「私たちも、チェンジメーカーになれますか?」変革者を育てる学校を創設した小林りんさんに聞いた

長野県軽井沢町に2014年に誕生した、社会を変革する若者を育成する学校「UWC ISAK」。ファウンダーの一人で代表理事の小林りんさんが語った「最初の一歩」の踏み出し方。

長野県軽井沢町に、2014年に誕生したユナイテッド・ワールド・カレッジ ISAKジャパン(以下UWC ISAK)という、一風変わった全寮制のインターナショナル高等学校がある。寄付を募って7割の生徒が返済不要の奨学金を受けるというシステムにより、途上国や内戦状態の国を含む世界80以上の国から、多様なバックグラウンドを持つ生徒たちに門戸を開いている。

それは、真に多様性のある環境に身を置くことが、日本を含む世界の子どもたちから「チェンジメーカー(変革者)」を生み出すという、代表理事小林りんさんらの信念に基づくものだ。

社会の様々な課題に接し、あるいは、社会を変えていく人々の活躍を目にして、「自分にも何かできないか…」と、誰でも一度は思ったことがあるのではないだろうか?

そこで、小林さんに聞いてみたいことがある。私たちも「チェンジメーカー」になれますか?

小林りんさん
小林りんさん
Zoom画面より

UWC ISAKが理念に掲げ、生徒たちに身に付けてもらいたいと考えているのは「自ら問いを立てる力」「多様性を生かす力」「困難に挑む力」の三つだという。

この中で、「チェンジメーカーになりたい」と考えた時、最初に私たちの前に立ちはだかるのは「問いを立てる力」ではないだろうか。何かしたい。でも一体、自分はどんな問題に取り組むべきなのか…?そう悩む人は多いだろう。

小林さんがまず最初に、と提案するのは、「小さな一歩を踏み出す」ということだ。

「大きなことでなくてもいい」

「小さな一歩を踏み出せ、小さな変化が自分に起こる。失敗しても、大したことなかったな、という学びが残るし、成功すれば、より大きな一歩を踏み出す勇気につながる。私はそれを繰り返してきました。それが今につながっている

小林さんが学校設立という大きな事業を成し遂げたことも、小さな一歩を積み重ねた経験の先に生まれているのだという。

軽井沢にあるUWC ISAKの校舎
軽井沢にあるUWC ISAKの校舎
UWC ISAK提供

小林さんにとって、最初の一歩となったのは高校時代の留学だった。都内の高校を中退。経団連からの全額奨学金を得てユナイテッド・ワールド・カレッジのカナダ校、ピアソン・カレッジに留学した。英語が話せない苦痛から、留学当初は日本に帰りたいとひたすら願っていた小林さんが、その後打ち込むことができたのがスペイン語の勉強。そして、夏休みの語学研修でメキシコの友人宅に滞在し、世界の貧富の格差を目の当たりにしたことが、原体験となった。

その時の小林さんは、自分が日本で恵まれた環境に生まれ育ち、留学までして学ぶことができた幸運を、自分だけのために使ってはいけないと痛烈に感じたという。

それまでも、ドキュメンタリーや本でみていたはずの世界が、自分の目の前に実際に広がった時、そこから得たインパクトは計り知れないものでした。たまたま生まれた国や家庭環境によって、人のチャンスの差がこんなにも大きくていいのだろうかと、憤怒に近いものを覚えました。少なくともチャンスだけは、誰もに等しく存在して欲しい、そんな世の中のためにいつか自分も貢献したい…そんな使命感を得た17歳の夏でした

高校生としては特別な体験。小林さんにとってはこの強烈な原体験が、その後の方向性を決める鍵となった。「問いを立てる」ためには、自分は何が得意で何に憤りを感じるのか、過去や現在の経験を振り返って自分と向き合い、自分の声に耳を傾けてみることが大切だという。

しかし、それでも見つからなかったら…?

「例えば企業で働いている人にとっても、今はボランティアや副業の選択肢が増えています。興味を持ったら気軽に一歩を踏み出せる時代ですから。途中で辞めたり、別の一歩を踏み出したりしても良いので、まずは小さくても良いから興味のある分野でアクションを取ってみこと何よりも重要だと思います」

 

小林さんが「苦手」なこと

小林さんは大学卒業後、モルガン・スタンレーやベンチャー企業などを経てスタンフォード大の大学院で教育学の修士号を取得。その後、国連児童基金(ユニセフ)のフィリピン事務所でプログラムオフィサーとして、ストリートチルドレンの教育支援に携わった。仕事自体はやりがいがあったが、貧困地域の子どもの支援だけでは根本的な解決が難しいこと、社会に変革を起こす人材が必要であることを感じるようになっていった。

そして、2007年の共同創立者の谷家衛氏との出会いを経て、ついに2008年、学校設立に向けて動き出すため帰国する。

しかし、開校までは困難の連続だった。開校に向け動き出した直後に発生したリーマンショックや、2011年の東日本大震災では、資金調達の計画が頓挫しかかった。その他にも、用地探し、インターナショナルスクールとして初めて日本の高等学校の認可をとるための困難など、様々な試練を乗り越える必要があった。

それでもいつか開校できると信じて開校に突き進むことができたのは、複数の強い原体験から、この学校が必要とされているという確信があり、そして、小林さん自身が一歩一歩を積み重ねてきたからだ。

その一方で、実際にチームを率いて学校設立という大きな事業を成し遂げる上で重要だったのは、「私が苦手なことだらけの人だった」こと、なのだという。一体どういうことなのだろうか?

