「死の恐怖に怯えながらゴビ砂漠を横断していた時、この世界で誰も私のことを気にかけてはいないと思っていました。ただ星だけが、側にいると感じました。でも、あなた方は今日、私の話に耳を傾けてくれました。気にかけてくれました。ありがとうございます」
北朝鮮から逃れてきた21歳(当時)のパク・ヨンミさんは、北朝鮮の人権問題の改善を涙ながらに訴えた。
2014年10月、青年版ダボス会議とも呼ばれる18歳〜32歳の若者による国際会議「One Young World」でのことだ。
「誰も、生まれた場所を理由に迫害されるべきではありません」。そう語った彼女に対し、世界190ヵ国以上から集まった参加者は皆、総立ちで拍手を送った。その熱狂の中に、日本からの参加者・市川太一さんもいた。
「全員、スタンディングオベーションでした。『よし、立って拍手をしよう』というよりも体が勝手に動いていたんです。歴史の瞬間の真ん中にいたなと思います」
スピーチを聞いて「絶対この人と話さなきゃ」と強く感じた市川さんは、4日間の会議が終わるまでずっと彼女のそばを離れなかった。家族のこと、食べ物のこと、日本へのイメージ…。「他愛もない、ごく普通の話をずっとしていた」という。
「北朝鮮から逃れて、自分の身代わりで母親が性暴力を受けて、ゴビ砂漠を歩いて国を越えて…。そんな人と普通に話しているのが不思議なようで、同時に、ああ、僕たちは同じ人間なんだと強く思ったのです」
あのスタンディングオベーションから6年半ーー
「僕たちはそれでも同じ人間だ」という希望が、ある一冊の本としてまとまった。
世界201カ国・202人の若者が「夢」について綴った『WE HAVE A DREAM』。教育系スタートアップ「WORLD ROAD Inc」を共同経営している市川さんが企画したこの本が6月2日、いろは出版から発売される。
パク・ヨンミさんのスピーチに、国や文化などの違いを超えて皆が立ち上がったその衝撃とパワーを、もっとたくさんの若者たちの生き様に見出せるはず。この地球上の様々な場所で、社会課題を解決したいと挑戦する若者の「夢」を一つに集めてみたい。
市川さんの思いによって、世界各国から寄稿者を公募し、本を作るというプロジェクトが実現した。
補助線としたのは、2015年に国連加盟国が全会一致で採択した「SDGs」だ。貧困や環境問題、ジェンダー不平等などの解決に向けた17のゴールは、世界共通言語になりつつある。一人一人の「夢」と、それに対応するSDGsのゴールをセットで掲載することで202人の共通点を浮かび上がらせるねらいだ。
ある人は、逆境をバネに。ある人は「恵まれた」立場を生かして
「8歳の頃、内戦で捕らえられ、兄弟姉妹たちとともに殺されるのを待つばかりの状態に置かれた」
「幼い頃、難民のシェルターを転々とした」
「社会が課した美の基準に従おうとするあまり、極端な食事制限とエクササイズで命を失いかけた」…。
カラフルな表紙のイメージと裏腹に、ページをめくるとシビアな実体験が並ぶ。アフリカの島国に育ったある女性は「気候変動によって大好きなビーチが海に消えていくのを見た」と記す。
それらを乗り越え、ある人は逆境をバネに、ある人は「恵まれた」立場を生かして皆、社会を良くしたいと願う。
国連が承認している196ヵ国に加え、自分たちの国旗を持ち、アイデンティティを持つ「国」の人たちを加え、201ヵ国のZ世代・ミレニアル世代から原稿が集った。
長きにわたり民族間の対立が続いてきたコソボからは、アルバニア人のアンジェラと、敵対するセルビア人のディエルザが2人で一緒に寄稿。
「私たちの多様性と違いが私たちをより強くしてくれるのです」と綴る。
201ヵ国の“202”人となっている所以だ。
毎日メールで届く、内戦、紛争、民主主義の危機への叫び
FacebookやTwitter、LinkedInなどのSNSを通じて広まった各国からの寄稿者の公募には、全部で約800の応募があった。バングラデシュやインド、パキスタンからの応募が特に多かったという。
人口約600人のバチカンや人口約1500人のニウエなどの小国、オセアニアの島嶼部などインターネット通信がままならない地域などでは応募してくれる人を探すのにかなり苦労したが、現地のNGOや政府機関などの協力を呼びかけるなどして情報拡散に努めた。
「自分が誰かの夢を選べるような立場じゃないので、選考は大変な作業でした。でもとにかく、心と行動が一致している人たちの物語を集めたい、と思っていたので、それを基準に筆者を固めていきました」
