コロナ禍の音楽イベントと、差別のないクラブイベント。デジタル配信の先駆、ZAIKO取締役の実践

コロナ禍、いち早くデジタルイベント配信サービスを開始したZAIKO。取締役のローレン・ローズ・コーカーさんに、公私にわたる取り組みやダイバーシティの実現への歩みを聞いた。
ZAIKO取締役のローレン・ローズ・コーカーさん
ZAIKO取締役のローレン・ローズ・コーカーさん
Kaori Sasagawa

新型コロナの影響によって、ライブやフェスなどのリアルイベントは中止や延期が続き、深刻な状況が続いている。一方で、デジタルイベントの可能性に否応にも注目が集まっている。

ZAIKOは、2020年3月にいち早くデジタルイベント配信のサービスを開始。音楽のライブを中心に、トークショー、落語、お笑い、eスポーツなど、配信コンテンツのジャンルの幅を広げている。

ZAIKO取締役のローレン・ローズ・コーカーさんは、リアルとデジタルのイベントの状況とその未来を見つめながら、テック企業でダイバーシティ経営を実践している。自身がオーガナイザーを務めるさまざまな人が安心して楽しめるクラブイベント「WAIFU」と合わせて話を聞いた。

ローレン・ローズ・コーカーさん

1986年、米国イリノイ州シカゴ出身。シカゴ大学卒業後、2008年に来日。イベント興行会社、キョードー東京にてキャリアをスタート。その後株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントにて6年間に渡り新規事業開発に携わる。2019年、ZAIKOを設立。

デジタルイベントの可能性が見えてきた

Kaori Sasagawa

 ――新型コロナの影響によって、この1年はどんな変化がありましたか?

消費者行動の変容がありました。リアルイベントの中止や延期が余儀なくされ、アーティストやイベント主催者は仕事がなくなって困っていました。そこで弊社は急いで電子チケットに配信機能を追加し、デジタルイベントの開催ができるようにしました。

――ZAIKOはアーティスト・主催者ファーストの視点で、直接ファンと繋がることができる「D2F(Direct to Fan)」を掲げています。

アーティストは自分の曲やMVをつくることはできます。でも、チケットや配信のシステムの開発はできませんよね。私たちはそうした技術をハイスタンダードで提供しています。

チケット販売の手数料はかかるけれど、導入費やメンテナンス費は一切かかりません。メジャーもインディーズも条件はまったく同じ。アーティストが直接ファンに対して、好きなことができるようなツールを提供しています。

ZAIKOのトップページより
ZAIKOのトップページより

また、苦境に立たされているアーティストやイベント主催者のために少しでも何かできないかと思い、22020年は「ZAIKO Seed」というプログラムを作りました(現在は応募終了)

アーティストはデジタルイベントを企画したいと思っても、配信のための照明や機材などの準備はお金がかかりますよね。だからZAIKOがイベントチケットを一定数購入をして前金を払います。その資金でいいものを作って配信をしてもらったんです。

たとえば、あるオペラ歌手の夫妻の方はコロナの影響で仕事がなくなってしまいました。もちろんイベントをデジタル配信した経験はありませんでした。だから「ZAIKO Seed」という形でイベント制作費にあたる金額を前金として、配信の準備をサポートしました。

「ZAIKO Seed」のページより
「ZAIKO Seed」のページより

――リアルイベントとデジタルイベントの違いはどんな点だと思いますか?

もちろん、ビールを飲みながら、人と話しながら盛り上がるのは、リアルイベントでしか体験できません。

でも、デジタルイベントだからこそできる面白いことがたくさんあるんですよ。たとえば、至近距離のカメラで出演者を近くで見られる。楽屋の中を見られる。チャット機能で他のファンの人たちと意見交換ができる。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を使うこともできます。

―― ミュージシャンの小沢健二さんの配信イベントを見ましたが、カメラも近く普段のおしゃべりのようなトークで、まるでプライベートな空間に来たような特別な気分になりました。

様々なデジタルイベントが開催されている中で、一番成功するのは近くで撮影しているものなんです。客席から見るんじゃなくて、ステージの真近で見られる。MVの世界の真ん中にいるように感じることもあります。

イベントを企画する側からすると、やはりスタッフ数人で武道館ライブはできないですよね。でも、配信であれば音響エンジニア、カメラなど合計10人以内のスタッフでも開催できる。一方、参加者の数にはリミットがないので、数千人以上が参加することもできます。

今はリアルイベントができないからデジタルイベントをしようと考えるのではなく、デジタルイベントの可能性を考えることがエキサイティングなことだと思います。

ダイバーシティ経営に必要なのは「努力」

ZAIKO取締役のローレンさん
ZAIKO取締役のローレンさん
Kaori Sasagawa

――ZAIKOではダイバーシティ経営の視点を大事にしているそうですね。

ZAIKO社員の男女比は半々、外国人と日本人の比率も半々くらいです。出身はアメリカ、フランス、韓国、香港、台湾、中国、ペルー、モロッコ、イギリス、オーストラリアなどいろいろですね。

いろんな人がいるから、いろんなアイデアが生まれるのは間違いないです。

マイノリティの人たちが居づらい場所だとモチベーションがあがらない。頑張っても認めてくれないし昇進しない。すると最低限の仕事だけやっておけばいいやとなる。でもZAIKOは、外国人であっても女性であっても、フルで活躍できますよ。

