「女性理事の比率を40%にする」
スポーツ庁が策定した競技団体向けの運営方針『ガバナンスコード』で、 早期達成が求められている数値目標だ。この2021年6月、コード策定後初めて、多くの競技団体が役員改選を迎えた。
オリパラ組織委員会長だった森喜朗氏の女性蔑視発言は、女性が圧倒的少数の場で起きた出来事だった。
この騒動を踏まえると、各団体の達成状況や努力は、ジェンダー平等に取り組むスポーツ界の『本気度』を図る指標にもなる。
そこでハフポストは、改選を迎えた23の五輪競技団体と日本オリンピック委員会(JOC)に、女性理事数と比率とコメントを求めた。
回答があった11団体全てで数・比率ともに増加したが、『40%』達成はテコンドーとラグビーの2団体のみ。森会長発言の影響について尋ねると、回答した全ての団体が「影響はなかった」と答えた。
スポーツとジェンダーを研究する中京大学の來田享子教授は、理事数と比率の増加を評価しつつ「どう上げたのか内実を見ないといけない」と指摘する。
11団体の改選前後の女性理事数と比率は、図の通り。(比率は小数点第一位を四捨五入)
この他、調査への回答はなかったが、電話取材や公式サイトなどで確認できた団体の数と比率は次の通り。トライアスロンは「40%」を達成している。
アーチェリー:3人(16%)⇒ 6人(33%)
トライアスロン:8人(27%)⇒ 12人(40%)
近代五種:1人(5%)⇒ 1人(6%)
ライフル射撃:5人(19%) ⇒ 8人(30%)
達成できた理由、できなかった理由は?
スポーツ庁の「ガバナンスコード」は、健全な組織運営に必要な多様性確保のため、「女性理事40%」「外部理事25%」という数値目標が掲げられている。
アンケート調査では、女性理事の比率目標を達成できた・できなかった理由やそのための取り組み、障壁となっていることなどを尋ねた。
「40%」を達成した日本ラグビーフットボール協会は、「役員等候補者に関する規程」を制定して「多様性の確保を進める検討をした」と説明。
理事会から独立して設置した候補者選考委員会に「外部を含めた有識者を配置するなど選考方法を工夫し、目標を達成できた」と話している。選考委員に女性を2人以上含むことも明記した。
全日本テコンドー協会は「ふさわしい人材に積極的に声かけをした」と説明している。
一方で、「40%」に届かなかった団体はどうか。
日本体操協会は「男女だけではなく適任者の選定を目指しているため、現状36%とという形になった」と説明。
全日本野球協会は「野球全体の普及振興においても女子選手、女性の役割は大変重要だと考えています」と述べ、次々回の2025年改選での達成を目指す考えを示した。
日本カヌー連盟は、理事の選出方法そのものが40%達成を困難にしていると回答。
全国6地域から1人づつ選ばれる「ブロック理事」が、男性ばかりが推薦される仕組みになっているとして、「次回の改選時まで選出に関して改革を行う予定」と説明している。
日本陸上競技連盟は、もともと一桁だった女性理事比率を「極めて低かった」と反省。改選後も10%台にとどまっているが、改善策として各分野から推薦される女性理事の最低人数を定款で定め、「次回2023年度の改選後は必ず女性理事の割合が40%(30人中12人)以上となることが決まっている」という。
森会長の女性蔑視発言の影響は?