「ウクライナから9歳の女性の応募があった時は若すぎて正直、ビックリしましたね。でも内容を読んでみると、豊かな地球環境を実現したいという思いと、活動家として都市の緑化プロジェクトを主導するという行動が一致していて、この人は絶対に世界中に紹介すべきだと思いました」
ひとたび集めた仲間たちとの原稿のやり取りにおいては、日本に暮らしていてはなかなか実感しづらい世界のリアルに出会うこともたびたびだった。
「ごめん、今、国が政情不安定になってて余裕がないから原稿の修正を少し待って欲しい」。
そんな連絡がメールで連日のように市川さんの元に届く。
2月にミャンマーで国軍クーデターが発生した直後には、ミャンマーからの寄稿者として「寛容になろう、地球のように」という夢を綴っていたティン・ティンザー・ソーさんと原稿について話し合った。
民主主義が脅かされる恐怖の真っ只中にいる彼女とのやりとり。「夢を書き変える?」と尋ねた市川さんに「希望は壊されたけど、やっぱり夢は変わらない。執筆のタイミングについての注釈だけはつけたい。活動家としてこの有事に何もしていないと思われたくないから」と彼女は言った。(ティン・ティンザー・ソーさんがクーデター後の心境を綴ったInstagram投稿はこちら )
「いつでも世界中の国から情報がーー特に悪い情報がーー入ってくるようになって、本当に地球って“呼吸”しているんだなと感じました。どこかで内戦が起きているし、どこかで誰かが苦しんでいる。逆説的に響くかもしれませんが、地球が生きている鼓動を感じました。明日自分の街があるかわからない、自分が生きているのかもわからない、そういう感覚がリアルに存在していることを感じる日々でした」
こうして、コロナ禍という世界共通の危機のもと、約1年半をかけてできあがった『WE HAVE A DREAM』は、日本語版英語版が同時に発売される。
取り組みに共感した民間の財団法人が数千冊単位で本を買い取ったり、全国の大学や高校で指定図書や教材としての導入が決まっている。
「202人の共著者ひとりひとりがエバンジェリストとなって、世界のいろんな地域で広がっていけばいいなと思います」と市川さんは意気込む。
「人生は不公平。けれども…」
さて、この本の出発点となった北朝鮮出身のパク・ヨンミさんの寄稿ページを見てみよう。記された夢のタイトルは「すべての人に自由を」。パクさんは以下のように綴っている。
「人生は公平ではありません。(略)息子にも人生は公平ではないことを知ってほしいと思います。問題があったって良い。問題があるから、世界が私たちを必要とし、それが生きる意味になります」(パク・ヨンミさん寄稿ページより)
今回の本の制作にあたり、市川さんは原点である2014年のパク・ヨンミさんのスピーチをはじめ、それ以降にTEDTALKなどで彼女が行ってきたスピーチを全て見返し、あることに気づいた。
「スピーチを見返すと、ヨンミの言うことが少しずつポジティブに変わっていってることに気付きました。“Life is unfair”(人生は不公平)という言葉は一貫しているものの、だんだんと、『不公平だから辛かった』というメッセージから、『不公平だけれども誰もがhopefullになれる、それを私は証明してきたい』という風に…」
「生まれの違いをはじめ、僕たちには様々な違いがある。ヨンミのように北朝鮮で生まれた人が言う”unfair”という言葉の重みを、自分もどれだけ理解しきれているか…。自信がないほどです。けれども、誰もがhopeを胸に宿すことができる。この本の中で、hopelessな状態からhopefulになった人たちの実体験に触れ、読んだ人にも少しでもhopefulになって欲しい。自分がこの本で伝えたかったのはこういうことだったって。結局、ヨンミが全て、教えてくれた気がします」
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同じ地球、同じ時代に生まれた私たちには、無限の違いと少しの共通点がある。一見キラキラしていて自分には縁遠いもののように感じてたこの本が、ページを追うごとに、その共通点の尊さを教えてくれた。
「熟読しなくていいんです、お気に入りの1ページを見つけにいくような気持ちで。パラパラとめくってみて欲しいです」。市川さんはそう話した。
6月3日から6日まで代官山蔦屋のイベントスペース「T-SITE」にて『WE HAVE A DREAM』の出版記念展が開催されます。詳細はこちらから⇒https://store.tsite.jp/daikanyama/event/t-site/20184-1453030520.html