――東京で、そこまで多様なバックグラウンドの人材を集めるのは大変ではありませんか。

たとえばエンジニアなど、もともと女性が少ない業種があります。積極的に探す努力をすることが必要なんです。

先日、他のスタートアップの社長から相談を受けました。「社員が数十人いるのに、女性が数人しかいない。どうしよう? ZAIKOには女性のエンジニアが半分いるのはどうして?うちは女性もウェルカムなのに」と言ったんですね。

でも、ダイバーシティのある組織を作るのは、かなり大変なことでもある。(エンジニアであれば)男性からの応募は数十人、女性はひとりみたいな状況はよくあります。それでもリクルーターに、もう一度女性を探してきてもらえないかと相談してみる。

ダイバーシティが自分にとってどこまで大事かによります。どこでギブアップするかですよね。

多分、ほとんどの経営者にとってはそんなに大事じゃないのかもしれません。「私は反対はしない。実現できるんだったらやる」くらいに思っている方が多いのではないでしょうか。でもそれで数が変わらなければ、まったく意味がないんですよ。行動することでしか変わらない。そのための努力が必要だと思っています。

――今後、グローバルな展開をしていきますか?

ZAIKOでは、日本語以外は中国語、英語など多言語の切り替えができます。もともと多言語対応のサービスなので、お客さまから英語や中国語で問い合わせが来ると、すぐにその言語で対応できます。海外のファンに優しいサービスであることは間違いありません。

これまで海外のファンは日本のチケットがなかなか買えなかったんです。コンビニに行って、紙のチケットを買う。全部日本語で書いてある...。当初は多言語のニーズがあるから始めたんですが、今は新型コロナの影響もあって、デジタルイベントが多くなり全世界からライブに参加できる環境になりました。

新型コロナの影響が終わったとしても、デジタルイベントは逆にもっと進化していくはずです。5年後の世界を見据えて、アーティストやイベント主催者に必要なツールを提供したいと思っています。より積極的にボーダーレスなネットワークを作っていきたいと考えています。

安心して楽しめる夜のクラブイベント

――ローレンさんは、プライベートでは、さまざまな人が安心して楽しめる「WAIFU(ワイフ)」というクラブイベントにオーガナイザーのひとりとして関わっています。

WAIFUを始めたきっかけは(2019年の)新宿二丁目での事件でした。レズビアンやバイセクシュアルが参加する女性限定のパーティーで、トランスジェンダー女性が入場を断られたんです。

トランスジェンダー差別に抗議するために、その場にいた私や他のメンバーとその夜に話し合いました。トランスジェンダーやノンバイナリー(自らを男性と女性のどちらでもないと認識する人)の人が参加できるイベントを自分たちで作るしかないと。コンセプトを決めて会場を探して、カウンターイベントとして事件後2週間で開催しました。

――どんなコンセプトなのでしょう?

WAIFUのポリシーは、「NOトランスフォビア、NOレイシズム」です。セクシズムやレイシズムの発言をすると、このパーティにはいられないよ、ということです。イベントではドアなど会場にこのポリシーが掲げてあります。

オーガナイザーのひとりが他のクラブでハラスメントを受けたことがありました。セキュリティに言っても「派手な洋服を着ているから」と何も対応をしてくれなかった。そうした経験をふまえて、WAIFUはハラスメントのない「セーファープレイス」を掲げて、安心して楽しめる場所にしようとしています。

――障害者差別に対するNOも掲げていますね。

過去のイベントで、車椅子の人たちが参加できない会場を選んでいると批判されたことがありました。そこから勉強して、会場を変えて車椅子の人たちが入れるようにしました。昨年末のイベントでも、車椅子DJのKeitaに参加してもらいました。

差別的な言動をした後に「悪気はなかったから許して」と言うのは、まったく意味がないんです。「いい人だから」「知らなかったから」は言い訳になりません。ダメージを与えたのは事実です。ちゃんと謝って、責任を持って、直していくことが大事だと思っています。

年末に開催された「WAIFU」のカウントダウンイベント

ーー自分たちも反省し、学びながら、安心できる場所を作っていくと。

アメリカでよく言われるのは、インターセクショナルなフェミニズムです。フェミニズムは、他の差別とインターセクト(交差)しているということです。

「女性が差別されているから、それに反対する」という単純な話ではありません。白人女性から黒人男性への差別がある。シスジェンダー女性(生まれたときに割り当てられた性別と性同一性が一致)からトランスジェンダー女性への差別がある。WAIFUはインターセクショナルなフェミニズムであることを、本気で目指しているんです。

ーーローレンさんの公私にわたる取り組みは、ダイバーシティの実現への強い思いがあるからでしょうか。

Waifuでの活動から得た学びを通して、ZAIKOの経営者としてより多くの女性やマイノリティが働きやすい環境作りにも活かしていきたいと考えているためです。

Waifuで考えているインターセクショナルなフェミニズムの視点を、ビジネスの世界で実践できるのはまだ時間がかかるかもしれません。 

しかし、どこも女性やマイノリティの雇用環境が整っているとはいえない状況だと感じるため、まずは実際に自分の経験を通して直面した、よりリアルな声や課題をふまえて、少しずつ改善できそうなことから始める必要があると思うからです。


【UPDATE】(2020/06/9 20:00)記事の内容の一部を加筆・編集しました。
【UPDATE】(2020/06/14)タイトルを修正しました。

(取材・文:篠原諄也 編集:笹川かおり

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