマを抱えず、サポーターが得たい情報や必要とするサービスを届けられるようにするのが重要です」
Jリーグ30年の功績とジレンマ
ただ、ホームタウン外活動の“自由化”によって、各クラブが東京に集中することは想像に難くない。
受け入れることになる東京ヴェルディやFC東京は「ジレンマがあると思う」と出井氏はみる。
それでもJリーグが踏み切ったのは、東京という大都市のマーケット規模や、あらゆるクラブのサポーターが混在している状況を考えてのことだ。
出井氏によると、ひとつのホームタウン内で複数のクラブがサポーターや顧客を取り合うという事態は、現時点では想定していないという。
来年はJリーグ開幕から30年目のシーズンを迎える。
この間、かつてはあこがれの舞台だったW杯も、初出場した1998年以降、6大会連続で出場する常連国になった。
夫馬氏は「W杯は『出場して当たり前』という感覚が浸透してきた。57クラブからまだ増えようとしているように、日本にサッカー文化が根付いたことはJリーグの大きな成果」と振り返る。
「シャレン!」を通じて地域や社会とも関わってきた。SDGsを標榜するいまの社会で、Jリーグがこれからに見据えるものは何か。
夫馬氏はこう語る。
「57クラブを財政的に支えていくためには、もっと多くのサポーターやサッカーに関心を持つ人を増やしていくことが必要です。ホームタウンあってのクラブですが、最近は少子化などでホームタウン自身に活力がないという課題を抱えています。
むしろクラブがホームタウンを支え、活力を生み出していく主体になることが、地域とクラブ双方の持続可能な道だというのが、リーグのメッセージです。各クラブが、何が自分たちにとってのSDGsなのかを考え、発信し、実際にアクションが始まっています」
Jリーグが環境省と連携提携を結んだのをきっかけに、地銀や自治体、環境省との連携協定やゼロカーボン宣言など、クラブが主導・ハブ的な役割を担う取り組みも広がっている。
30年のその先へ。「体力がないクラブ」をどう支えるか
一方で、サッカー文化が根づき、Jリーグが拡大してきたからこそ、新たに生まれたジレンマもある。
各クラブが抱える課題や事業規模の『格差』から「頑張れるクラブと頑張れないクラブがある」と出井氏は付け加える。
「神戸などJ1ビッグクラブは(事業規模が)80、90億というラインですが、J3クラブは数億のところもあります。これだけコンディションの違うクラブが存在していて、57クラブにそれぞれにどんな環境設定やサポートをすれば、(ホームタウン支援やSDGsなどを)推進できるのか。運営側のリーグとしての課題です」
折しも、11月25日には「Jリーグ入りを目指さない」と言い続けてきたいわきFCが58番目のクラブとして来季からJ3に参入することが承認された。いわきFCが創立以来目標に掲げるのは、ホームタウンの「いわき市を東北一の都市にする」ことだ。
全てのクラブが「昇格」や「優勝」をゴールに置いているわけではなく、クラブの目標やホームタウンとの関係の結び方はクラブの数だけあってもいい。
この日の会見で、村井満チェアマンが語った「多様性こそがJリーグの価値であり醍醐味。全クラブがフィロソフィーを言語化し、そういうサッカーを楽しもうと標榜している」という言葉に、Jリーグ30年のその先への道標のヒントが隠れている気がした。