ムーミンシリーズの短編集に出てくる、「目に見えない子」の物語を知っていますか?
おばさんから冷たい仕打ちを受け、姿が見えなくなってしまった少女ニンニ。
ムーミン一家や仲間たちとの関わり合いの中で、本来の姿を取り戻していきます。
ニンニのエピソードのファンは多く、SNSでもよく話題に上がります。
なぜ、この物語に惹きつけられるのでしょうか。
どんな物語?
ニンニのエピソード「目に見えない子」は、『ムーミン全集[新版]6 ムーミン谷の仲間たち』(講談社)に収録されています。
ある雨の日の晩、ムーミン一家の友人トゥーティッキが、ニンニという名の少女を連れて一家のもとを訪れました。ニンニは、おばさんからひどくおどされ、毎日皮肉を言われるうちに姿が見えなくなってしまいました。
一家の中でも、特にムーミンママはニンニに温かく接し、優しさで包んでくれました。
ニンニのために薬をこしらえたり、新しい服とリボンを作ってあげたり。
ニンニが誤ってりんごソースの瓶を割ってしまった時も、ムーミンママは怒ることなく、気づかう優しい言葉をかけました。
ムーミンたちと過ごすうちに、ニンニの体は少しずつ見えるようになっていきます。それでも、顔だけは消えたままでした。
転機は、みんなで海に出かけた日のこと。
ニンニは、大切な存在であるムーミンママを、ムーミンパパが海に突き落とそうとしていると勘違いをします。ニンニはすぐさま駆け出し、ムーミンパパのしっぽに力一杯かみついて、こう叫びました。
「おばさまを、こんな大きくてこわい海につき落としたら、ゆるさないから!」
ニンニが怒りを爆発させたとき、ニンニの顔はついに見えるようになり、ムーミンたちは大喜びしました。
ニンニの物語のアニメ版(『楽しいムーミン一家』シリーズ)は、原作とは異なるシーンも描いています。
ムーミンたちがかくれんぼをして遊んでいるとき、いたずら者のスティンキーがニンニを穴に誘い入れて、出口をふさいでしまいました。ニンニは自分の存在を知らせようと、「ここにいるよ!」と大きな声で叫びます。それ以降、これまでのか細い声ではなく、はきはきと話せるようになりました。
ムーミンたちは「大きな声を出した時みたいに、怒ってみたら残りの体も見えるようになるんじゃない?」とニンニにアドバイスもします。
その後ムーミンパパに怒りを吐き出し、顔を取り戻したニンニは、物語の終盤、からかおうと近寄ってきたスティンキーにベーっと舌を出して、毅然とふるまいました。
「有害な恥」からの回復のストーリー
心理学の専門家は、ニンニのエピソードをどう読み解いたのでしょうか。
アニメのファンで、大学のカウンセリングに関する授業でも題材にしたことがあるという公認心理師の山内志保さんに聞きました。
山内さんは、「あくまで個人的な見方」と前置きした上で、この物語を「“有害な恥”からの回復のストーリー」だと分析します。
「ニンニは、おばさんから冷たい仕打ちを受ける中で、『自分は愛され、大切にされ、ケアされるに値する人間ではない』と自らに対して否定的な認知を抱くようになりました。こうした“有害な恥”を抱える人は、『消えてしまいたい、いなくなりたい』と望むようになります。ニンニの姿が見えなくなったのも、有害な恥による影響を直接的に描いていると読み取れます」
ムーミンの仲間たちは、それぞれのやり方でニンニと向き合います。
怒ることができないニンニに、リトルミイは「たたかうってことをおぼえないかぎり、あんたは自分の顔を持てるわけないわ」とぴしゃりと指摘します。
アニメ版のムーミンは、ニンニをいじめたスティンキーへの強い怒りを見せてくれました。
それでも、ニンニの顔は戻りませんでした。
「有害な恥から回復するためには、思いやり・誇り・怒りといった感情を持つことが鍵になります。安心で安全なムーミンの家に来ただけでは、ニンニの顔は戻らない、という点もすごく示唆的なのです」(山内さん)
どういうことなのでしょうか?
「怒りには、<大切なものを守る、境界線を引く、適切な自己主張をして交渉する>といった機能があります。自分にとって大切な人や自尊心、所有物を守るための大事な役割です。
ムーミンママに危害が加えられると思った時、ニンニの内面に『理不尽なことをする相手とは境界線を引く』という健全な怒りの機能が戻ります。その怒りが、有害な恥に対する“解毒剤”のようにはたらき、彼女そのものである『顔』が戻ったとみることができます」
「ニンニのエピソードを大学の授業で紹介したとき、『怒りは人を傷つける悪い感情だと思っていた』という感想が多くありました。真っ当な怒りだったとしても、それを表に出すことで批判されたり、『厄介な人』とみられたりすることがあります。ですが、怒りが良いはたらきをするからこそ大切なものを守ることができる、自分を縛る有害な恥の呪いを解く力になる、という面もあると知ってほしいです」
「相手を納得させるため」に闘わなくていい
怒りを出す大切さを説く一方で、山内さんは「攻撃してくる相手を納得させるために、無理に闘う必要はない」とも強調します。
「有害な恥に苦しむ人に対して、『つらいのはあなただけじゃない』『いつまでも引きずるのはおかしい』といった心ない言葉が投げかけられることがあります。『ちゃんと怒らないあなたが悪い』と責められることさえあります。ですが、理解しようとしない人にわからせるために怒る、というのは非常に消耗することです。それに、感じている怒りを表現するかしないかは、他人から強制されるものでもありません」
原作でもニンニの顔が見えるようになったのは、おばさんではなくムーミンパパに対して憤りを示した場面でした。
「その人本来の『顔』を取り戻すには、必ずしも自分を攻撃してきた人と闘う必要はない、と伝えているのも物語の大事なポイントです。あなたを理解しようとしない人のために闘うのではなく、自分のために怒りの感情を使うということ。怒りを燃やすことで自分が強くなれるならそれで良い、と教えてくれます」
ニンニのエピソードを紹介した山内さんのツイートは大きな反響を呼びました。ニンニの物語は、なぜ今なお多くの人の心を捉えるのでしょうか?
「有害な恥は、家庭や学校、職場といった私たちの身近な場所に潜んでいます。特に閉鎖的で上下の力関係がある環境では起きやすく、知らず知らずのうちに自分自身を認める気持ちをむしばんでいきます。そうした環境で傷つき、トラウマを抱えた経験のある人にとって、ニンニの物語は回復に向かうヒントや共感を得られるものだったのではないでしょうか」
自信を失ったり、怒ることをためらったりした時、この物語と出合うことでいまのあなたに必要なものが見えてくるかもしれません。
(國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)