中国・習近平指導部の一挙手一投足に、チャイナ・ウォッチャー(中国観測者)たちが繊細な注意を払っている。
習近平指導部が、IT企業や芸能界、それに学習塾など複数の業界で締め付けを急速に強化している。中には「富裕層叩き」とみられる動きもある。
一つ一つの動きはバラバラに見える。しかし背景には戦略的な狙いがあるのではないか。「アメリカの野蛮かつ凶暴な攻撃に備えるためだ」などとする過激な文章が中国メディアに躍るなどもあり、様々な憶測を呼んでいる。これに対し、中国政治の専門家は「世論誘導」という狙いがあると見るが、副作用も生まれそうだ。
■富裕層を叩き、習近平おじいさんが登場
まず、中国で起きた規制の数々を簡単に振り返っておきたい。
発端とみられるのは中国のIT企業を代表する存在の一つ、アリババグループだった。傘下・アントの香港上場が寸前で中止になると、2021年4月には独占禁止法違反を名目に3000億円を超える罰金が科された。同じくIT大手のテンセントなどにも規制の手は及んだ。
8月17日、習近平国家主席が「共同富裕(共に豊かになる)」という概念を提唱すると、これらのIT企業はすかさず巨額の支出を表明した。
また配車サービス最大手・滴滴(ディディ)はニューヨークでの上場後、保有する移動情報などのデータが海外に漏洩するなどの疑惑が持たれ、当局の調査を受けることになった。
続いては芸能界だ。人気俳優の鄭爽(てい・そう)さんは脱税の疑いで約51億円の罰金が科されると、趙薇(ヴィッキー・チャオ)さんは理由もはっきりしないままにネット上から作品が消された。
消費者側にも制限が加わった。「推し(応援対象)」にお金を使う「ファン経済」が規制され、芸能人の人気ランキングが禁止されたほか、日本でも見られた「投票権」を買わせる行為などもNGとされた。
教育分野では、家庭の教育負担などを軽減すると銘打った「双減」政策が打ち出された。しかしこの政策には、学習塾をすべて非営利化するという内容などが盛り込まれていて、教育ビジネスは破壊的な打撃を受けた。オンラインゲームも標的となり、国営経済紙で「精神的アヘン」と批判された後、未成年は週末の決められた時間しかプレイできないという規制が設けられた。
思想面でも統制が進む。全国の小学生から大学院生まで「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が必修化された。授業は9月から始まっていて、小学生向けの教科には「習近平おじいさん」と指導者に親しみを持たせるような記述が並んでいる。
■専門家はどう見る?
一見すると、規制の標的とされた業界はバラバラだ。しかし中国政治が専門の学習院大学の江藤名保子教授は「世論誘導」という狙いが通底していると指摘する。
「二つの特徴があると考えています。一つは『社会がより良い方向に向かっている』と世論を誘導するメッセージが盛り込まれていること。もう一つは、『中国が非常に良くなっていることを外国は理解していない』というもので、排外的な傾向が強まっています」
これまでにも規制の背景には様々な指摘がされてきた。例えば少子高齢化対策。学歴競争の激しい中国では家庭の教育コストが増大していて、それが「産み控え」の一因だと言われてきた。教育ビジネス規制はここに符合する。
IT大手や芸能人を叩いたのは、貧富の格差是正に対する当局の姿勢を見せたという観測もある。
「子どもを3人まで許すとした時に(『教育費負担が高すぎる』など)不満が出ていました。その不満を逸らすという意味合いもあったでしょう。富裕層を叩いて一般の人たちの不満を和らげる効果も見込んでいると思われます。もっと言えば、外交政策と関連して『アメリカよりも良い社会になっている』ということも織り込みたいのではないでしょうか。(一連の規制は)複合的な意味合いで、戦略的に打ち出されていると思います」
実は、この規制ラッシュを解説した中国側の文章がある。いわゆる「李光満論考」だ。中国の著名ブロガー・李光満氏が一連の規制などの意義を説いた文章で、これが人民日報や解放軍報など、権威あるメディアの電子版に次々と転載されたのだ。
