「若者の投票率が1%下がると、若者は約7万8000円損をする」
世代別の投票率の差と、若い世代の財政的負担と受けられる利益について分析し、2019年に導き出されたこの試算。東北大学大学院経済学研究科の吉田浩教授が「若者の投票率を上げるために何ができるか」をゼミ生と考え、投票率が政府の予算編成に影響を与えるというあくまで「仮説」に基づいて、投票率と国債・社会保障の統計データから算出したものだ。
2017年10月の前回の衆院選では、全体の投票率が53.68%だった一方、10代は40.49%、20代は33.85%と、若い世代の投票率の低さが際立った。
「なぜ選挙に行くべきなのか」「国のお金の使い方と私たちの1票にはどういう関係がある?」
10月31日に投開票される今回の衆院選に向け、試算を出した吉田教授と、若い世代に向けた金融教育に取り組むミレニアル世代のお金の専門家、横川楓さんに語り合ってもらった。
国債・社会保障、どうして若い世代に影響がある?
横川楓さん(以下、横川):私は、今お金の専門家としてお金の知識を普及する活動をしています。
普段の活動をしている中でも、若い世代で、自分たちが利用できる制度やお金の仕組みをあまりきちんと知らないまま、ただただ困っている人も多いんです。
私自身は母子家庭で育ったこともあり、「お金があることやないこと、家族のあり方によって、生活や住む場所もこんなに変わるんだ」ということや、母子家庭の支援制度を使う母を見ていて「知識があることでこんなに変わるんだ」ということを思い知り、知識を得ることや制度を知ることの大切さと、選挙に行って自分の困りごとを解決してくれそうな人を選ぶという意識がついていたように思います。
昔から選挙の時期になると、「若い人は選挙に行かない」「選挙に行かなくちゃ」と言われ続けていますが、実際に仕組みや制度と選挙が結びつかず、選挙へ行くことが身近に思えない人も多いように感じていました。
そんな中で、選挙に行くことの意味を、生活に身近なお金の面から考えられる方法はないかなと思っていた時に、吉田教授の研究を知りました。
研究はゼミの学生たちと一緒に取り組んだということですが、実際に試算を出してみて、学生たちの反応はどうでしたか?
吉田浩教授(以下、吉田):2013年の試算は、ゼミの学生たちと算出しました。最新の2019年の試算は、学生たちが卒業したので私がデータを追加して出しました。
学生たちは、「数字で見せる」ということに強い関心を持っていましたね。
投票しないということは権利を手放すことだから、「別に損は何もない」と思っている人もいるかもしれませんが、「実は損をしているかもしれない」という研究結果は、やはり新たな発見という印象を持っていましたね。
日常生活の中で「国債」って見たこともないと思いますし、国債が果たしていいものなのか、悪いものなのかもよくわからないという人も多いのではないでしょうか。
国債は言うまでもなく“国の借り入れ”ですので、その返済を担うのは将来の若い世代の人たちですから、実は若い皆さんの問題だとわかってもらいたいと思います。
また、社会保障というと、困っている人を助けるというのももちろんあります。今の日本の社会保障はだいたい100兆円超規模ですが、その半分ほどは高齢者に対する年金の支払いなんですね。ということは、これから高齢者が増えていくと、どんどん年金に充てられる割合も増えていきます。
それを、税金と皆さんが支払っている社会保険料で賄っていかなきゃいけない。税金がちゃんと集められなくなると、社会保障もできなくなり、自分たちももしかしたら困ってしまうことになるかもしれない。そういう視点から考えると、大事さがわかってもらえるのではないかなと思います。
横川:社会保険料は、いますでに金額が大きいですよね。月収20万円くらいの額面だと3万円くらいとられてしまい、結局手取りが17万円ほどになってしまう。
若い世代からしたら負担している金額に対して今受けられる恩恵も少なく、金額のインパクトの方がすごく大きく感じられてしまい、将来の自分のために使われるものだという認識を持つことがなかなか難しいのではないかと思います。
高齢化が進んでいるのは事実ですが、高齢者向けの社会保障だけを充実させるのではなく、子育て世帯への支援や、これからを担う世代の給与が上がるなど、若い世代の手元に入るお金を豊かにしていかないと、少子化や若年層の貧困問題の解決にはつながりませんよね。
