アウトドア用品のパタゴニア日本支社(横浜市)が衆院選に合わせ「何もしなければ政治はこれまでのまま」と自社の公式サイトにメッセージを掲げ、SNS上で話題になっている。なぜ、このような意見表明をしたのか。
投開票日を間近に控え、日本支社の環境・社会部門でアクティビズム・コーディネーターを務める中西悦子さんに話を聞いた。
一人一人が選挙に向き合ってみて
—— 今回の意見表明について、外資系企業であるがゆえに、SNS上では「内政干渉」といった批判の声があります。どう受け止めていますか?
生活するにもビジネスするにも、前提として健全な自然環境が必要です。今までは安定した気候の中でビジネスができてきましたが、その環境が不安定になってきています。
そうしたことを踏まえると、私たちのビジネスそのものの基盤が揺らぎかねない状況です。特に気候変動については早めの対策を要することもあり、政治が持っている役割は大きいので、政治的な主導があることはより望ましいと思います。だから、投票へ行こうと伝えています。
「Vote Our Planet 地球のために投票しよう」という部分はアメリカ本社とも共有しているものですが、今回のメッセージはアメリカ本社ではなく、日本支社が決めたものです。私たちは日本で働いて、そこで暮らして生きているので、やはり自分たちの暮らしやビジネスがどうかということに関心を持っています。
—— 「社会構造を大胆かつ公正に変化させようとするリーダーが必要」「何もしなければ、政治はこれまでのまま」というメッセージからは現政権への不満が感じ取れますが、真意はどうなのでしょうか?
今の政治がいいか悪いかではなくて、私たち一人一人が関わっていること、関わっていけることだと感じてもらいたいです。新型コロナウィルスでさまざまな制約もあり、個人個人でそれぞれ経験されたこと、見聞きしたことがあると思います。
今の政治の流れがいいと思えば、今まで通りの投票をすればいいし、逆に自分が少し気にしている政策があれば、候補者に質問したり、その意識がある候補者を応援するために動いてほしいと思います。
少なくとも、私たちのメッセージが届いた人たちには、何か一つでも動いてみてほしい。どんなことに自分は喜びを感じ、どういうところで苦しいと感じ、どういう社会になったらいいなと思い浮かべるのか。一人一人が選挙という機会に向き合ってみてほしい。
気候対策という意味では、菅義偉前首相が2050年のカーボンニュートラル目標を決めたことはとても大きい。それで企業の行動が変わったので、政治の重要性を改めて認識しました。
そういう意味でも、皆さんの思いで政治に関わってほしい。私たちのメッセージは、どこの政党、どこの政党の考え、どこの政党の候補者を支持するということではありません。それぞれの政党や候補者がどんなことを考えていて、国会でどんな質問をしてきたかなどに興味を持ってもらいたいと思います。
政治を語ることは未来を語ること
—— 企業の意見表明は賛意が得られればいいですが、得られなければ商品の売れ行きにも影響を及ぼしかねません。どう考えていますか?
2011年、私たちはアメリカでブラックフライデーの際に、自分たちの消費行動を見直してもらうため「DON’T BUY THIS JACKET(このジャケットを買わないでください)」という広告を出しました。
「偽善の広告ではないか」「売り上げを上げるための広告ではないか」と言われましたが、最終的に売り上げはトントンで変わりませんでした。
また、16年のブラックフライデーで売り上げの全額を寄付すると発表した際は、売り上げが当初予定の5倍超となりました。
私たちの取り組みに賛同する人たちも多くいます。最初のうちはご理解いただけないこともあるのは当然だと思いますが、私たちの伝えるメッセージに共感してくれる人たちとともに、社会の一員として果たせる役割を果たしていきたいと思います。
さらに、賛成と反対の両方の意見がきちんと出てくることもすごく大事なことです。政治のことを話すことすらタブーな世界観は変えなくてはいけないと思います。
—— 今回の衆院選で気候変動対策が争点になっていると思いますか?
全然、争点になっていません。現状としては新型コロナウイルス対策や経済対策が争点化されています。ただ、気候や将来のことについて、今までないくらいに、若い人たちが考えています。
こうした大きな動きが出てきている中で、気候変動が争点になっていないことを目にし、候補者に直接聞いてみる人たちも出てきました。学生を含めたU30の人たちが候補者の演説を聞きに行っています。
来年には参院選があることを考えると、次の芽や意識が出てきていると感じています。政治を語ることは、私たちの将来や夢を語ること、そして地球の未来を語ることと同じです。
気候危機に限らず、関心あることや政策を身近にしようとしているので、大人も持ち場で頑張らないといけないと思っています。
企業市民として行動していく
—— 企業が政治参加を促す動きは今後、広がっていくと思いますか? 今、政治に何を求めていますか?
政治と自分たちのビジネスや生活はつながっています。コロナ禍という不測の事態が起こるまでなかなか気づかなかったことも表面化し、皆さんが自分と直結しているということを理解しました。
現役で働いている世代、そして若い世代の人たちは何とかしなくてはいけないと思っています。そういう意味では、すごく可能性があります。
企業は実際には政治に関わっていますし、選挙だけに限らずできるところから動き始めるのではないでしょうか。今回のメッセージには私たちの取引先114社もの国内企業が賛同してくれています。
また、企業からはSDGs実現に向けた動きも出てきています。若い世代が人や地球環境、社会に配慮した企業を選ぶ「エシカル就職」という動きもあります。私たちパタゴニアは、責任あるビジネスをいかにできるか挑戦し続けます。
そして、政治には、気候対策で立てた目標を引き続き推し進めてもらいたいと思います。その部分が不十分だと思えば、企業市民としての提言など、声を届けていくことを引き続きしていきます。未来のための政策、教育や子供への投資、貧困の改善、政治に社会参加しやすい仕組みなども検討されていってほしいと思います。