自民党総裁選を経て、岸田内閣が誕生した。
「自民党は変わった」。新総裁に選ばれた直後、岸田文雄首相はそう述べたが、岸田氏が選ばれたこと自体、自民党が変わっていないことの証拠に見えるのは私だけではないだろう。
「新自由主義からの転換」という言葉には大いに期待したいところもあるが、人事などを見ていると期待はどんどんしぼんでいく。「人の話を聞くのが特技」というが、なぜだろう、本当に「聞くだけ」ですぐに忘れるんだろうな、という諦めがすでにある。選択的夫婦別姓にさえ慎重な岸田新総裁のもと、この国のジェンダーギャップ指数はどうなるかもしっかり見ていきたい。
そんな中、3年前の2018年に出版された『「女子」という呪い』が文庫となって出版された。読み返してみて、なんだか懐かしい気持ちになった。
例えば本書で私が憤るのは、「女性活躍」とか「女性が輝く社会」などの言葉。第二次安倍政権でブチ上げられたアレである。しかし、あれほど注目が集まったわりに、活躍する女性が増えたり、女性の活躍の幅が広がったりしたかと言えば答えは明らかにノーだ。それどころか、コロナ禍で明らかになったのは、何か起きれば、真っ先に放り出されるのが非正規女性たちだということである。
特にコロナ禍が直撃した飲食・宿泊業で働く人の実に64%が女性。その多くが非正規。そんなこの国の非正規女性の平均年収はわずか152万円(19年、国税庁)、月収にすれば約13万円。働く女性の半数以上が非正規なわけだが、これでは「活躍」どころか「普通に生活する」ことさえ難しい。一体、華々しくブチ上げた「女性の活躍」に使った予算はどこに消えたのだろう? その予算をそのまま配った方がよほど意味のあるお金の使い方だったのではあるまいか。
一方、本書では、17年に訪れた韓国で、フェニミズムが若者たちの間でむちゃくちゃ盛り上がっていることに衝撃を受けたことにも触れている。韓国のフェニミニズムはその後日本にも大きな影響を与え、雑誌で特集が組まれたり、『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でもベストセラーになったりした。
また、本書で取り上げたものの、当時と変わらないことも多々ある。
それは、私がマンションの入居審査に落ちた話。単身、フリーランスの上、保証人の父親が65歳を超えたことが理由で審査に落ちるようになり驚いたのだが、このような事情はまったく変わっていないどころか、当時よりもさらに厳しくなっている気がする。正社員には選択肢はあるが、非正規社員やフリーランスに対する入居審査は、数年前と比較しても厳しさを増している。雇用形態によって、他にもローンが組めないなど人生のあらゆる場面で壁が立ちはだかるということを、この国の多くの政治家はほとんど知らない。
また、災害時の避難所における女性への配慮問題も書いているのだが、これもそれほど大きな変化はないだろう。3・11では、避難所で女性ばかりが食事作りを担当したり、間仕切りを「水臭い」と使わせなかった男性リーダーの存在が問題になったりしたが、意思決定の場に女性がいなければ、弱い立場の人たちばかりが我慢を強いられることになる。
一方、読み返してみて感じたのは、この3年間の日本社会の変化だ。
17年、「#MeToo」運動が始まり、この国でも多くの女性たちが声を上げるようになった。19年にはフラワーデモが始まり、性暴力の問題は大きな注目を集めるようになった。また、女性だけがヒールやパンプスの着用を義務づけられていることに異議を申し立てる「#KuToo」などのムーブメントも盛り上がった。
そんなこの3年間を振り返ると、本当にいろいろなことがあった。
例えば18年には財務省事務次官による女性記者へのセクハラ問題が発覚し、アラーキーがモデル女性から告発され、東京医大で女子一律減点が発覚。またこの年の年末、広河隆一氏の性暴力事件が報道される。
19年は「週刊SPA!」のヤレる女子大ランキングで年が明け、4月にフラワーデモが始まった。そうして今日に至るまで、報ステはじめ多くの広告が「炎上」し、東京五輪では森喜朗氏の女性蔑視発言や、女性タレントを揶揄するような演出案が問題となった。
自民党界隈のことだけで見てみてもいろいろある。
例えば18年には林芳正文科大臣の「セクシー個室ヨガ」通いが報道される。同年、自民党議員の加藤寛治衆院議員が、結婚式で新郎新婦に子どもは3人以上産み育てるよう呼びかけていると発言して問題になった。
やはり同年夏には、自民党・杉田水脈議員によるLGBTに関する「生産性がない」という原稿内の言葉が大きな批判を浴びた。
19年2月には、麻生太郎議員の発言が問題に。内容は、社会保障費に絡めて、「年をとったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違っている。子どもを産まなかった方が問題なんだ」というもの。前年、麻生氏は「セクハラ罪という罪はない」とも発言してやはり批判を受けている。
そうして今年9月には、警察庁長官に中村格氏が就任し、大きな批判が沸き起こった。中村氏と言えば、真っ先に思い出すのが伊藤詩織さんの性暴力事件。元TBS記者の逮捕を潰したのが中村氏と言われているのは有名な話だ。
さて、文庫版の巻末では北原みのりさんと対談しているのだが、そこで私が語っているのはコロナ禍での女性の貧困の深刻さだ。
女性不況とも言われる中、急増した女性自殺者。そしてこれまでは見られなかった、炊き出しや相談会に訪れる女性たち。
コロナ禍は職種とジェンダーによる「感染格差」も浮き彫りにした。
国内での感染者は21年4月時点で累積57万人。うち女性は46%と約半数。しかし、職種別に見ると、女性感染者には医療関係、介護福祉関係、児童施設関係、店員・接客関係の割合が高い。詳しく見ていくと、医療関係(事務等含む)で感染した人のうち、70%以上が女性。介護・福祉関係(事務等含む)では60%以上が女性。児童施設関係では90%以上が女性だ。業務以外での感染も含まれるということだが、感染リスクの高い職場で働く多くが女性である。
ちなみに日本の医療・介護従事者のうち、女性が占める割合は、看護師92%、訪問介護員89%、施設介護職員73%。また、保育士は95%、幼稚園教員は93%が女性。しかし、これが大学教員となると26%にまで下がる。
子どもや病人や高齢者の世話をするのは女性で、大学で教鞭をとるのは男性。二者の間の賃金格差は言うまでもないだろう。
さて、岸田新政権が始まったと同時に、もうすぐ衆院選だ。
女性の声や弱い立場に置かれている人たちの声に耳を傾け、そして「聞くだけ」で終わらない議員を、一人でも多く国会に送り込みたいと思っている。
(2021年10月6日の雨宮処凛がゆく!掲載記事『第571回:新内閣発足。この数年のジェンダー界隈を振り返る。の巻(雨宮処凛)』より転載)