取り違えの被害者に「出自を知る権利」をーー。
東京都立病院で生まれた直後に別の新生児と取り違えられた男性が、生みの親を特定する調査を都が行わないのは人権侵害だとして11月5日、都を相手取り調査の実施や損害賠償などを求めて東京地裁に提訴した。
DNA鑑定で出生の事実知る
訴状などによると、原告の江蔵智さん(63)は1958年4月10日、東京都立墨田産院(88年に閉院)で生まれた。97年に母が入院した際、血液検査の結果から、自分が両親からは生まれない血液型だと知り、親子関係に疑いを持つようになった。
2004年に家族全員のDNA鑑定をしたところ、自身が父と母のいずれとも血縁上のつながりがないと判明した。
都を相手取った民事訴訟で、東京高裁は2006年、産院側の取り違えの事実を認定。都に対し2000万円の損害賠償の支払いを命じる判決を言い渡し、確定した。判決は、「(都側の)重大な過失によって人生を狂わされたということができる」と断じた。
親を知ることは「基本的な人権」
江蔵さんは、自身の誕生日近くに生まれた人で、墨田区内で暮らす人を一軒一軒訪ねたり、戸籍受附帳を開示請求したりと生みの親を探し続けたが、手がかりは得られなかった。
高裁の判決後、江蔵さんは生みの親を調査するよう都に協力を求めたが協議を拒まれたため、今回の提訴に至ったという。
弁護側は、調査に協力しない都の対応が、分娩助産契約に付随する義務に違反していると主張。さらに、「子どもの権利条約」(日本は1994年に批准)が定める子どもの出自を知る権利を侵害していると訴える。
今回の訴訟で、原告側は都に対して、江蔵さんの生みの親を特定する調査をすることと、生みの親に連絡先の交換についての意思確認をすることを求めている。
江蔵さんは提訴後の記者会見で、「(調べるのに)個人の力には限界がある。自分が何者なのかを知りたい」と語った。「生んだ子どもがどうなっているか、見届けたいし会いたい」という母(89)の望みを「一日でも早く叶えてあげたい」としている。
江蔵さんの代理人の海渡雄一弁護士は、「子が親を知ることは基本的な人権で、アイデンティティーそのもの」と強調。訴訟を通じて「親を知りたいと悩む人たちの出自を知る権利を保障する法的根拠ができるよう、議論が進んでほしい」と話す。
代理人の小川隆太郎弁護士は「都には、人権侵害の加害者だという自覚がない」と指摘し、被害者救済の責任があると主張した。
東京都は、提訴について「訴状が届いていないのでコメントできない」としている。
新生児の取り違えをめぐって、病院側に損害賠償を求めた訴訟は過去にもある。
産院で出生直後に取り違えられ、実の両親とは異なる夫婦に育てられたとして、東京都内の男性らが産院側に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は2013年、産院の過失を認め、3800万円の支払いを命じた。
【UPDATE】2021年12月24日14:00
東京都は、12月22日に訴状を受け取ったとして、取材に「訴訟への対応については検討中です」とコメントした。原告側の請求に対する具体的な見解は明らかにしなかった。