吉田:社会保険料が高い、こんなに払っているんだということをきちんと認識している人は一歩前に出ていると思います。
長期的な視点も重要です。このまま60歳くらいまで支払ったら、一体どのぐらいの額になるんだろうか、退職した後はどのくらいお金が必要なのだろうかということを、自分のライフプランに合わせて考えてみるといいのではないかと思います。
横川:一方で、今は結婚しない選択肢を選ぶ方や、結婚していても子どもはいないという方など、ライフプランが多様化していると感じます。持ち家はいらないという方も多い印象です。
その背景にあるのは、もちろん人生の選択肢が多様化したこともありますが、やはりお金が豊かではないというのもすごくあると思います。
選挙に際しても、私たち現役世代に入るお金もちゃんと増やしてくれるような政策を掲げる人に投票するということにも意味があるのではないでしょうか。
吉田:政治家の側から見ると、当選しないと話になりませんよね。そこで2つの問題が出てくると思います。
1つは、当選するために投票率の高い人向けの政策が用意されてしまうということ。もう1つは、5年後、10年後、20年後を生きる人たちはまだ生まれていないか、投票権がなく投票できないということです。
でも、投票権のある若い世代は、まだ5年後、10年後、20年後も存在して社会で活躍しているわけですから、5年後、10年後、20年後の社会に思いを致して、「今日のため」だけではなく、「将来のため」という視点で1票を投じてもらえるといいなと思います。
「選挙にいくと自分にたくさん補助金が出る」という意識でいてしまうと、どんどん人気取りのための政策だけを言う政治家が出てきてしまいます。
まず、私たちの社会はどういうふうにあるべきなのかという“社会観”を皆さんがそれぞれに持つことが大事だと思います。そのためには、しっかり知識を持つことが大切ですね。
横川:知識があるからこそ、今の利益だけではなく、この選択肢を選んだらどうなるかということまで考えることができるんですよね。
だからこそ政治家の方々が言っていることをきちんと判断できるリテラシーを身につけるということも、とても大切だと思います。
吉田:今後の選挙では、各党に“予算案の見積もり”も示してもらうと、政策とその財源のバランスが現実的なのかどうか、有権者は冷静に比較出来ると思います。
横川:そういった意味でも、吉田教授の研究結果をきっかけに、まず国債と社会保障って何なのか、国はお金をどう使っているのか、7万8千円損するってどういう意味なのかと考えることはとてもいいことだと思います。
若い世代の投票率を上げるには?投票を通じて意思表示をしよう
吉田:若い世代にとって、自分たちの10年後が良くなると感じられるような公約を持った政党が新たに出てくるか、あるいは既存政党の中でそうしたことを重視した公約が出てくるかが大事だと思います。
そのためには、「若者は政策を届ける相手として重要だ」ということを政治家に認識してもらわないといけないのですが、その唯一の手段が投票です。投票行動で、政治に対してある種の圧力をかけることができます。
日本では、選挙で選ばれた国会議員を、任期途中で私たちの主張を反映してくれないからということでリコール(解職請求)することはできません。だから選ぶ時が重要なのです。
横川:選挙になると投票券が自宅に届きますが、投票には強制力がないので、「行けたら行こうかな」という気持ちになってしまう人もいると思います。
投票しても自分の期待する政策が必ずしも実現するわけではないという状況の中で、「なぜ投票しなくてはいけないのか」ということを考えるためにも、若い世代の投票率が上がることのメリットをお金の側面から身近にとらえてほしいです。
吉田:例えば、「お蕎麦が食べたいです」と言ったのにスパゲッティが出てきたら、「これは違う!」と言えますが、「適当でお願いします」とお任せしていて、スパゲッティが出てきたとしても文句は言えないですよね。
「私はスパゲッティは嫌なんです、お蕎麦にしてください」という意思表示をすることが大事だと思います。
選挙へ行き投票権を行使して、選ぶときに参加しているからこそ、不満も堂々と言えるという見方もあると思います。
