BTSもすでに注目、K-POPのさらなる快進撃のカギを握る「IPビジネス」 リアルとバーチャルをつなぐ「メタバース」

今や世界的トレンドを牽引するK-POP。熱狂するファンの気持ちを離さないポイントは「IP(知的財産)ビジネス」にあった━━。K-POPや韓国カルチャーの分析に定評のある田中絵里菜さんによる最新レポートです。
今年5月に発表した「Butter」に続いて、7月に全世界同時公開した新曲「Permission to Dance」が米ビルボードのメインシングルチャート「ホット100」に3週連続トップ10入りするなど、破竹の勢いを見せるBTS。
今年5月に発表した「Butter」に続いて、7月に全世界同時公開した新曲「Permission to Dance」が米ビルボードのメインシングルチャート「ホット100」に3週連続トップ10入りするなど、破竹の勢いを見せるBTS。
The Chosunilbo JNS via Getty Images

リアルとバーチャルをつなぐ「メタバース」

世界中で人気が勢いを増しているK-POP。日本のファンにとっては距離の近さが一つの魅力であったが、コロナ禍で往来が不可能になってもダメージを感じさせないコンテンツ量の多さと、オンラインイベントを即座に開始するフットワークの軽さなどが功を奏している。

常に最新トレンドを追い求めてきたK-POP業界だが、最近はバーチャル空間と現実世界がリンクするコンテンツが目立つようになってきた。 

AR(拡張現実)やVR(仮想現実) 技術を駆使したオンラインライブが開催されたり、バーチャル空間上でファンとアーティストがコミュニケーションを取ったりと、一種の「メタバース」を感じることが増えていった。

「メタバース」とは超越や仮想を意味する「メタ(Meta)」と現実の世界を意味する「ユニバース(Universe)」の合成語で、現実を超越した仮想の世界を指す。昨年は米エピックゲームズが配信している「フォートナイト(Fortnite)」のゲーム空間で、アメリカの人気ラッパーであるトラヴィス・スコットがライブを開催したり、任天堂のゲーム「あつまれ どうぶつの森」(通称:あつ森)では人気ブランドの洋服が「あつ森」上のアイテムとして登場したり、実在の美術館が参加したりと、現実の存在に別次元でも出会う機会が増えたのではないだろうか。こういった展開において鍵となるのが「IP(知的財産)ビジネス」である。

 

アーティスト独自の世界観が生み出すキャラクターたち

K-POPとIPビジネスといえば、真っ先にBTSがLINE FRIENDSと誕生させたキャラクターIP「BT21」が思い浮かぶ。

BTSとLINE FRIENDSのコラボから生まれた「BT21」。メンバーは、初期スケッチデザインと各キャラクターの性格や世界観の設定にも参加している。
BTSとLINE FRIENDSのコラボから生まれた「BT21」。メンバーは、初期スケッチデザインと各キャラクターの性格や世界観の設定にも参加している。
LINE FRIENDS 公式オンラインストア

これは2017年、メンバーが初期スケッチデザインと各キャラクターの性格や世界観を設定する作業に参加して生まれたものである。このBT21はLINEを通して230カ国に公開されており、BTSのキャラクターとは知らずにLINEスタンプのキャラクターとして愛用してきた人も多いかもしれない。BT21は、現在のTwitter公式アカウントのフォロワー数が約1013万人、YouTubeチャンネルの登録者数が約453万人と、キャラクター自体が大きな人気を保持している。2018年、原宿のLINE FRIENDSストアにBT21が日本初上陸した際に生まれた大行列も記憶に新しい。

BT21は、BTSメンバーの個性や特徴から派生しつつも、キャラクターが独自の世界観を持っている。YouTubeではキャラクター自身のこれまでの人生が分かるストーリー映像や、実在する人間のように「モクパン」(食事の様子を流す動画。韓国で人気のあるジャンル)のASMR動画(高音質で録音した音声と映像を合わせて楽しむ動画)やストリートライブをしている映像などを配信しており、キャラクター自身がBTSとは関係のないところでタレントとして活動しているような状態である。

