「お前がどうせ蹴ったんだろ」
「本当に日本語しゃべれねえのか」
東京都内のムスリムの40代女性と3歳の長女に対し、警視庁の警察官が違法で不当な聴取をしたとして、女性の代理人弁護士らが謝罪と警察官の処分を求めている。
女性側は、同意していないのに氏名や住所などの個人情報を他人に漏らされたと主張。さらに、長女は警察署内で一時母親と引き離され、個室で複数の警察官による聴取を受けたことなどから、心的外傷の症状を訴えているという。
どんな事案だったのか
女性側が東京都公安委員会に提出した苦情届出書などによると、事案が発生したのは6月1日。女性はヒジャブを着用し、長女と2人で都内の公園を訪れていた。
女性は南アジア出身で、10年前に来日した。
長女が滑り台で遊び、女性がそばのベンチでその様子を見ていたところ、近くにいた男性が、女性と長女に対して「息子が(長女に)蹴られた」として抗議した。
女性は長女から目を離さず見ており、長女は蹴っていないと主張した。だが男性から「外人」「在留カード出せ」などと詰め寄られたという。その後、現場には警視庁の警察署の警察官6人が駆けつけた。
女性は日本語でのコミュニケーションがほとんどできず、仲裁に入った30代男性が英語で通訳をした。
この男性は、一人の警察官が女性の長女に対し「お前がどうせ蹴ったんだろ」「お前が蹴ったからこんなことになってるんだろ」「本当に日本語しゃべれねえのか」などと問いただしていたと証言する。
男性は、「警察官が女の子をにらみつける様子で、あからさまに威圧していたことにびっくりしました。(トラブルの)相手の男性が『外人生きている価値ない』『ゴミクズ』などの差別発言を女性たちに浴びせ続けましたが、警察官たちは制止しませんでした」と振り返る。
公園での聞き取りは約2時間にわたり続いた。女性は帰宅したい意思を伝えたが認められず、警察署への同行を求められ、断れずに同行したという。
女児ひとりを個室で聴取、おむつ換えも認めず
事情聴取の際、女性の母国語の通訳は用意されず、署側が手配した電話による英語通訳者を介して行われた。
苦情申出書によると、女性は長女から目を離していないこと、長女が男児を蹴っていないことを一貫して主張したが、それでも帰宅を許されなかった。
署では一時、女性を退室させ、長女ひとりに対して複数の警察官が聴取をした。女性は、部屋の中で長女が叫ぶように泣く声を聞いたという。長女はその後、小児専門の精神科医から、心的外傷(トラウマ)体験による不眠との診断を受けている。
弁護団によると、女性がトイレに行くことや、長女のおむつを換えたいという要求は、いずれも認められなかった。トラブルとなった男性に連絡先の電話番号を伝えることに同意するまで解放されず、母子は警察署で約2時間半にわたり聴取を受けたという。
さらに女性は、同意していないのに、担当の警察官が女性の氏名や住所などの個人情報を相手の男性に伝えたと訴えている。
女性は、ハフポスト日本版の取材に「警察官は私たち親子を犯罪者のように扱いました。人生で最悪の経験で、非人道的な対応でした。心の平穏が奪われ、住所などを漏らされたことで強い不安を感じています」と述べた。
また、長女の健康状態について、女性は「娘は聴取を受けた日から、とても怖がるようになり、気分の落ち込みと不安感に苦しんでいます」と明かす。
弁護団メンバーの中島広勝弁護士は「アジア出身の外国人であることや、イスラム教徒であること、さらに子ども連れの女性という社会的弱者といわれる要素が合わさり、尊厳を軽んじる対応がされたのではないか」と指摘する。
警視庁「回答を差し控える」
署側は、女性の訴えをどう受け止めているのか。
女性の代理人の西山温子弁護士によると、担当した警察官は、署への同行、女性から長女を引き離して個別で聴取をしたこと、女性の個人情報をトラブルの相手に伝えたことを全て認めた上で、いずれも「女性の同意があった」と説明しているという。
これに対し、西山弁護士は「差別的で敵対的な態度で、自分を危険にさらした人に、重要な個人情報を握られることがどれだけ恐ろしいことか。女性が(トラブル相手の男性に)個人情報を開示する利益はどう考えても全くない。女性の真意に基づく同意があったという警察官の主張がいかに不自然かは明らか」と反論する。
女性の個人情報を第三者に提供した理由について、署側はトラブルの相手が民事訴訟の手続きを希望していたためと述べているという。
『警察職員の職務倫理及び服務に関する規則』で、警察職員は、正当な理由なく、職務上知り得た個人情報を漏らしてはならないと定められている。東京都の条例でも、個人情報の目的外提供は制限されている。弁護団はこのほか、地方公務員法の守秘義務にも違反している可能性があると指摘する。
ハフポスト日本版は、警視庁に対し、女児に対する警察官の暴言や、トイレの使用を許可しなかったこと、同意を得ずに個人情報を他者に提供したことなどについて見解を尋ねた。
警視庁は、「個別具体の案件については回答を差し控えさせていただきます」として一切回答しなかった。女性への聴取が違法だったとの認識があるかについての見解も求めたが、答えなかった。
苦情申出書によると、この警察署は、「娘に対する女性の監護が不十分」だとして児童相談所に通告した。このため弁護団は、児相への通告の撤回も署に求めている。
苦情申出は受理されると、都公安委が警視庁に対し、事実関係の調査を指示する。その後、警視庁による調査と結果を踏まえた措置が行われる。調査が不十分だと認められる場合、都公安委は再調査や是正措置などの指示をする。
(國崎万智@machiruda/ハフポスト日本版)