各団体には、森会長の女性蔑視発言や、組織委のジェンダー平等推進が改選に与えた影響も質問。回答した団体はいずれも「影響はなかった」と答えた。
ある競技団体は、組織委が理事定数の増員によって「40%」を達成したことについて「体裁をただ整えたに過ぎない。事業遂行に適切な理事数の中で、女性の比率を上げていくのでなければ、本来的な解決にはつながらない」と指摘した。
別の団体は「(ジェンダー平等が進んでいない)日本の風潮が現象として表面化したことは事実」 などと受け止めた。
専門家は「理事になる女性が少ないのは、競技の脆弱さ」
日本スポーツとジェンダー学会の会長を務める中京大学の來田享子教授は、回答があった全競技団体で女性理事数と比率が向上したことを「とてもポジティブに評価している」と語る。
一方で「ただ数だけ揃っていればいいというわけではない。どう上げたのか内実を見ないといけない」と付け加える。
内実を見るとはどういうことか。
來田教授によると、ある競技団体の関係者が、女性の比率を増やすために「外部理事を全部女性にすればいいのではないか」と言ったことがあったという。
その場にいた來田教授は「あなたたちの競技の未来を考えてくれる女性が、全くその競技を知らない人ばかりで、本当に競技の未来は開けますか」と聞き返した上で、こう伝えた。
「この競技をよく知り、理事になってくれる女性が少ないという状況は、その競技の脆弱さを表していると受け止める必要がある。どうすれば女性たちの参加が増え、女性たちのリーダーシップを育てることができるのか。選手を育てるようにやっていかないと、持続可能な組織にはなっていかない」
來田教授は、競技に携わる理事と外部理事、それぞれ男女半数程度であることが「多様性が確保される理想的なバランス」だと考えている。
数合わせになっては本末転倒。ただ、自然に任せていては増えない現状では、意識的に「40%」にすることにも意味がある。
「まずは少数派と言われる人たちが、同じ土俵に上がる状態を作ることが大切です。どのような少数者も声を上げる場所がないといけない、スポーツの場も同様です」
「女性が(スポーツの)議論の場にいないので、いたら何が起こるのかすら誰も知らない。これまで自分たちに見えなかったものが見えるようになる、という経験を通して、ポジティブに物事を考えられる環境を生み出すことができる。その意味でも、まず加わってもらうことも必要です」
「ひょっとしたら表彰台に振袖の女性が...」
森会長の女性蔑視発言は、日本スポーツ界のジェンダー平等意識の欠如を露呈させた。
來田教授は、騒動を受けた組織委改革で声がかかり理事に就任。気づいたのは、ジェンダー平等に対する「組織委の認識が甘かった」ということだという。
「パラリンピックも一緒に運営していくこともあり、障害にもとづく差別には、ある程度の意識はあった。大会の参加者数を男女同数に近づける、というようなことは意識されていたと思いますが、本質的な意味でのジェンダー平等に対する意識は薄かった。ひょっとしたら、あの事件がなかったら、表彰台にメダルを持っていく人は振袖を着た女性だったなんてこともあったかもしれません」
組織委の持続可能性に配慮した運営計画では、選手村で働く医師のジェンダーバランスの配慮や性差別やハラスメントのない職場環境などが盛り込まれているものの、「社会に対するメッセージや、大会に向けての取り組みが乏しかった」と指摘する。
皮肉にも、騒動を機に注目を浴びた東京オリパラのジェンダー平等。大会を通じて何ができるのか。
メディア向けの取り組みとして、大会や選手について伝える際、ジェンダーバイアスを助長する表現にならないよう、IOCがガイドラインを公表しているという。
また、全ての大会パートナー企業のジェンダー平等などの取り組み事例を共有し、報告書などにもまとめ、2024年パリ大会に引き継ぐことも検討されている。
「男性の育児休業取得率100%で、今後は男性が産休を取れるようにしたいと言う日本の企業もあります。自分たちにできることを考えて、それぞれの企業が宣言をし、多くの人にこのテーマについて考えてもらう。社会に与える影響がないと意味がありません。
「アクションは、大会中止でもできる」
今大会はスポンサー企業の関わり方も疑問視されている。コロナ禍で始まった聖火リレーで、大音量で音楽を流して走者を先導するスポンサーの宣伝車両に批判が上がっている。
「オリパラにお金を出して、企業が有名になることだけを考えるというパートナー企業のあり方は間違い。オリンピックやパラリンピックが社会を良くするためのムーブメントで、それを支えるという姿勢にこそ意味がある。企業が社会で果たす役割には、そういう感覚が求められるようになっていて、その感覚に対して敏感なマーケティングができないといけないのではないでしょうか」
他にも、差別がなく、互いを認め合い、誰もが自分らしく生きられる共生社会を目指す「東京2020D&Iアクション」の展開も計画されているという。
「『東京2020D&Iアクション』は、大会が中止になってもできます。オリンピックは本来、大会があろうとなかろうと、やらないといけない、日々の活動のほうが多く、そして重要なのです」
問題だらけの東京オリンピックは、何かを残すことはできるのか。