新型コロナウイルスの発生源をめぐり、2021年2月まで実施されたWHO(世界保健機関)専門家チームの調査結果を支持したことから「アメリカに脅迫された」などとスイスの生物学者が打ち明ける文章が、中国メディアなどに次々と登場した。
この学者は起源論争が「政治化されている」と中国側の主張に沿った内容を展開している。一方でスイスの駐中国大使館はこの学者は存在せず、「実在するなら是非お会いしたいです!」とユーモアを交えて抗議している。
■スイス大使館「存在しない」
問題となっているのは、スイス・ベルンの生物学者「ウィルソン・エドワーズ」氏。7月下旬ごろから中国メディアなどに登場し始めたとみられる。
それらの文章によると、エドワーズ氏はSNSで新型コロナの起源調査に巡る内情を「暴露」。中国湖北省・武漢市にあるウイルス研究所から漏れ出た可能性は「極めて低い」などとするWHO調査結果を支持した人たちが、「アメリカやあるメディアからの圧力や脅迫に遭った」などとする。
さらに、新型コロナの起源をめぐる論争が「政治化」され、「科学的で独立した判断」ができなくなる可能性を危惧する。
そして、アメリカが圧力をかける目的は「アメリカとその盟友の専門家を第2弾調査のリストに組み入れることにある」と指摘した。
こうした主張は中国政府の従来の見解と合致するものだ。中国政府はこれまで、研究所漏洩説を「でっち上げ」と批判した上で、アメリカについては「自身の防疫対策が及ばなかったのを、他国になすりつける政治化を行なっている」などとしている。
ただ問題は、この学者の存在自体が否定されてしまったことだ。
スイスの駐中国大使館は8月10日、Twiiterや中国のSNS・ウェイボーで、「ウィルソン・エドワーズ」というスイス国民は「存在しない」とする声明を発表した。
声明の全訳は以下の通りだ。
ここ数日の間、多くのメディアがいわゆるスイスの生物学者に関するニュースを掲載しています。我々の国への注目に感謝いたします。しかしスイス駐中国大使館としては誠に残念ながら、これは誤ったニュースだと指摘せざるを得ません。
1.スイスには「ウィルソン・エドワーズ」という名前の国民は一人として登記されていません。
2.生物学の世界に、この名前が署名された学術文章は存在しません。
3.この文章が投稿されたフェイスブックアカウントは7月24日に開設されたばかりで、今に至るまで投稿は1件のみ、「友達」も3人だけです。ソーシャルネットワーキングのために開設されたものではないとみられます。
メディアやネットユーザーの皆様は気づかずに記事を拡散してしまったかもしれません。即刻削除のうえ、訂正を掲載していただけますようお願いいたします。
さらにTwitterでは声明に加え、英語で「もし実在するなら是非お会いしたいです!」と皮肉を添えた。
この対応に中国のSNSには戸惑いの声も上がる。ウェイボーのスイス大使館の投稿には「こんなことで国際的な名声を得ないでくれ」「前にも似たようなことがあったような気がする」などのコメントが寄せられている。
WHOのテドロス事務局長は7月、武漢で2度目の調査を実施することを提案した。中国側は難色を示している。