こうしたキャラクターIPは他にも広がりを見せている。韓国の女性アイドルグループITZYはLINE FRIENDSとコラボとしてWDZYというキャラクターを、ボーイズグループTREASUREもTRUZというキャラクターをそれぞれ発表している。LINEと同様に韓国でメッセージアプリとしてよく使用されているカカオトークのキャラクター「カカオフレンズ」は、TWICEや韓国の人気歌手カン・ダニエルとコラボしてオリジナルキャラクターを発表している。

こうしたアーティスト派生のキャラクタービジネスは近年、一層顕著に見られる。BTSの所属する芸能プロダクションHYBE(ハイブ)は複数のレーベルを抱えるだけではなく、全てのアーティストとそこから派生するIPを利用して2次・3次ビジネスを創出する子会社も保有している。HYBEのIP関連事業は上に挙げたようなBT21などのグッズや企画商品(MD)販売、ポップアップストア、映像コンテンツ制作、ゲーム、教育、出版などに分けられる。全ての事業部門では、BTSなど所属芸能人の画像やキャラクターがソースとして使われている。

たとえば2019年に韓国のゲームサイト「ネットマーブル」と協業してBTSを育成できるモバイルゲーム「BTS WORLD」を製作したのに続き、昨年「BTS Universe Story」を発売した。「BTS Universe Story」はBTSのメンバーを元にキャラクターの衣装をカスタマイズしたり、BTSのメンバー達と一緒に写真を撮影できるARモードなどがあるゲームである。

さらに、BTSの世界観を物語として描いたNAVERウェブトゥーン(ウェブ漫画)『花様年華Pt.0<SAVE ME>』、小説『花様年華 THE NOTES』などがある。

K-POPでは、新人アーティストのデビュー時に、非常に緻密な世界観が設定され、そのイメージを踏襲した楽曲やパフォーマンスを展開していくのが特徴的だ。

これまでK-POPグループをIPとして認識することはなかったが、アーティスト独自の世界観を正しく理解・共有するために、音楽だけでなく、漫画や小説も用いられるようになった。

これはアーティストそのものに別のコンテンツにも昇華できるほどの作り込まれた世界観があるからこそ可能なのかもしれない。

このように漫画や小説、ゲームで世界観に没入した後、ファンはその世界観を実際に体験できるリアル空間としてポップアップストアに行くことができ、そこでは実際にBT21やTinyTAN(BT21とは違ってメンバー自身がモチーフになった3Dキャラクター)といったキャラクターグッズを購入できる。新曲を出して集中的にメディア活動する「カムバック期間」と、逆にアルバムを準備する間メディア露出が著しく減る「空白期間」と呼ばれるメリハリのある活動方式を選択しているK-POPの場合、本人達が稼働していない時期に、こうしたIPビジネスから派生したコンテンツがファンの気持ちをより強くつなぎ止めるだけではなく、アーティストへの没入感を高める一つの役割を担うことになるかもしれない。

また、先に述べたBT21のようなキャラクターだけではなく、アイドル本人をリアルな3Dアバター化したものも見られる。韓国の大手芸能プロダクション「YGエンターテインメント」の場合は昨年6月に、「NAVER Z」が運営するグローバルARアバターサービス「ZEPETO(ゼペット)」とのコラボレーションで、人気ガールズグループBLACKPINKのARアバターサービスを披露している。BLACKPINKとアメリカの女優セレーナ・ゴメスの3Dアバターによる「ICE CREAM」ダンスパフォーマンスMVもYouTubeで公開されており、この映像は公開から1年近く経過した現時点で1億ビューを突破している。他にもBLACKPINKのオンラインライブの際には、実際のデザインと同様のライブグッズやペンライトもZEPETO上のアイテムとして発売している他、昨年はBLACKPINKのバーチャルファンサイン会も行われた。同様にITZYも「Not Shy」のZEPETOバージョンMVを公開、TWICEも楽曲に合わせた衣装をZEPETO上でアイテムとして公開しているなど広がりを見せている。

