妊娠を告げたとき「結婚しようか」と言った彼。しばらくすると音信不通になった。
交際相手とその両親に中絶を迫られ、出産を諦めるしかなかった――。
思いがけない妊娠で追い詰められた6人の女性たちが、支援団体のサポートを受け、悩み抜いた末にそれぞれの決断をする物語を描いた漫画『小さないのちのドアを開けて』(いのちのことば社)が出版された。
物語はいずれも、一般社団法人「小さないのちのドア」(神戸市)に女性たちから寄せられた相談に基づいている。団体が設立から3周年となるのに合わせて制作された。
思いがけない妊娠をした女性たちが後悔することなく、前を向いてその後の人生を歩めるように。漫画は、女性が選び得るあらゆる可能性を一緒に探し、伴走する支援者たちの姿を伝えている。
突然、連絡が途絶えた
かなは高校卒業後、派遣社員として働きながら、夜は飲食店でアルバイトをかけ持ちしていた。ネットで知り合ったナオトと恋愛し、妊娠した。
「結婚しようか」
妊娠を伝えるとナオトからそう告げられ、かなは職場を退職した。
妊娠8カ月。お腹が大きくなったためバイトに行けなくなり、かなの生活は一層厳しくなる。
ある日突然、ナオトのSNSのアカウントがなくなった。
他の連絡先は知らず、住んでいる場所も分からない。何日経ってもナオトがかなのもとを訪ねてくることはなく、連絡は途絶えた。
母子家庭で育ったかな。母親は唯一の家族だったが、かなが幼い頃から母は恋人をつくっては家に連れ込むことを繰り返し、かなにとって家は安心できる場所ではなかった。高校卒業とともに実家を出ていたため、頼れる人はいない。
<妊娠 未婚 相談>
ネットでそう検索すると、「小さないのちのドア」を見つけた。
「勇気を出して相談してくれてありがとう」
代表理事で助産師の永原郁子さんは、訪ねてきたかなを迎えた。
「産みたいんです...産んで自分で育てたいんです」
かなが気持ちを伝えると、永原さんは「力を合わせて一緒に産みましょう」と励ました。
家賃が払えなくなったかなに、スタッフの家族が使っていない家を貸してくれた。出産後の勤務先も見つけてくれた。
かなは、小さないのちのドアに併設し、永原さんが院長を務める助産院で男児を出産した。
「いつでも帰っておいでね」
永原さんは、出産からしばらくして退院するかなにそう伝え、見送った。
自立の道を一緒に探す
永原さんによると、「妊娠を伝えた直後は男性が『結婚しよう』『責任とる』と言っていたのに、その後音信不通になったり、中絶を求めるように態度が変わったりするケースはたくさんあります」という。
パートナーがおらず、家族の協力も得られないまま、ひとりで子どもを育てることができるのか――。育てたい気持ちと、育てることへの不安との間で葛藤する女性は多いという。
「育てることが困難な状況でも、女性が『産む』という選択ができるために利用できる支援の情報が少なすぎると感じています。育てると決めた場合、女性が自立できる道を一緒に探していきます」(永原さん)
役所に同行して母子手帳を取得したり、出産後の就職先の確保を手伝ったり。住む場所がない時は、併設する施設「マタニティホーム Musubi」で一時生活し、自立するまでサポートを受けることができる。
36人が特別養子縁組を選んだ
漫画では、かなのように「産み、育てる」選択以外の道を歩んだ女性たちの体験も紹介している。
13歳で妊娠した少女は、当初は「自分で育てたい」と考えていたが、生まれてくる子どもの幸せを優先したいと思い直し、赤ちゃんを特別養子縁組に託した。
夫からの性的DVで妊娠と中絶を繰り返していた女性は、新たに妊娠がわかってからも受診費を負担できず、病院にかかれずにいた。陣痛がきて初めて小さないのちのドアに助けを求め、生まれた子は乳児院で保護された。
出産後に女性が自ら育てるのか。特別養子縁組をするのか。
小さないのちのドアは、女性の希望を尊重し、望みがかなうよう手助けをする。
「『産むのはあなたしかできないけど、育てることは他の人に託すことができる』と伝えると、女性からは『特別養子縁組するくらいなら中絶した方が良い』という反応が返ってくることがあります。ですが特別養子縁組は決して否定的なものではなく、子どもが幸せになるための一つの方法です。そう説明すると、『産むことで命を大切にする、という責任を果たしたらいいんだな』と考えが変わり、その道を歩む人も多くいます」(永原さん)
小さないのちのドアへの相談を通じて特別養子縁組を選択した女性は、3年間で36人に上るという。
中絶で「自分の一部がなくなったよう」
様々な事情で中絶をした後、罪悪感や自責の念に苦しむ女性からの訴えが届くこともある。