「リーダーがビジョンを語り、共感してもらうというのは、大前提です。でも私はその先は、これができない、あれができない、困った困ったというのを恥ずかしげもなく白状してしまうタイプなんです(笑)。そうすると、弱い部分を補う本当に強い仲間が集まってきてくれたんですよ」

自分が不完全であると認識すること、それは、一歩踏み出す上で時に足かせとなることもあるだろう。しかし、小林さんはその発想を転換することを提案する。

自分の得意不得意を見極め、公言し、人を心から頼ること。そこから「苦手」を補完する仲間が集まり、結果的にはチームとして強くなる。そんな「弱いリーダーシップ」が結果的に功を奏した。小林さんはそう考えている。

「『この人は私がいなければダメだな』と思ってもらえる、弱さを認められる強さを持った人の方が、これからは強いチームを作れるようになると思います。ミッションに対する情熱の強さや細部のクオリティに対するこだわりや執念の強さは誰よりも持っているつもりですが、それ以外の私は、弱いところだらけですから(笑)

オリエンテーションをする小林りんさん
オリエンテーションをする小林りんさん
UWC ISAK提供

例えば、学校を設立する過程で、全体をみて同時にどんな作業が並行して進んでいなくてはならないか、あるいは未来を見据えて今からどんな先手を打っておかなくてはいけないか、そうした判断は得意でも、リサーチや許認可の申請書類など細かな部分は、「ほとんどできないに等しい」。この部分は、黎明期に出会った2人の女性が全て担ってくれたという。

また、現在でも、UWC ISAKの奨学金制度はそのほとんどが寄付で賄われている。小林さんは様々な人や組織を相手に理念を語り、寄付を呼びかける活動を続けてきた。しかし、その後の細かな事務作業は、極めて苦手な分野なのだという。ここは、長年にわたり支えてくれる3人の強力なチームメンバーによって支えられている。

弱さを認められる強さ。それが、今という時代に必要なリーダーシップなのかもしれない。

「今はSNSが発達し一人ひとりが発信者になれる、自分さえやる気になれば、誰もがチェンジメーカーになりうる時代です。会社でも政府のようなこれまでの伝統的な組織でもなくがアメーバ的に繋がる中、分野を問わず従来の組織が動かせなかったものを、個人が動かし始める時代になっているような気がしています」

スクラムを組めば、個人の力はより大きくなり、うねりは大きな変革になる。

「個の時代とは、個人がたった一人で闘う時代という意味では全くありません。個が価値観を共有する人と繋がり、必ずしも組織に頼らずに新しいものを紡ぎだしていく、それがこれからの変革の姿になっていくのではないでしょうか

一握りの「仲間」が支えになる

そしてもう一つ、大きかったのが「仲間」の存在だ。決して大勢の仲間でなくてもいい。価値観を共有できるわずかな「仲間」と関わりを保ち続けることが、支えになるのではないかと小林さんは話す。

「私は転職を繰り返す度に、『それいいね』と言ってくれる人がどんどん減っていって、ついに学校を作ると言った時には『ちょっと、大丈夫?』と言う人の方が大多数でした(笑)。私は楽観的な方とはいえ自分の自己肯定感にも限界を感じ始めていた時でした。でも、20年来の付き合いである私を本当に理解してくれていた一握りの友達が、『本当にりんらしい』と言って応援してくれたんです

開校後も「決して完璧ではない、まだまだ60〜70点というUWC ISAK。特に、2020年以降は、他の様々な学校と同じく新型コロナウイルスによるパンデミックの影響に翻弄されている。世界から集まってくるはずの留学生のビザ取得は特に困難で、来年度の生徒たちが無事に入国できるのか、その見通しもまだつかないままという難しい状況にある。

その中でもう一つの支えが「生徒」の存在だ。

何故自分はこんなことを背負っているのだろう、もっと楽な生き方を選べないのはなぜなんだろう、と自分を呪うこと2〜3年に一回はあります。でも、開校して始まってしまってからはやはり『生徒』の存在が大きい。目の前に、人生が変わっていく人たちがいるというのは何にも替え難いこと。それをやるのは自分しかいないという勝手に背負い込んだ使命感。それが、一番辛い時に支えになっています。そして、今はその使命を一緒に背負ってくれているたくさんの『仲間』がいることも

生徒たち
生徒たち
UWC ISAK提供

今年、UWC ISAKの1期生が、大学を卒業してそれぞれの道に羽ばたく時期を迎え、再び語り合う機会を持つことができた。そして、彼らにもまた「仲間」が生まれていた。

「この学校が『成功』したか、分かるのはまだこれから先の話。卒業生がどれだけ変革を起こしてくれるかがリトマス紙であり試金石になります。その意味では、多様な進路を自分で開拓してくれているのが何より嬉しいです。そして、UWC ISAK時代同級生の挑戦を見て励まされると言ってくれたのも嬉しかった一握りでいいから、自分を本当に理解して応援してくれる仲間がいること、それがにも代えがたい宝だと思います

小林りんさんプロフィール

ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事

1974年東京都生まれ。高校時代にカナダの全寮制インターナショナルスクールに留学。東京大学経済学部で開発経済を学ぶ。ベンチャー企業などを経て2003年、国際協力銀行へ。2005年スタンフォード大教育学部修士課程修了。ユニセフのプログラムオフィサーとしてフィリピンに駐在。2009年4月から現職。ダボス会議の40歳以下のメンバーである世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー2012」に選出。

(執筆:相部匡佑、小宮山俊太郎、向山淳 編集:泉谷由梨子)

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