内容は過激だ。「この深刻な変革は中国共産党の初心への回帰であり、社会主義の本質への回帰だ」とし、その目的を米中対立に求める。かつての米ソ冷戦ではソ連が崩壊したことに触れ「若い世代が力強さや男らしさを失えば、敵と戦うより先に我々が倒れる」「この変革はアメリカの野蛮かつ凶暴な攻撃に備えるためだ」と訴える。
この文章について、江藤さんはこう分析する。
「本来であれば主要メディアが一斉に発信するようなものではないと思います。(政権の)方針に基本的に合致しているということと、出してみて世論の反応を窺ったのではという印象です」
文章はその後、タカ派な言説で知られる環球時報(人民日報系)の胡錫進・編集長から「国の方針と乖離している」と批判される。胡氏は本来であれば「身内」。異例の批判だった。
「どの程度の反論が出てくるかを見て、しばらくして(胡錫進氏らが)否定に回っています。『やはり急進的すぎた』という受け取り方が(政権内で)されているのだと思います」
■最も心配な副作用は
今回の騒動を「文化大革命」の再来と捉える声もメディアなどから聞こえてきた。文化大革命といえば、大躍進政策で大量の餓死者などを出し、国家主席の座を追われた毛沢東が発動した政治キャンペーンだ。社会階層ごとに分断を煽り、暴力などにより多数の死者が生まれた。
江藤さんは、今回の習近平政権による規制は「文革とはいえない」という立場をとる。
「毛沢東の時代は国内だけを見ていて、劉少奇とその一派を押しのけることが最大の目標でした。しかし習近平は、自身が権力を握りつつ、アメリカとの競争に勝つことも目標としています。それが自身の権力を確定させることにつながりますから、表裏一体なのです。そのために、国内向けには『挙国一致』という言葉を使いますが、対立が表面化しない方がいいというプラグマティック(実利的)な判断が働いています」
一方で、文革と似通う部分も出てくる。
「カリスマ的なリーダーとして自身を位置づけるとか、あるいはメディアや芸能を通じて人々の認識に働きかける。さらに若者への習近平思想の打ち込みも毛沢東のとった手法と似ています。文革的な効果というのもおそらく副作用的に現れるでしょう。それを恐れた中国社会の中から『文革の再来なのか』という声が出ることは非常に健全なことだと思います」
今回の一連の規制が副作用を伴うことは明らかだ。例えば教育改革では、突如学習塾が非営利化されたため、教育関連ビジネスには大きな打撃となった。学習塾大手がリストラを発表するなど、多くの雇用が失われる見込みだ。
「教育関連の失業者に関しては、改革を非常に重視していることから『仕方のないこと』程度の捉え方ではないでしょうか。ほかにも、社会が委縮することでイノベーションが起きにくくなる可能性もあるでしょう」
一方で、江藤さんが「最も心配」だという副作用は別の点にある。
「今ですら、中国の若年層の人たちは国際社会に対する認識が私たちとは違っていると感じることがあります。そうした対外的な誤認識に加え、習近平思想がボトムラインとして組み込まれてしまうのは非常に懸念すべきではないでしょうか」
学校教育で段階的に習近平思想を習ったところで、全ての人が感化されるとは限らない。一方で、中国共産党は思想面でも漏れが出ないように対策をしていると江藤さんは分析する。
「共産党は『複合的な傘』で人々をコントロールしようとしています。『社会主義』という1つの傘ではコントロールできる時代ではなく、例えば学校教育を受ける年代層に加え、起業家や知識人、党外人士(共産党に所属しない人たち)や宗教関係者。
誰かしらが必ず、どこかの『傘』に入って世論誘導の影響を受ける形で社会統制を進めています。これまで中国では、40代以上の人たちなどは、表に出さないまでも、政権に疑問を持つ部分がありました。しかし30代以下の人たちは、もしかすると政権に対する信用・信頼が非常に高くなることがあり得ると思います」