高校卒業後、就職が決まっていた18歳のはる。妊娠したことを彼に告げると、「結婚する」と約束した。
だが相手の両親にあいさつに行くと彼の態度は一変し、両親とともにはるに中絶を迫った。産みたい意思を伝えても、彼の親は「それは非常識だ」と聞き入れなかった。
はるは幼い頃に母を亡くし、父と二人暮らしをしていた。父に迷惑をかけたくなく、はるは中絶を決めた。
「自分の一部がなくなってしまったようで…空っぽなんです」
泣いて電話をかけてきたはるに、小さないのちのドアのスタッフは「『苦しい』とSOSを出すことができる力があるということは、前を向く力、幸せをつかむ力がはるさんの中にあるからだと思います」と言った。
「はるさんが泣いているのを…きっと赤ちゃんが心配して見てますよ」
はるは、出産予定日が近づいたときなど、気持ちが不安定になるたびに相談を続けた。味方が誰もいない中でも苦しさを受け止めてもらったことで、前を向けるようになったという。
はるのように、本人が望んでいなくても、孤立無援で中絶をせざるを得ない状況に追い込まれるケースも目立つと永原さんは指摘する。
「実家の家族も中絶を迫り、女性を擁護し助けてくれる人が誰もいないということはよくあります。中高生の妊娠の場合だと特に多いです。『産む状況でなければ中絶した方が良い』という考えは社会に浸透しています。中絶すれば職場も学校生活も変わらずにいられ、元の日常に戻れるように周りからは見えるかもしれません。ですが中絶をした本人の心には、底知れない痛みが残り続けることもあると知ってほしいです」
遺棄事件は「確実に防げる」
小さないのちのドアは、電話やメール、LINE、来所で24時間相談を受け付けている。2018年9月の開設から3年間で、延べ2万件以上の相談が寄せられた。
このうち陣痛が始まってからの緊急の相談は10件、出産直後の相談は3人。妊娠後期で、病院に一度もかかっていない妊婦は137人いた。
妊娠を誰にも言えないまま孤立出産をして、赤ちゃんを遺棄し、女性だけが罪に問われる事件が後を絶たない。
永原さんは、新生児遺棄事件は「女性がいつでも相談できる仕組みが社会にあれば、確実に防ぐことができること」と強調する。
「妊娠SOSの相談窓口は全国にありますが、24時間対応しているところはほとんどありません。若い世代の生活スタイルを考えると、忙しい日中に相談するのは困難です。女性が不安になった時にいつでも相談でき、泊まるところがない場合には安心して生活できる場所を提供してくれる。相談のハードルを下げ、ワンストップで生活支援を受けられる施設が必要です」
コロナ禍で相談急増、10代多く
思いがけない妊娠で孤立する女性たちの中には、虐待家庭で育ったりDVを受けたりして、出産後も頼れる存在がいない人もいる。永原さんは、小さないのちのドアがそうした女性たちにとって、困ったときに戻ることができる居場所となるよう願っているという。
「妊娠や出産は誰かの助けがなければ、一人で乗り越えることはとても難しい。その時に温かい言葉をかけられケアしてもらうことで、抱えてきた傷を癒し、自分を否定する感情を払拭できるほどの経験にもなり得ると感じています。自分は大切な存在で、自分の人生は自分で決めていいんだということ。その選択を認められ、周囲から応援され、社会に送り出してもらう。そういう経験が、力いっぱい踏み出して生きていくための力になると思います」
新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2020年度の相談件数は急増し、現在も依然として多い状況が続いている。休校やアルバイト先の休業といった環境の変化などが背景にあるという。
小さないのちのドアの統計によると、新規の相談は2018年〜19年は10〜30件ほどだったのが、2020年4月以降は大幅に増加し、90〜300件ほどになった。
特に10代からの妊娠相談が増加し、2020年は10代が35.3%に上った。
永原さんは「相談するのが早いほど、その後の選択の幅も増えます。周りに知られたくないようであればその方法を一緒に考えます。妊娠して誰にも言えない、誰にも頼れないときは、いつでも相談ができる場所があるんだと知ってほしいです」と呼びかけている。
<小さないのちのドア>
電話:078-743-2403
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住所:兵庫県神戸市北区ひよどり台2-30-7
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)