ポイントは契約書の「パンデミック」の文言? 新型コロナの東京オリンピックへの影響を法的観点から考える

国内外で渦巻くオリンピック開催の賛否。弁護士のライアン・ゴールドスティンさんが、法律家の観点から世界的なパンデミックが東京オリンピックにどのような影響を与えるか、コロナ禍におけるスポーツ関連訴訟の傾向を交えて解説します。
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Brendan Moran via Getty Images

依然として緊急事態宣言下にある東京。 

東京オリンピックの開催の是非を問う署名運動も展開される中、IOC(国際オリンピック委員会)は開催を前提として広報を展開している。

先日も出場選手の7割が決定、残りの3割は6月末までに決定する旨を報告したが、米国有力紙等にも「前向きな中止」を促すコメントが寄せられたという。

国内外で渦巻くオリンピック開催の賛否。生涯に一度あるか否かの世界規模のパンデミックを受けて、東京オリンピックに全世界の注目が集まっている。

今回は法律家の観点から東京オリンピックがどのようなビジネス上のトラブルに見舞われるか、コロナ禍におけるスポーツ関連訴訟の傾向を交えて報告する。

コロナ禍における訴訟の数々

コロナ禍において、アメリカではスポーツやエンターテイメント関連の様々な訴訟が提起された。

例えば、2020年3月、スキーやスノーボードをするのに十分な雪があったにもかかわらずスキー場が閉鎖された。この状況を受けて、シーズンパスの保有者がスキー場に対して集団訴訟を提起したが、スポーツジムでも同様の事件が発生している。

また、レストランやホテル、バー等が政府保険局の対応が不当に慎重であると訴えた。これは読者もおそらく首をかしげる事例だろう。

あるレストランにおいてテラス席での料理の提供を禁じておきながら、映画の撮影チームがそのレストランのすぐそばで撮影、駐車場に席を設置して食事をしていたことが取りざたされ、特定の業種を優遇しているとレストランが行政を訴えた。

ほかにも、アリーナやスタジアムのスポンサーは契約解除や返金等を要求。そして、放送局には広告主から補償金や特典が要求された。

トレンドワードは「パンデミック」

しかし、新型コロナ感染拡大以前から「契約」は法的問題の根拠となりうる。そして、コロナ禍において注目されているのが「パンデミック」という文言である。

やや専門的になってしまい恐縮だが、コロナの影響を受けて契約の履行が難しくなった際、契約書に「不可抗力」の条項が含まれているかどうかが重要なポイントとなる。

天変地異や行政命令、戦争や労働闘争、そしてパンデミックがこの「不可抗力」に該当するのだが、現在、契約書の不可抗力の条項に「パンデミック」の文言が含まれていれば、裁判所が不可抗力条項を認める可能性があるからだ。

広告主の事例でいえば、放送局と広告主の間の契約に「不可抗力」の条項があり、パンデミックと記載されていれば不可抗力の事例として扱われ、救済措置は認められず返金はなされないというケースも考えられる。

今後、契約問題においてスポンサー、広告のバイヤー、選手、審判員、IOCはじめオリンピック組織委員会によって訴訟が提起されることも予想される。

ここで再確認したいのは、新型コロナの感染拡大は全世界、全人類に影響を与えたことだ。契約の条件は契約を結んだ双方にかかわることである。正直なところ、法律上の義務や潜在的な損害賠償問題において、コロナがどこまで、どの程度の影響を与えるかは現段階では計り知れない。 

複雑に絡み合うステークホルダー

連日の報道からもわかるように、損害賠償保険が適用されるなどビジネス上の問題には何らかの解決策が示されるだろう。

ただ、ことはそんなに単純ではないともいえる。なぜなら、非常に複雑、かつ多くの利害関係がそこには存在するからだ。

例えば、IOCはじめ、東京オリンピック組織委員会、ローカルスポンサー、旅行会社、放映権を有するテレビをはじめマスメディア、チケットを購入した観客、選手らはその利害関係者といえるだろう。

さらに、これらに付随する組織や施設、人々が持つ権利まで非常に多くの利害が絡み合っている。そして、開催の可否や是非に対する要求はかならずしも一致しない。

アスリートの中にはトレーニングやパフォーマンスのピークを逸した者や、開催されていれば手にするはずであったメダルを逃した者もいるだろうし、逆に延期されたことでチャンスをつかむことになるケースもあるだろう。

無観客となれば、オリンピック・ツアーを企画した旅行会社は収益を見込めなくなるが、保険適用してほしい利用客もいれば、様々な事情からツアーの実現を求める利用客もいるかもしれない。

現時点では予想できない影響もある。ワクチン接種の義務化は視聴率にも影響を与えるかもしれない。

例えば、スター選手が陽性となれば出場できなくなることも容易に想像できるし、競技終了後、直ちに選手を帰国させる国もあるかもしれない。

「スター選手が出場しないなら観戦しない」という視聴者が多ければ視聴率は低くなり、期待される利益を得られなかったことが問題になるだろうし、こうした混乱した状況に視聴者が興味を持てば、視聴率が高くなり放映権を持つテレビ局が恩恵にあずかることになるだろう。

また、これらの個別の事情とは別にビジネスにおいては、契約不履行、契約解除、実質的な損害に伴う保険適用、従業員の給与、新型コロナ感染症にり患した場合の責任問題、プライバシーの問題といった様々な法的問題が存在し、この問題への対処はまだ始まったばかりである。

すでに投資された150億ドル

IOCは東京オリンピック開催にすでに150億ドル以上を費やし、アメリカにおいて放映権(英語)だけでも10億ドル以上を受け取っている。

オリンピック憲章には「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある」とある。

すでに投資された150億ドルが次世代の青少年の育成、そして平和でよりよい社会を作ることにつながってほしいと思う。

 (文:ライアン・ゴールドスティン) 

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