横川:すごくそう思います。
日頃から感じていることなのですが、政治家の方々が思っている「普通の人の暮らし」と「本当に普通の人の暮らし」にすごくギャップがあると思います。必要な人に必要な経済的支援を届けるためにも、そのギャップをどうやったら解消できるのかと考えています。
吉田:世襲や昔からの地域的なつながりで議員が選ばれているという背景もあると思います。
地域の声を国政に反映させることは大事なことです。でも、政治家の子どもとして暮らした生活環境とは違う、「普通の人の暮らし」を実感できる人に政治家になってほしいと思っても、地盤や支援組織など元から差があり、そうした方は結果的に落選してしまうこともあります。
そういった意味では、地域代表だけではなくて、“世代代表制”も一つのアイデアとしてはあるのではないでしょうか。地域ではなく、20代、30代、40代といった、世代別割り当てという考えもありますね。
横川:若い世代の政治家が増えてほしいと思いつつ、供託金のことを考えると、政治家になることもハードルが高いのが現実ですよね。
とはいえ、昨年からのコロナ禍で、ダメージを受けた方は若い世代や派遣社員のような非正規雇用で働いていた女性たちに多いと感じています。
そういう背景もあり、若い世代にもこれまでよりも政治や選挙に対して意識が高くなっている方が多いと思います。
低所得でも社会保険料や税負担が大きいという現状の中で、新型コロナ対策をめぐっては「え、これにお金使うんだ」「私こんなに税金払ってるのに」という気持ちになるなど、国のお金の使い道に疑問を持った方が多いのではないでしょうか。
そして、そういったことも選挙に行って政治家を選ぶことによってしか変えられないのが現状だということをきちんと知らないといけませんね。
国のお金の使い方を知るためにも「まずは家計簿から」
横川:来年度から高校で投資教育が始まるということに関心を持っているのですが、「老後2000万円問題」が話題になったように、老後のお金は自分で増やしなさいという風潮があるように感じます。
まず、社会保障や税金など、手元に入ってくるお金と出て行くお金がどう使われてるのかということや、給料明細の見方や家計といった、自分に身近なお金の管理方法を教えるべきなのではないかと思っています。
吉田:まず最初に家計簿からですよね。
横川:本当にそうなんです。
吉田:自分にいくらお金があって、いくら使って、だから今手元のお金がこうなっているということをきちんと家計簿につけることで、視野が広がります。
まず自分の基礎的な生活単位を管理していく。そうすると、国のお金の使い方についても見えてくると思います。
自分の生計費を把握し、お金をきちんと計画的に使うこと、借りたら返さなきゃいけないこと、どんどん借りるとどんどん返すのが大変になること。これは子どもから大人、そして政治家も、忘れてはいけないことですね。
生活保護や奨学金など、日本では自分から「ください」「助けて」と声を上げないともらえないものが多いですよね。
自分が利用可能な制度にはどういうものがあるかを把握し、それを自分で申請しないと、本当は助けてもらえるはずだったのに知らなかった、ということも起こりかねません。
きっかけは「お金」でいいと思うのですが、お金を通じて、生きるためにどういう道があるのかをまずは勉強することが大事ですね。
横川:お金についての基礎知識って、どんなことにも関係していますよね。
お金は結局のところツールです。自分の選択肢を広げたり、何か困ったりしたときに使うもの。ですが知識がないと、必要な支援が受けられないだけでなく、収入に見合わない支出やハイリスクな投資など、間違った選択肢をとってしまうこともあります。
国の政策の是非を判断するための第1ステップとして、国債や社会保障がどう使われているのかもきちんと知る機会があるべきですし、お金にまつわる基礎知識をみんなが平等に学べる環境を国が作ることも意味があると思います。
選挙に行くことで、困りごとを解決して、自分や周りの人の暮らしをしっかり考えてくれそうな人は誰か考える。若い世代の政策も充実させてもらえるように、投票で意思表示をすることは重要ですね。
吉田:お金について知り、考えることで自分の生き方を豊かにしていく。その一環として選挙にも行くんだということを、ぜひ若い世代に伝えたいですね。