「プロシューマー」による二次創作の影響力

アバターといえば、もう一つ興味深い出来事があった。昨年、BoAや東方神起、EXOといった数々の人気アーティストを送り出しているSMエンタテインメントからaespaというグループがデビューした。4人組ガールズグループかと思いきや、それぞれのメンバーにはae(アイ)と呼ばれるAIアバターが存在しており、アバターを含む8人組のガールズグループだということで、デビュー発表時から世間を騒がせた。

さらに、aespaの歌の歌詞には「KWANGYA(荒野)」という意味深な場所への言及がある。「KWANGYA(荒野)」と称される場所は、SM所属のアーティストの音楽や世界観が調和する架空の空間であり、それ自体を描くメタバースだと明らかにされている。この突如現れた「KWANGYA」は、後にaespaだけではなく、SMアーティストの楽曲の歌詞に度々登場するようになり、K-POPファンの間では「KWANGYAって一体何?」と一種のネットミームのように広がっていった。aespaデビュー前には、SMエンタテインメントのイ・スマン会長が、YouTubeで生中継された第1回世界文化産業フォーラムで、今後所属アーティストたちがお互いの世界観に繋がりを持ち、現実と仮想の境界なく全世界が文化に接続できる未来のエンターテインメントの世界「SM Culture Universe」の構想を発表していた。

また、これからはプロデューサーだけではなく、「プロシューマー」という、いわゆる自主的に創作し拡散を促す2次・3次の創作者たちに、より多くのIPを提供し、新しい未来のコンテンツを作成するために、プロシューマーの活動を支持していく予定だとも明らかにした。

「オリジナルコンテンツは、プロシューマーが再創造することができるRe-Creatable Contentsでなければならない」というイ・スマン会長の言葉からは、より一層「SM Culture Universe」というメタバースを通じたIPビジネスの拡大とコンテンツの共有が拡大していくことが予感された。

これまではあくまでファン文化としての派生コンテンツは存在していたものの、ファンはプロデューサーが作ったアイドルという文化コンテンツを一方的に享受するだけに留まっていた。しかし、これからはアーティスト側がファンを「プロシューマー」として公式に支援していくことによって、ファンとの双方向性が生まれるだけではなく、音楽に留まらず、映画、芸能、ドラマ、漫画、小説などが融合された新しいコンテンツの誕生に期待をかけている。

コロナ禍の影響により、アーティストとの直接的な触れ合いがなくなった中で、グローバルファンとのコミュニケーションの一つの形として、K-POPのIPビジネスの形が急速に拡大したように感じる。こうしたIPビジネスの拡大により、これまで以上にアーティストの領域が次元をも超えて多様化しただけではなく、ファンのコンテンツの享受の仕方にも変化が起きている。SMエンタテインメントの語る「プロシューマー」という参加型のファンの形が定着していけば、今後予測不可能な新しいコンテンツが生まれるのかもしれない。

こうしたK-POPアイドルの、IPビジネス領域でのコンテンツが加速度的に増えていく流れは興味深い。音楽の枠組みすら超え、文化芸術と技術はどのように融合していくのだろうか。「それぞれの国をライブを見るために行き来する」のではなく、もはや「仮想世界と現実世界を自由自在に行き来する」ことが可能になった現在、コンテンツ産業としてのK-POPはさらなる快進撃の局面に突入している。

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田中絵里菜(たなか・えりな)

1989年生まれ。日本でグラフィックデザイナーとして勤務したのち、K-POPのクリエイティブに感銘を受け、2015年に単身渡韓。最低限の日常会話だけ学び、すぐに韓国の雑誌社にてデザイン・編集担当として働き始める。並行して日本と韓国のメディアで、撮影コーディネートや執筆を始める。2020年に帰国してから、現在はフリーランスのデザイナーおよびライターとして活動。過去に『GINZA』『an·an』『Quick Japan』『ユリイカ』『TRANSIT』などで韓国カルチャーについてのコラムを執筆。韓国・日本に留まらず、現代のミレニアルズを惹きつけるクリエイティブやカルチャーについて制作・発信を続けている。著書に『K-POPはなぜ世界を熱くするのか』(朝日出版社)。 Instagram: @i.mannalo.you

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(2021年8月4日フォーサイトより転載)

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